海の隅っこにある、水たまり。

白銀 来季

プロローグ

 花がよく似合う女性だった。


 県の中心部から、少し離れた小さな町の、あるバス停のベンチの隣、いつもそこに彼女は立っていた。僕は、いつもそれを、交差点の向こう側にある花壇に腰かけて眺めていたが、ここに来ると、今でも彼女のことを思い出さずにはいられない。

 しかし、最近では、そんな彼女の顔も、姿も、あの光景も、記憶の中でぼやけてしまって、鮮明には思い出せない。時の流れは早く、残酷なものだ。


 絵を描くことが、趣味だった。絵といっても、描くのは専ら風景画で、特にそれ以外のものを画題にしようとは思わなかったのは、恐らく、それ以外の被写体に、あまり心が躍らなかったからなのだろう。なにも意識しているわけではないが、このスケッチブックを見れば、それがよくわかる。

 被写体にこだわりがある分、画材に関しては特に思い入れがなく、小さな頃から今に至るまで、昔母親に買ってもらった十二色の色鉛筆と、A4サイズのスケッチブックを使っていた。

 しかし、彼女に会って、少し変わったことがある。僕は、彼女を見かければ必ず、彼女というを、絵の中心に登場させることにした。そして、彼女が持つ群青色の花、それをより正確に描くために、色鉛筆を、十二色から、二十四色のものにした。

 それからは、彼女に会うたびに、スケッチブックは少しずつ色鮮やかに染まっていった。それは嬉しいことであると同時に、僕がここにいる意味が、白紙のページの残り枚数と共に薄れていくような、そんな感覚があった。

 しかし、それでも、僕は描くことをやめない。それをやめてしまったら、彼女との縁が、僕の存在意義が、完全に事切れてしまう

気がして。

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