第17話

「私ね、本当に一人になっちゃったのかと思った」


「うん」


力強く、謎な感じの曲は続く。


「だけどそうじゃなくって、ほっとしてる」


ピアノの板から伝わる振動が、私を揺らす。


ずっとそれを感じていると、気持ちが悪くなりそう。


「一人でも全然平気だって、ずっとそう思ってたのに、そうじゃなかった」


なんでこの人がここにいるのかが分からない。


もし他の全然知らない人とかだったら、どうなっていたんだろう。


それでも私はこうやって、静かにピアノを聞いたりしていたんだろうか。


「なんか、酔ってるみたい」


頭の芯がぐらぐらしてくる。


体幹を揺らすようなめまいを感じて、パッと頭を上げた。


「違う、地震だ」


揺れが激しい。


なんだかいつもの知っている地震とは、違う感じの揺れ方だ。


怖い。


そう思った瞬間、視界はピンクに染まった。


目と目が合う。


手を伸ばしたら、信じられないくらい白い彼の手に触れた。


その瞬間、世界からピンクが消える。


窓から空を見上げたら、ピンクの境界線は私たちを追い越し、別の中心を求めぐんぐんと遠ざかってゆく。


「行こう!」


階段を一気に駆け上がった。


駆けつけた4階の教室から外を見る。


ピンクの光の柱は、近いようで遠いところにとどまり輝いている。


この世界の中にも、光の柱はあるんだ。


「どうする? 行ってみる?」


重くのしかかる頭部が、思考を奪う。


遠くの光は、すぐに空に吸い込まれて消えた。


ここでは作用時間が短いのかな。


一日24時間なのは、変わらないのかな。


何にも言わない彼の横で、私は何かを言わなければならない。


「……ねぇ、物理、得意?」


「普通」


そもそもなんで、自分がこんなことに巻き込まれてしまったんだろう。


なんで私? どうして? 


いつだって私は事件の傍観者で、主人公になったことなんてなかったのに!


うちに帰りたい。


ちゃんと普通に学校行きたい。


自分のお風呂で自分のシャンプー使って、自分のベッドで眠りたい! 


だけど、そう叫んでしまうと、私はここから離れなくてはいけなくなってしまう。


安全であると分かっているこの場所から、怖くてどうしても離れることのできない自分に、何が出来るというのだろう。


「もっとさ、スーパーヒーローみたいな能力があったらよかったのに。世界をひっくり返せるような、みんなを守れるような。ジャガイモの重さとか、そんな意味分かんない能力じゃなくってさ」


彼は少し離れた机に座る。


空はどこまでも青く高く澄みわたり、灯りをつけていない薄暗い教室からそれを見上げている。


この空が本当に、前と同じ空かどうかすら、もう確信はもてない。


「私ね、いつ死んでもいいと思ってた。ここに取り込まれる前の世界って、正直あんまり好きじゃないし。だけどね、今はなんか違うの。何がって言われても、よく分からないんだけど」


案外簡単にあっさりと、壊れるものだったんだ。


だからといって、ただそれだけのことなんだけど。


元に戻りたいかと言われればそうでもないし、どうでもいいっていうのは、本当にどうでもいいっていう意味じゃなくて、いい意味でも悪い意味でも結局は、自分のやれる程度にあるしか、仕方ないんじゃないかってこと。


ただ生きてるだけの毎日に、戻りたいとか未練があるかなんて、言われても分からない。

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