第15話

翌日は、ずっと二人で校内とその周辺を探索した。


通い慣れた学校のはずなのに、こうしてみると知らないことが多い。


さすがに見知らぬ他人の家に入るのは怖くって、コンビニとかのお店を見て回る。


世界から本当に人の姿が全て消えていて、ただ電気とガスと水道だけは通っていた。


学校の放送設備を校外に向け音量MAXで呼びかけても、何の反応もない。


「それでもスマホは通じるんだよね」


タイムラインには心配するメッセージが寄せられている。


ネットも見られる。


だけど、こちらから書き込みをして送信したのが、反映されない。


「これじゃ死んでるのと一緒じゃない」


「まだ死んではないけどね」


学校ホームページへコメントとして、私たちが校内に取り残されていることを伝えた。


それは『送信』と表示はさたものの、本当に送られたのが、誰かが見てくれたのかは分からない。


電波は繋がっていて他も問題ないのに、電話は通じない。


彼はふっと笑った。


「これじゃ閉じ込められてんのかそうじゃないのか、イマイチよく分かんないな」


「出口ってないの?」


この人のスマホを操作する手は止まらない。


口角の両端を持ち上げただけの乾いた笑みを浮かべた。


「そんなの、あればいいのにな」


その言葉と言い方とにうつむく。


「自分のは見ないの?」


「どうせ誰からもメッセ来てないから」


「へー、そうなんだ」


いま目の前にある世界は、このまま腐っていってしまうのだろうか。


やがて廃墟と化し、崩れ落ちてゆくのだろうか。


一晩経っても一度も揺れることのないスマホは、私のポケットに入っている。


「ニュースとか、全然見てなかった?」


「ちょっとはね、見てたよ」


「生還者は多いんだ。聞き取り調査は続いていて、まだ普遍的な脱出方法は確立されていないけど、物理学者たちが総出で真相解明にあたってる」


「そんな話、聞いて分かるの?」


彼は大きなため息をついた。


「分からないけど、興味はある。ネットが通じることは知られているから、もうすぐ光に飲み込まれた人専用のサイトを立ち上げて、状況把握と救援物資の転送方法を試してみるみたいだよ。それがうまくいけば、簡単に帰れるようになる」


どうもこの不安定な世界には、特異点と呼ばれるものがあるらしい。


孤立特異点と集積特異点、テイラー展開だとかローラン展開? 


留数定理などのよく分からない言葉がネットに並ぶ。


「物理、得意なんだ」


「そういう問題でもないと思うよ」


彼はようやくそれをポケットにしまうと、こっちを向いた。


「今は、今を乗り越える方法を考えよう」


「そうしたいのなら、そうしようか」


この世界に飛ばされたのが、自分一人じゃなくてよかったと思うと同時に、面倒くささもまとわりつく。


私はこのまま、何もしないで寝転がっていた方がよかったんじゃないの? 


そしたら勝手に死ぬか、そのままいつの間にか助けが来て、何でもなかったかのように、また元の生活に戻るんだ。


どうせ何にも出来ない。


「今まで通りに、戻りたい?」


そう尋ねてみたら、日に透ける薄い茶色の髪は風に揺れた。


「今はそれを考える段階ではないと思う」


これ以上余計なことを言うと、本当に怒られる。


呆れられる。


私は言葉を飲み込む。

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