第3話

「あ、見て!」


誰かが教室の窓から外を指さした。


一斉に振り返る。


高台の校舎から見渡せるほど遠いどこかの街で、ピンク色に輝く巨大な光の柱が立ち上っていた。


「本物、初めて見た」


「うわ、動画と一緒だね」


やがてその光は、すうっと空に消える。


あの光の柱が現れたところの、世界は消えるらしい。


「ニュースになるかな」


「どうだろうね」


何人かは、さっそくスマホで検索を始めた。


私はそんなことを全く気になんてしていない素振りをしながら、やっぱりネットに答えを探す。


その情報は、どこにも載っていなかった。


「うわ、まだどこにも出てないんだけど」


「早すぎなんじゃね、さすがに」


「そうかもな」


「写真撮っとけばよかったー」


クラスの皆はそう言った。


チャイムは鳴る。


授業は始まる。


なんてことはない、いつもの日常だ。


おかしなことがあったせいで、園芸部の観察記録の更新がまだ出来ていない。


何年か前の先輩が作ったとかいうアプリに書き込むやつだ。


誰もバージョンアップすることの出来なくなったそれを、たった一人で引き継いだ私は、世界で自分だけの知っているパスワードで開き、誰も見ていない記録を更新する。


天気予報から気温と湿度をコピペして保存すると、棒グラフと折れ線グラフまで勝手に伸びる、よく出来た仕組みだ。


無駄に能力値が高くて、誰も見ていないのに真面目に働いている。


私とは大違いだ。


昼休みになると、教室の他に行き場のない者同士で集まって弁当を食べる。


なんとなく一緒にいても、自分を邪魔だと思っていないだろう人たちだ。


人気アイドルの出演番組はチェックしている。


あの俳優とこの俳優はもちろん、アニメも漫画も漏らさない。


なぜならそれが、私たちの唯一の共通言語として認められているものだからだ。


「こないだの『クイズ・何でも初めて始めてナンバーワン!』見た?」


「見た見た! 面白かった~! 八神くん最高!」


軽やかな笑い声が辺りを包む。


あの子が好きなのはコレで、この子が好きなのはアレ。


いつも通り順番に話題を振ってから、多分満足したのは自分の立ち回り。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


あまり長居をしても申し訳ないので、すぐに遠慮して立ち去る。


たった一人の園芸部員であり部長という立場は、とても便利だった。


この時間にオンラインゲームのデイリーをクリアしながら草むしりをすることが、何よりも効率的だと気づいた。


放課後は早く家に帰りたいし、他の運動部と活動時間がかぶると、たまに面倒くさいことが起こったりなんかもする。


だとしたら衆人環視のきいた昼休みという環境はありがたかった。


ピアノが聞こえてきた。


あぁ、今日は昼休みも弾いているのか。


その旋律に、彼女のいい加減な鼻歌が混じる。


繊細で神経質な彼の音色は、もう聞けなくなってしまった。


スマホの音量を最大値まで上げてから、イヤホンをぶち抜く。


突然のゲーム音に驚いたピアノは、すぐに鳴り止んだ。


「すみませんでしたぁ~!」


一言謝罪を入れてから画面を飛ばす。


ざまぁみやがれ。


パンパンとカラスの墓に向かって両手を打ち合わせ、目を閉じ拝む。


なんか違うような気もするけど、気にしない。


私はもう一度満足して、その場を後にした。


その日の夜、チラリとみたスマホのネットニュース「地域」の欄に、学校の近くで光の柱が発生したと出ていた。


ヘッドラインだ。


私だってたまに気の向いたときには、それくらいのチェックはしている。


といっても、そこしか見てないんだけどね。


そんなもんでしょ。


ベッドに横になる。


朝になって、ちゃんと学校へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る