これ以上ない救い

みず

これ以上ない救い



僕の夢はミュージシャンになることだった。


いつどうしてこれになりたいと思ったかもう覚えていないけれど、僕はどうしようもなくミュージシャンになりたかった。誰かに音楽を届けたかった。僕の作った歌が誰か1人でも届くはずだと信じていた。いくら周りからバカにされようと笑われようと、なぜか僕はそれだけは信じて疑わなかった。

しかし、実際のところ誰にも僕の歌は届かなくて、道で声を大にして歌っていても誰も足を止めてくれなくて、最初はそれでもいいと思っていた。

でも、すれ違う人が全員敵に思えてきて苦しかった。

それでも僕は歌詞を書いて音楽を描いていた。

もうこれぐらいしかできなかったから。

次第に歌うことすら怖くなった。

こんなに僕の全てを注いでいる音楽が批判されるのが怖かった。他人の目を気にしてしまう自分も嫌だった。


僕はもう歌を歌うことが怖かったんだ。


でも、音楽を諦めた僕に何が残るって言うんだ。

音楽を諦めた僕に残った何かをどうやったら好きになれるって言うんだ。


そんなことになるなら、もう全てを諦めてしまおうか。

文字通り、全てを。音楽を。夢を。僕の人生を。


そんなことを呆然と考えていたときだった。



道の端で蹲って泣いている少年を見つけた。


それはどこか既視感のある少年だった。


僕は気づいたら彼に声をかけていた。


「どうしたの?お母さんとお父さんは?」

それでも、彼はふと僕の方を見上げて、もっと泣くばっかりだった。

僕はどうしようと焦っていると、ふとある考えに至った。

泣いている子供を泣き止ませる方法を僕は知らないけれど、僕にできることはひとつしかない。

そこで僕は、

「ねぇ、僕実は歌を歌うんだ。

聞いてもらえるかな?」

と口にしていた。

なんでこんなことを口にしたのか自分でもよくわからない。だけど、それが当たり前のような気がした。

夢も人生も諦めかけている僕とこの少年が出会ったら歌を歌うことが決まっているような気がした。

それは疑う余地もなく当たり前な気がした。

リンゴが木から落ちるように。

人がいつかは死ぬように。



思えば誰かのために歌を歌うのは初めてかもしれない。

歌を歌うのが怖かった。でも彼の前なら素直に自由に心から音楽を愛して歌える気がした。


だから僕は歌った。

歌っているあいだ彼は少しだけ泣き止んで俯いていた顔を上げた。そして曲が終わった時彼は立ち上がって僕に拍手してくれた。そして一言「かっこいい」と呟いた。

僕はそれがどんなに嬉しかったか。

彼のためだけに今まで頑張ってきたような気がした。


きっとそうだ。彼のためだ。彼のために僕は歌ってきたんだ。言葉を紡いできたんだ。


僕はなんだか泣きそうだった。

目に涙が溜まっていた。

ふとそれを拭って顔を上げた時彼はもうそこにはいなかった。

辺りを見渡したが、彼の姿はもう見つからなかった。

不思議なことに、彼が急に居なくなったことを僕は全くおかしいと感じなかった。最初から知っていたような気がした。



それから数日経ったある日。

僕は突然に思い出したんだ。

なんで自分が歌を歌い始めたのか。ミュージシャンになりたかったのか。


小さかった頃迷子になってしまったことがあった。周りの人間も建物もまったく見覚えがなくて、どうすることもできなくて、蹲って泣いていた。


誰かが声かけてくれたんだ。


その人は歌を歌ってくれた。


僕にはそれが本物のヒーローのように思えた。

かっこよかった。輝いて見えた。


今自分がいる場所もすれ違う人も全然知らないけど、

この人の歌だけはどこか知っている気がしたんだ。


だから、僕の涙は止まった。

聞き入っていた。

彼みたいになりたい。

かっこよくて誰よりもヒーローな彼に。

音楽のことなんてなんにも知らないけど、きっと僕は彼の歌が世界で一番好きだ。


__そう思ったんだ。





そうだったんだ。


きっとあの少年は僕だったんだ。


僕は僕みたいになりたかったんだ。


なんだよそれ。


僕の人生は、僕の音楽は、僕の夢は、全部僕のせいだったんだ。


僕はそれが嬉しかった。

他の誰かのせいじゃなくて、他の誰かのおかげでもなくて、僕はただ僕に夢を持たせるためだけに歌っていたんだ。


僕は夢を叶えたんだ。

僕がどうしようもなく憧れた「彼」は僕自身なのだから。

どうしようもなく涙が溢れた。


これ以上の救いがどこにあるって言うんだ。


だってそうだろ。僕に夢を与えることが出来るのは僕だけだ。僕にとってのヒーローは僕だけだ。




おわり。







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これ以上ない救い みず @hanabi__

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