mohoumono短編集

@mohoumono

第1話 誰もいない世界で生配信を

 朝起きたら、誰もいなくなっていた。

 それだけは覚えている。

 初めは人がいないと

 言うのは気楽でよかったが、

 流石に一ヶ月二ヶ月と経つと不安になる。


 しかも、

 ここまで歩いても人が一人もいない。

 さらに、言えば

 人が住んでいた痕跡すらないことが問題だ。


 建物もあれば駅もある高層ビルもあれば、

 ドーム球場だってあったが、

 人の生活の痕跡すら残っていなかった。


 初めの方はホテルのベッドに寝ていたが、

 今は誰かに気づいてもらうために、

 路上にテントを張り寝ている。


 確かテントで寝始めたのは、

 生配信を始めてからだったと思う。


 最初は誰も見ておらず、

 ただ独り言を喋るだけの

 薄気味悪い動画だったが、

 いつからだったが最新のアーカイブに、

 再生回数が2回と書かれていた。


 その時の僕の心は踊っていた。

 僕以外にも、

 生きている人がいるかもしれないと思い、

 急いで動画を再生し、

 下にスクロールし、コメント欄を開く。


「初めて見ました。面白いですね」

 とだけコメントが残されていた。

 僕は「ありがとうございます」と

 返信のコメントをした。


 後から素っ気なかったなと後悔したが、

 その後悔は生配信中にきたコメントによって

 払拭された。


「こんにちは。」

 僕はそのコメントを見て、

 心臓が驚くほど跳ねたが、

 僕はできるだけ冷静を保ちながら、


「こんにちは。」

「日本の方ですか?」

「そうですよ、あなたは?」

「私もそうですよ。」

「どこにいるんですか?

 あなたは一人ですか?」


 少し気持ち悪かっただろうか

 もしも帰ってこなければ

 どうすればいいのだろうか?


「一人といえば一人ですかね。 

 夜はとても閑なので、

 たまたま生配信が目に入って、

 見にきたんです。」

「そうなんですか、ありがとうございます。」

 僕は心の中で良かったと安堵した。


「いつも、この時間にしてらっしゃるん

 ですか?」

「いえ、今日はたまたまなんですよ。」

「それは、運河良かったです。

 私実は夜睡れなくて。」

「そうですか、なら配信をしている間は

 二人で歩いて話しませんか?

 僕は口で喋って貴方は文字で喋る

 不思議な感じがしますね。」


 僕はカメラに向かって笑いかけた。

「ありがとうございます、

 嬉しいです。

 あ、でも私お昼は

 配信見れないんですよね。」


「分かりました、

 ならこれからは夜も配信しますね。

 昼には、そうだな

 つまらないと思いますが

 僕の思い出とか、、、

 そんな事をのんびりと話すので

 暇な時見ていてください。」


 自分でもわかるくらいに、

 人と会話ができた嬉しさから、

 声のトーンが上がり早口になった。


「ありがとうございます」

 その後も僕はコメントの

 顔も知らなければ名前も知らない。


 強いて言うなら

 日本にいると言うことくらい。

 しか知らない人と楽しい時間を過ごした。


 いつの間にか日が暮れていた。

 だが、僕は15分くらいにしか、

 感じていなかった。


「すいません、睡たくなってしまったので

 寝てもいいですか?」

「僕もちょうど眠たくなったんですよ。

 お揃いですね。」


 少し気持ち悪かっただろうか?

 そうだ冗談だとはぐらかそう

 そんな事を考えていると、

「少し嬉しいですね」と

 コメントされていた。


 僕もですよと声を出すつもりで、

 声を捻り出すが届いていなかった様だ。


「なんか、すみません。」

「謝らないでください、

 僕も嬉しいですから。」


 僕は心の底から夜でよかったと思った。

 顔が赤くなるのを見られなかったからだ。

 ではおやすみなさい。

 僕はそう言って配信を閉じた。


 だが僕は彼女に嘘をついた。

 というのも

 この無人であろう世界に目覚めてから

 僕に睡魔が一切襲いかかってこないのだ。


 もちろん食欲も性欲も

 しかも、長い距離を歩いたのにも関わらず、

 疲労というものが一切ない

 しかも飲まず食わず寝ずで

 目を覚ました時よりも健康でいる。


 不思議には思うが、

 神からの贈り物と思うことにした。

 その方が心の平穏を保てるからだ。


 そんな事を考えながらテントを立て、

 僕はふぅとため息をつき寝転がる。

 街灯が一つもないので、

 星空が綺麗に輝いた。


 森の方がよく見えるかな?

 そうだと思い明日は森に行こう。

 僕はそう考え目を閉じたが

 やはり朝まで眠れなかった。

 僕は、その日山を歩きながら

 思い出話をする。


 もちろん記憶なんてないので

 全て作り話だが、罪悪感は抱えつつも

 唯一話ができる人を手放したくないという

 気持ちが勝った。


 それから夜になり、星が綺麗に見える。

 そして、コメントと会話をする。

 星が綺麗ですねなんて他愛もない話だ。

 だがそれが僕にとって、心の支えであった。


 そういえば、

 この前帽子を買ったと言っていた。

 明日は、帽子の話をしてみようか

 明日が待ち遠しくなった。


 だが、話をしてみると、

 コメントの反応は良くなかったが、

 それ以外は、普通に話せた。


 それから二ヶ月経って女性とだけわかった。

 僕とコメントのやりとりは、半年間続いた。

 そしてその一ヶ月前くらいから

 コメントを打ってくれる人が

 配信に来る頻度が減っていった。


 まぁしょうがないなと言い聞かせていたが、

 徐々にため息をつく回数が増えていった。


 今日もまた、配信を始める。

 こんにちは、今日は来てくれたらしい。

 僕は、元気よくこんにちはと返す。

 そして、30分くらい他愛もない話をした。


「実は、私もう長くないんです。」

 突然彼女が言い出した。

「実は、癌なんですよ。私」

 え、と僕は、言葉が出なくなった。


「あなたの、

 配信を見た少し前くらいからかな

 遺伝だって言われて、

 お母さんも実は癌で亡くなってて。」

 僕は、何も言えなくなった。


 そして、僕は胸の奥底に痛みを感じた。

 いくら知らなかったとは言え、

 彼女がそんな状態にも関わらず、

 僕は、話ができることを喜んでいた。


 帽子のとき、

 微妙な反応をされたのもそうなんだろう。


「だから、最後にあって欲しいんです。

 いや会わなくても良いんです。

 最悪手紙を読んでくれれば。

 そうだ、タイムマシンを埋めましょう。

 あなたは、半年後にそれを開ける。

 そして、私はもし生きていたら、

 返事を書き、それを埋める。

 どうでしょうか。」

「良いですね。面白そうです。」

 精一杯出した声がこれだ。

 きっと震えていたに、違いない。


 彼女は、コホコホと咳をする。

「大丈夫ですよ。」

 と僕が大丈夫?と聞く前に

 コメントを打たれる。

 全てが敵わないと思った。


 僕は、それからも毎日配信をした。

 昼夜問わず彼女がいつ見てもいいように。

「花咲学校っていう学校が

 福島県にあるんですよ。

 そこの庭に特別に許可をもらって

 埋めてもらったんです。

 きっとどこかすぐわかりますよ。」


 そのコメントをした日から、

 彼女は、配信に来なくなった。

 きっと病気が良くなったんだろう。

 こんなよく分からない世界だ

 きっと病気で入院していないと、

 配信に来れないんだろう。

 きっとそうなんだろう。


 僕は、配信を続けた。

 誰かが見てるわけでもないのに、

 ずっと話をする、しかもそれらは全て嘘だ。

 僕は、寝ずに西を歩く、

 一ヶ月ぐらいが経ち、

 目的の花咲学校についた。


 そういえば、

 どこに埋まってあるか聞いてなかったな。

 僕は、闇雲に土がある場所を掘る。

 それから、日にちを数えるのをやめた。


 そもそも同じ世界なのかも分からないのに、

 僕は、何をしているんだろうか?

 辞めてしまおうか?

 そう思ってスコップを投げる。

 けれど、もう一度スコップを握る。


 後は、ここだけか、

 僕は、大木の前でため息を吐く。

 この学校に来た時から分かっていた、

 ここに埋まっていることくらいは。


 ただもしも、

 ここに埋まっていたらと考えると、

 ずっと目を背けていた。

 けれど二ヶ月が経ち、僕は腹を括った。


 精々心が壊れるくらいだろう。

 彼女はきっと、

 心も体も壊れていったのだろうから

 それに比べればマシだ。


 何故なら、

 僕は彼女の願いに応えられなかった。

 きっと記憶が戻る前も

 人に迷惑しかかけない

 碌でもない奴だったんだろう。


 僕は、震える手を大声で誤魔化し

 掘り進める。当たらないでくれ、

 心の中でそう願った。

 カツンと音がなってしまった。


 僕は、歯を食いしばり、

 手で土を払い除ける。

 銀色の煎餅がたくさん入ってそうな

 大きな缶があった。

 僕は、それを丁寧に掘り起こした。

 ぱかっと蓋を開ける。

 そこには、一通の手紙と帽子が入っていた。

 僕は、手紙を広げ読み始める。


 はいしんしゃさんへ、

 このあいだ、はなしたんですけど、

 じつは、わたしはがんなんです。

 そして、これがほんとうのわたしです。

 おとなのしゃべりかたのまねして、

 おとなっぽくしゃべりました。

 どうだった?じょうずだった?

 だったらほめてほしいです

 かんじはよくわからないので

 変換?っていうのをおして、

 これだ!っていうのをえらんでいます。

 あってたらいいな

 わたしゆめがあったんです

 みんなで桜をみたかったんです。

 桜っていうじはれんしゅうしたんです

 とてもぴかぴかとしてたから

 桜はいつもまどごしからしかみれなくって

 ほんとうはさわりたかったし

 みんなにだいじょうぶ?って

 いわれたくなかったし

 みんなにわらってほしかった

 だからはいしんしゃさんとあえて

 とてもたのしかったです

 おほしさまをみたり、

 やまからおひさまをみたり

 はいしんしゃさんのえがおをみたり

 とてもとてもたのしかったです

             にしぞの桜より


 僕は、その場に座り込んだ。

 嬉しいのかもしれないし、

 悲しいのかもしれないし、

 最後まで貫き通せなかった

 自分に怒りがあるのかもしれないし、

 苦しいのかもしれなかった。


 意識がなくなるまで、

 どの感情を選んでいいのか

 わからなくなった。


 僕は、タイムカプセルに

 入っていた帽子を被った。

 そして、僕は落ち続けた

 死ねなかった、笑い続けた。

 春になった。桜を見た。

 笑い続けた。桜を見た。

 枯れていた。ずぶ濡れになった。

 笑い続けた。笑い続けた。

 笑い続けた。笑い続けた。

 彼女が笑ってくれるだろうから。


 その日、初めて夢を見た。

 僕が、彼女に会いに行く夢だ。

 僕は笑いながら頑張れと言った。

 彼女も笑いながら頑張ると言った。


 目が覚めた。此処はどこだろうか?

 古い木造の天井が見えた。

 体を起き上がらせ、背伸びをする。

 ドタドタと外がうるさい。

 生きる希望も活力も

 全くと言っていいほどない僕は、

 人が生きている事実を知っても、

 ため息しか出なかった。


 襖がガラッと音を立てて開く。

 大丈夫ですか?と人がなだれ込む。

 ええ、おかげさまで僕は頭を下げた。


 後ろを振り返ると仏壇があった。

 二人の家が飾られていた。

 男性の方は見覚えがなかったが、

 女性の方は見覚えがあったというか

 面影があったというのは変だろうか?

「大丈夫ですか?何かあったんですか?」

 煩いなと思った、

 感傷に浸らせて欲しいものだ。

 今気づいたが、被っていた帽子は

 頭の上からなくなっていた。










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