それぞれの始まり

第2話 災禍の魔女

 ——私の名前はエリス——


 全ての始まりにして、これから始まる物語の目標 —— 最終点かしら?


 "彼ら"が私を退けるか—— 殺すことができれば、数多の世界にも安寧は訪れるかもね......


 でも私はそう易々と引くわけにはいかない...... 私には私なりの"意味や覚悟"も持ち合わせていて、それが全てを救うと信じている 


 ——けどそんな私の覚悟や思いは、数多の世界を滅ぼした末にたどり着いた結論の極地、この"世界や人、理が創造されたもの“であることに気づいたことで砕かれてしまった


 ......そうね 少し私の話をしようかしら

 

 私の産まれた世界は、一昔前はとても豊かで穏やかで慎ましやかな所だったと聞いているわ


 どこまでも続く穏やかな森に綺麗な川、豊かな大地に人々の温かい笑い声、もちろん争いなどもなかったそうよ


 そんな世界もいつからか...... その時代に現れた権力者により混迷と欲望に溢れてしまった。


 支配する者達は急激な発展を望み、限りある権力の頂点を取り合い、ただ奪うために戦争を起こし始めた


 強欲な権力者たちは、色褪せてゆく町並など気にも留めないで全てを消費して行き ——やがて人も資源も枯渇した


 街角では当たり前のように生きる為の奪い合いが起き、力なきものは奪われ殺されていったわ


 私はそんな混沌とした時代に生まれてしまった


 そんな荒み切った世界でも、全うに暮らそうとする奇特な人間も少数だけどまだいたの


 その者たちは争うことを嫌い神に祈りをささげ、世界に立ち込める暗雲が晴れるのを、真に願い祈りを込めたわ。


 私の両親や村の人達も飢えた人に手を差し伸べ、奪われる事があっても諦めずいつか届くと祈り続けた、そんな奇特な人々を私は心底尊敬し敬ったわ。


 そんなあくる日の午後、突然私はたった一人になった...... なったと言うのは 今はもう目の前に顔もわからないくらいの躯になっているから......



「エリス 今日は無事に麦も売れたから教会によって村に帰ろう!」

「わかったよ! お父さん、わたしも一生懸命お祈りするね......」

( 早く平穏な世界が訪れるようロキ様にお祈りを捧げなくちゃ)


「エリスがお祈りすれば神様もきっといつか振り向いてくれるだろう」


 その日は年に数回の村から町に作物を届ける日、盗賊などにも合わず町で荷下ろしも済み、教会でいつものお祈りを済ます予定だったの。


 お父さんは馬車の荷台に座る私を優しく撫でて柔和な笑顔をしてくれたわ。


 ——その直後 不意に破裂音が響き、私は驚き目を見開いたまま硬直した、目の前には笑顔のままゆっくりと静かに横たわるお父さん......


「あっ? ああっ⁉︎ ......あああああああ⁉︎ お父さん⁉︎」


 硬直する私に、下卑た笑いを出しながら駆け寄ってくる男達、横たわるお父さんを数人で切り刻む


「おっ 結構いい女もいるぞー」


「金はたいしてねぇなぁ? まぁ女でいっかぁ」


「さっき隣村燃やした時襲った女も美人だったよなぁ なんか『エリス エリス』叫んでてうるさかったから兄貴、最後に手足切り飛ばして襤褸雑巾見てえにしちまったじゃないすか」


「お母さんになにしたの⁉︎ あなたたち......」


「お前がエリスなのかあ? 悪いなっ! お前の母さんには俺らの相手してもらったよ、まあうるせえから殺しちまったけど...... 神様の所に先にいってんじゃねえか」


「これからお前もそうなってもらうから..... まあ後から同じところに行けるからよ」


 そう言いながら馬車から転げ落ち後ずさる私を、彼らは取り囲み、全てを奪い、嬲り、蹂躙した...


「ロキ様どうかご加護を...... 救いの手を......」


 行き場も尊厳も奪われた私は、ただひたすらに祈りを唱えた ......例え届かないと分かっていてもね。


 全てが終わったのは、夜が明ける前だったわ...... 私が死んだと思った男たちは、荷物とともにそのまま去っていった。


 男達が絶えず繰り返した凌辱の祭りは血溜まりの上で横たわる私と言う襤褸雑巾を作り上げた 


 何処の骨が折れてて何処から血が溢れてくるのかも分からない、痛みは感じず目も見えず、意識はただ暗闇を落ちていくだけ 


 ——そんな感覚を味わっていると落ちて行くずっと先に僅かだが小さな光が見えた 私の心はそこに辿り着くと言うことは死ぬことなんだとなんとなく理解し諦めにも似た言葉を吐き出させた


「なんだ ......神なんていないじゃん......」


(世界は理不尽だね...... 親も村の人々も私自身すらも ......無くした、どうにもならないなら、この世界も何もすべてなくなればいい)


「神も世界も何もかも、全てがなくなれば ——誰も苦しむこともない」


 そう心の底から ——願って ——願って ——願って ......やがて


 私の内なる心から、どす黒い感情が溢れ出し、心に何者かが語り掛けた 


【私とともに災禍を起こし、全てを混沌に】


 その問いかけに身を預けた私に怠惰 暴食 強欲 憤怒 色欲 嫉妬 強欲 憤怒 あらゆる感情、欲望を混ぜ合わせたような血のように赤黒い靄が胸の辺りから溢れ出し私を包んだ。


 その靄に身を任せると熱さを伴った痛みは治り、ぼろぼろだった体は傷がなかったように癒ていく、それは常人が見たならば狂気を宿した様な得体の知れない赤黒い靄であっただろうが痛みや苦しさから解放されたその時の私には安らぎを感じるほどであった


やがて包まれたまま朦朧としていた意識は次第にはっきりとしていき、自身に感じた違和感に目を向ける少しの余裕ができた私は手や体を見回した


1番最初に気づいたものは艶やかで肩にかかるくらいだった自慢の亜麻色の髪がいつのまにか腰まで伸びていた、しかしその色は血が滲んだように赤黒く根元から染まっていた、変化は髪だけにとどまらず、貧しく貧相だった体つきさえも妖艶な容姿に変化していた、後から気づいたことだけどこの時に私の黒色の瞳はルビーのような瞳に変化したみたい


 その急激な変化に私は只々戸惑ったわ、そして穴だらけの心までを包んだ靄はやがて混沌の黒い渦となり私の心を染め上げていき、只々滅ぼしたい気持ちが次第に沸き起こりはじめる——


 その感情は悪戯を楽しむ童心のように私を掻き立てた——


 ——さぁ、神も世界も混沌に染め上げて全てを無に ......苦しみから解放しましょう——


 その心に宿る語りかける黒い渦を”ミヤ”と名付け、私達はそう宣言し、その場で両手を広げてくるりと一回りする ——と空から黒い雨【災禍の涙】が落ちてきて、その雨粒は魔獣【災禍の魔獣】となり世界を包んでいった。


 これが私の始まりよ。もちろん世界にはもっと酷くて凄惨な物語もあるだろうけど、私の生きた世界暮らした日々のなかでは一転して憎悪に塗れるには充分だったわ、"ミア"にも見初められるほどにね


 ——その後、人の身のまま膨大な力を持った私は数多の世界を渡り襲い滅ぼし、災禍の魔女と呼ばれ恐れ慄かれていくようになったわ


 沸き立つ感情が収まらず繰り返す日々の中で”違和感”を感じたのはいつからだったかしら


【この空間には数多の世界が生まれ何かしらの作用が働いている】


 このことに気づいたのは他ならぬ私とともにあるミヤが教えてくれたこと。その作用の謎を探すうちにやがて私はある強い力を持った世界を見つけた。そこには他ならぬ神以上の強い力を感じ、その何かに惹かれていった 


「きっとこの世界に私を満たすもの、謎の答えがあるかも知れない」


 私は執拗に攻め込んだわ、だけど他の世界ではなかった強い力で抵抗された、やがて幾多幾度目かの襲撃で私達は神以外の何かの力がこの世界、いや私を含む全てに働いていることに気づいてしまった。それはまるで”盤上の駒を動かす”ようにすべてを無意識下で操るように


 そして長い時をもって私たちはこの世界で創られ繰り返す者と理解したわ。きっとそれは人として暮らしていれば理解できないもの、ミアと共にあって神に近い力をもち世界を渡り歩いた私だからこそ辿りつけた結論だったわ


「私の在り方が、生き方が創られたものなのは許せないわね、いっそその何かを探しだし滅ぼしてすべてを終わりにしましょうか」


 私の心は災禍の魔女の始まりに宿した童心が再び熱く沸き立ち始める


「絶対に暴いて探し出して、創った事を後悔させてあげる、なんなら取り込んで私が全てを無に返してあげるわ」


 これが災禍と混迷を巻き起こし、数多の世界を滅ぼした【災禍の魔女】として恐れられ、人の身のまま混沌の化身となった私の“エリス"の始まりの物語よ

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