スライドナヴ

エリー.ファー

スライドナヴ

 山中に置いてきた車の中で幼女を飼っている。

 ムカデを乾燥させて、それを水で溶いて飲ませると喉が痛いと言っていた。

 そのうち、飽きて放置した。

 六年後に、その車を見に行ったら、窓が黒く汚れて中を覗くことはできなかった。黒い膜の裏であの子は今も静かに生きているかもしれない。食事になるようなものもおいてきていなかったので、分からないが、そんな気がする。

 窓を二度叩く。

 その音が森の中を反響して、鳥が数羽飛び立つ音が聞こえた。

 誰かの声も聞こえた気がした。

 内側から何かが聞こえてきた。

 歌声だった。

 最近、ブームを起こしたジャズっぽいアイドルの曲だった。私はそのアイドルのファンなのである。初代のメンバーはもう何人か抜けてしまったが、いまだに面白いコンテンツとして機能している。まず、ドラマ性が高い。それぞれのメンバーにある程度の背景があり、しかもそれらがプロデュースできるものではないので真実味がある。幾つもあるアイドルの中では圧倒的な個性を誇っていると言っても過言ではない。まぁ、アイドルファンというのは自分の推しているアイドルというものを、そのように表現するわけだが、今回に限っては違う。

 本当に違うのだ。

 私はその歌声に合わせてガラスをノックする。

 中から聞こえてくる歌声はより大きくなった。

 会話をしているわけではないのだが、意思が通った感じがしたのが非常に興味深かった。

 誘拐した時、幼女は既に腕がなかった。両足も歪んでおり、唯一まともだったのはその顔だった。このまま成長すれば顔だけは美少女と呼べるレベルにまで達していたことだろう。

 哀れだと思った。

 私は金のある家に生まれた。ただ、金以外は余りない家だったのが、この犯罪も道楽の延長でしかない。列車の後ろにつかまり、その速度で味わえるスリルに身を任せるような遊戯的な意味合いしか持っていない。

 幼女というコンテンツ。

 車に閉じ込めるというコンテンツ。

 放置するというコンテンツ。

 ノックをして反応を伺うというコンテンツ。

 よく小説や漫画、映画では、俺を喜ばせてみろ、というような意見を言ってくる悪役が存在する。もしも、私がこの状況において悪役であったとしても、そのようなことは微塵も思わない。

 何故か。

 満ち足りているからだ。

 満ちた体に、もう一滴だけ。あと、もう一滴だけ。

 その感覚で行っているからだ。

 おそらく、理解できない人間は死ぬまで理解でいないことだろう。理解できない者の感覚を、そのまま理解することは不可能だが、私は想像することはできる。

 間違いなく、この幼女はそれが理解できないだろう。

 私は、これからも何かを監禁したり、餓死寸前の誰かに毒の入った料理を食べさせたり、棘の付いた鉄製の車を眼球にねじ込んだり、両腕と両脚を縛った誰かを生き埋めにしてその蠢く音を聞きながら大好きなスコーンを食べたりするだろう。

 天罰が下ることはない。

 そもそも、天罰など存在しない。

 そもそも、因果応報など存在しない。

 そもそも、祈るべき紙など存在しない。

 自分が優れていると思わないし、自分が勝っているとも思わないし、自分が統べる側の人間だとも思っていない。

 ただ、やりたいことをやってしまう人間であると確信している。

 歌声が途切れる。

 後のことは、名前も知らぬ誰かに任せよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スライドナヴ エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ