五匙




 薄紫の扉のドアノブを回しては押して自室へと入ったのばら。真っ先に視界に入って来た畳スペースへと向かい、一段上がったそこに腰をかけてリュックサックを下ろして一息。仰向けになってスリッパを脱ぎ、ズルズルと身体を引きずりながら中央へと辿り着くと大の字になった。


「おめえ、緊張してたのか?」


 リュックサックから出て来た、のばらの月の鏡であるぺりゅみぃ。トコトコとペンギン型の身体を少しだけ左右に揺らしながら歩き、のばらの傍らで佇んだ。


「ああ、うん。どうだろう?」

「いやしてねえな」


 真顔ののばらに、溜息が出たぺりゅみぃ。結婚した自覚はあるのかと尋ねれば、ないと断言されて、溜息がさらに追加。

 結婚した理由は聞いていた。

 結婚相手のへたくそな鼻歌を理解して、己を律する術を会得すること。

 理解する為、多く聴く為に、結婚したのだ。

 とても自分本位な結婚。

 お互いに。


「おめえ。あいつがアンドロイドだって気づいてんのか?」


 のばらは顔だけ動かしてぺりゅみぃを見た。

 真っ直ぐに。


「そうなの?」

「ああ」

「そうなんだ。はあ」

「驚かねえのかよ」

「まあ、別に。アンドロイドと人間の結婚なんてあちこちでしているじゃない」

「そうだけどよ。嘘つかれてたんだぜ。あいつ五十上の人間のじいさんだって自己紹介してただろうが」

「ああ、確かに。何でだろうね」

「おめえ。あいつの鼻歌以外に興味ないなまったく」

「お金にも興味があるよ」


 途端、襲いかかる冷ややかな眼差しに口の端を痙攣させたのばらは、目元に力を入れて、だから、と言葉を紡いだ。

 痙攣は少しだけ、微細に続く。


「興味は今から持つ。話して。あ。手紙。夫婦でも手紙を交換し合っていいのかな?」

「今更常識を求めるなよ」

「だよね。よし」


 気合を入れたはずなのに起き上がらないのばらに、ついつい今書かないのかいとツッコんでしまったぺりゅみぃであった。









(2022.4.15)


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