第34話 この顔に、見覚えは?

「おや、どこへ行かれるおつもりですかな?」


 リアルナさんから逃れようとする俺たちの行く手に、あいつが立ちはだかった。


「てめえは……!」


 姫さんの腹心、赤長衣ローブの男だ。なんのつもりか、周囲に集まってきた戦士たちを手で制し、


「ここは私がお引き受けしましょう。貴方がたはあちらを――青外套マントの剣士殿をどうにかしていただけますかな?」


 と、言葉だくみにおっさんの方へと差し向ける。


「――これで、お会いするのは三度目ですな」


 遠ざかっていく戦士たちを見送りながら、男が言った。


「いい加減、名乗ったらどうなんだよ? 名前もわからねえんじゃ、話しにくくて仕方ねえ」

「おお、私としたことが失念しておりました。どうか、お許しを」


 ぴしゃりと仰々しく、掌で頭を打つ赤長衣ローブの男。


「私はフェイナ様にお仕えする宮廷魔法使いでしてな。名前は――貴方がたの中には、ご存じの方もおられるのではありませんかな?」

「へっ、そんなわけねえだろうが」


 そう言って、俺はデュラムとサーラを見やったが、案の定、二人とも首を横に振った。

 当然だろう。俺たちが奴と顔を合わせたのは、昨日が初めてなんだからさ。

 ところが――。


「貴方ですよ、貴方。赤い瞳の冒険者殿」

「――え?」


 前を向いてびっくり。いつの間にか、赤長衣ローブの男が目と鼻の先にいて、骨張った人差し指をこっちに向けてやがる。俺が右にどいても左にのいても、奴の指は鉄に吸いつく魔法の石――磁石でできてるかのように、しつこく後を追ってきた。


「昨夜お会いしたとき、もしやと思いましたが……今し方、太陽の下でお顔を拝見して、確信しましたよ。やはり貴方でしたか。このような場で再びお会いすることになろうとは、これも神々が定めた運命ですかな?」

「な、何わけのわからねえこと言ってやがる? 俺は、あんたなんか知らねえぜ?」

「おや、私をご存じないと?」


 さもおかしそうに、男はくすくすと笑う。


「本当にご存じない? 本当に――ソランスカイアの神々にかけて?」


 奴は俺の前をゆっくりと行ったり来たりしながら、執拗にたずねてくる。時々首をひねってこっちを見るんだが、その仕草がどうにも芝居がかってて癇に障る。


「無礼だぜ、あんた」


 俺はいらいらして答えた。なぜだか知らねえが、かさぶたが張って治りかけてる傷を、針でちくちく突かれてるような気分だ。はっきり言って、不愉快極まりねえ。


「知らねえって言ってるだろ。なんなら、太陽神リュファトに――神々の王に誓いを立ててもいいぜ?」


 そうきっぱり断言してみせた途端、


「アハハハハハ!」


 男のけたたましい笑い声が弾けた。頭の「ア」に力を入れる、例の嫌な笑い声だ。


「な、何がおかしいんだよ?」

「これはこれは、驚きましたな! あなたが私をご存じないとは! アハハハハハ!」


 身をよじって大笑いした後、奴はこっちを向いて、ゆがんだ口許を見せた。


「そういう忘れっぽいところは相変わらずですな――殿下」


 俺は思わず目をむいた。こいつ、今なんて言った? 俺のこと、「殿下」って呼ばなかったか?


「あ……あんた誰だ? なんで俺の過去を知ってる?」


 俺が冒険者になる前のことは、デュラムやサーラにも話してねえ。もちろん、昨日出会ったばかりのおっさんたちにも。なのにこいつ、どうして――?


「この顔に、見覚えはありませんかな?」


 赤長衣ローブの男が、頭巾フードに手をかける。少しずつ、じらすように後ろへずらし、そして――。

 あらわになった顔を一目見て、俺は絶句した。

 ぎょろっとした目に鋭い鉤鼻。頬骨が浮き出てみえるくらい、痩せこけたほっぺた。


「これは殿下、今日もご機嫌うるわしゅう」


 赤長衣ローブの男はそう言って、慇懃すぎる一礼を披露した。昔と同じように。

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