第31話 でたらめ言うなよ、リアルナさん!

「メリック、あの男は――」

「ああ、わかってる」


 あれは、いくら俺でも忘れられるもんじゃねえ。昨夜、俺たちが三頭犬ケルベロスに襲われてる最中に現れた赤長衣ローブの男。そいつが戦士たちにまじって、こっちへ歩いてきやがる。


「あいつ、ウルフェイナ王女の手先だったのかよ……」


 フォレストラ王国の王女様――長いから「姫さん」って呼ぶか――を守る戦士たちは、あっという間に〈樹海宮〉へと押し寄せ、俺たちを二重三重に取り囲んだ。二十人近い人間が剣を抜き、十人の妖精エルフが槍をしごく。七人の小人ドワーフは鉄槌を、二人の巨人は棍棒を、それぞれ構えた。

 あの赤長衣ローブの男も、手にした杖をまっすぐこっちに向けてくる。

 太陽神リュファトにかけて、こんちくしょう。これじゃ八方ふさがり、袋の小鬼ゴブリン。いざってときに逃げられねえ!


「ちょっと待ってくれよ、なんで俺たちがこんな目に遭わなきゃならねえ!」


 そりゃ王族にとって、自由気ままに振る舞う俺たち冒険者は不快な存在かもしれねえ。けど、それだけの理由でこんなことをするなんざ、いくらなんでも横暴ってもんだろう。

 ところがだ。俺が抗議した途端、姫さんの怒声が投げ槍みてえに飛んできた。


「何を言うか異国人とつくにびとっ! お前たちの狙いは〈樹海宮〉の財宝だろうっ!」

「な……なんで知ってるんだ?」

「昨夜、先行させていた我が腹心から知らせがあったのだっ! 怪しい異国人とつくにびとが数人、〈樹海宮〉の前にたむろしている。おそらく〈樹海宮〉の財宝を狙っているのだろうとなっ!」


 姫さんは胸を張って得々と語りながら、戦士たちと肩を並べて立ってる赤長衣ローブの男を見た。奴も姫さんの視線に気づいたようで、右手を胸に当てて、うやうやしく一礼する。

 あいつが姫さんの腹心だって? じゃあ、奴が昨日俺たちにつきまとったり、三頭犬ケルベロスをけしかけたりしてきたのは、あの姫さんの差し金だったのか。


異国人とつくにびと風情に先を越されてなるものかと、急いで来て正解だった。こうしてお前たちを包囲することができたのだからなっ!」

「『先を越されてなるものか』ってことは……姫さん、あんたもやっぱり〈樹海宮〉のお宝が目当てなのか?」


「姫さん」なんて気安く呼ばれたのが気に障ったのか、それとも言葉の裏を読まれたことが癪だったのか。フォレストラの王女様は一瞬、不愉快そうに眉をひそめたが、すぐに「その通りだっ!」と肯定した。


「〈樹海宮〉の財宝はその昔、我がフォレストラ王家に神々が与えたもうた魔法の武器。サンドレオ帝国や魔物たちから国を救い、民を守るために必要なもの。異国人とつくにびと風情に渡すわけにはいかないのだっ!」


 姫さんの表情が、今にも矢を放とうとしてる弓の弦みてえに、きりきりと引き締まる。


「森の神ガレッセオにかけて、その者たちをひっ捕らえよっ! 抵抗するようなら、死なない程度に痛めつけて……」

「ちょっと待ってください、ウルフェイナ様!」


 濃紺の甲冑を着込んだ金髪の少年が、慌てた戦士たちをかき分け、姫さんの前に飛び出してきた。その後に続いて、黒い貴婦人服ドレスを着こなした銀髪の女が、悠然と現れる。


「お勤めご苦労様ですわ、戦士の皆様」

「アステルと……リアルナさんじゃねえか」


 昨夜出会った、おっさんの奥さんと三男坊。それに、旅装束姿の従者たちも一緒だ。二人の後ろに連なって、ぞろぞろとやってくる。昨日は夜の闇に紛れてよく見えなかったが、今日は朝日の下で、一人一人の姿をはっきりと見分けることができた。

 獣みてえな面構えの、野性味あふれる青年。風のように颯爽とした雰囲気を漂わせる、青みがかった銀髪の妖精エルフ。雲衝くような禿頭の巨人に、両刃の戦斧を背負った黒髭の小人ドワーフ。土色の肌をした大女や波打つ青い髪の偉丈夫、水瓶抱えたみずみずしいほっぺたの少女……などなど。姫さん配下の戦士たちに劣らず、いろんな種族が入りまじってる。


「なんであの連中が、フォレストラの王女様と一緒にいるんだ?」


 その疑問にゃ、サーラが答えてくれた。


「昨夜、リアルナさんが言ってたじゃない。今、ある高貴な方とその一行にお客扱いされて、お世話になってるって。忘れたの?」

「そうだっけ?」

「そうよ、この忘れん坊! けど、意外ね。高貴な方って、ウルフェイナ王女のことだったんだわ……」


 俺とサーラがひそひそ話し込んでる間に、姫さんは姫さんで、お客たちと話を始めたようだ。


「我が客人、リアルナ殿とそのご子息よ。一体どうされたのだ? 我が方のもてなしに、何かご不満でも?」

「まさか。昨日からウルフェイナ様には大変よくしていただいて、本当に感謝していますわ」

「いかにも、我ら一同大満足! 不満などあろうはずもない!」


 リアルナさんの背後に控える従者たちが、口をそろえて同意する。


「昨夜、シルクの天幕の下で我らに供された、骨つき肉の焙り焼き。あの焼き加減はまさに絶妙! しかも香辛料スパイスがほどよくきいて、まっこと美味であったのう」

「しかり。されど、それ以上に美味かったのは麦酒ビールじゃ、麦酒ビール。竪琴の調べに耳を傾けながら、一息にあおったときのあの味わいが忘れられんわい」

「美味い料理に美味い酒。できることならもう一度、ごちそうになりたいものですねえ」


 巨人が身振り手振りを交えて熱っぽく語り、小人ドワーフが相槌を打つ。妖精エルフがぺろりと唇をなめて、他の従者たちを大笑いさせた。


「あなたたち、しばらく黙っていてもらえませんこと?」


 周囲の緊迫した雰囲気なんざ気にも留めず、むしろどうでもいいといった様子で、にぎにぎしく談笑する従者たち。その喧騒を、リアルナさんが軽く咳払いして静まらせる。


「――それよりウルフェイナ様。そちらの方々は、わたくしたちの知り合いですの」

「なにっ! それは本当かっ、リアルナ殿?」

「ええ、もちろん。特にその方のことは、よく存じていますわ」


 リアルナさんがおっさんを指差すのを見て、俺はちょっと希望を持った。あの人が姫さんに上手く取りなしてくれりゃ、戦いを避けられるかもしれねえ。リアルナさんは、おっさんとは夫婦なんだから、まさかこの場を黙って見過ごしたりはしねえだろう。

 実際リアルナさんは「その方は……」と、おっさんの素性を説明しにかかった。すうっと息を吸い込み、そして――。



「その方は悪名高い大盗賊、そちらの方々はその一味ですわ!」



 声を大にして、きっぱりと言い切った! ……って、あれ?


「え――えぇえぇえっ?」

「あたしたちが、盗賊ですって?」

「マーソルの奥方、いきなり何を言い出す……!」


 驚いたのは俺やデュラム、サーラだけじゃねえようだ。


「か、母さん? 父上もフランメリックさんたちも、そんな人じゃないでしょう!」


 アステルが目を丸くしてお袋さんを見やり、非難の声を上げる。


「つまらんでたらめを言うでない、リアルナ!」


 盗賊呼ばわりされたおっさん自身も、珍しく怒気をあらわにして、奥さんに詰め寄った。


「私一人ならばともかく、メリッ君たちまで危険にさらすつもりか!」


 五十人分の声にも匹敵するかという大音声。その迫力に圧倒され、おっさんの行く手を阻む戦士たちが思わず道を開けた。だが、当のリアルナさんは涼しい顔して知らんぷり。ちらりと目だけをおっさんに向け、冷然と微笑む。


「――お黙りなさい。卑しい盗賊風情が、気安く呼ばないでいただきたいですわね」


 その冷たい笑みを見て、一瞬で悟った。あの人、おっさんを助けようなんてこれっぽっちも思ってねえ。むしろ、危機ピンチに追い込んで楽しんでやがるんだ。

 氷の微笑を浮かべたまま、リアルナさんはさらにでたらめな話を続ける。曰く、おっさんの正体はサンドレオ帝国出身の大盗賊で、俺たちはその一味。自分とアステルは、かつて俺たちに襲われ、身ぐるみはがれた挙句に殺されそうになったものの、神々の加護により、どうにか逃れることができたとか。


「ですからウルフェイナ様、その方々には情けではなく、むしろ即刻、戒めの縄をかけるべきかと存じますわ」


 ……こいつはまずいぜ。俺たちにゃすぐ嘘八百だとわかる話だが、リアルナさんの口振りがいかにもまことしやかなもんだから、姫さん一行が信じ始めてやがる。


「そうか、やはり盗賊か」

「盗賊ならば、容赦は無用だな」

「覚悟しろ、この盗賊め!」


 周囲の戦士たちが顔を見合わせ、しきりに「盗賊、盗賊!」って騒ぎ立てた。奴らを率いる王女様も、


「やはりそうだったか、〈樹海宮〉の財宝を狙う盗人ぬすっとめっ!」


 と、リアルナさんの話を鵜呑みにする始末だ。


「者どもかかれ、盗人一味を捕らえるのだっ!」


 姫さんの号令に続いて、角笛が嚠喨と鳴り響いた。


「ウルフェイナ様のご命令だ! 貴様ら全員、ひっ捕らえる!」


 革鎧や鎖かたびら、あるいは板金鎧を着込んだ戦士たちが、どっと押し寄せてくる。


「――すまんな、メリッ君。どうやら、私とリアルナの夫婦喧嘩に、君たちを巻き込んでしまったようだ」


 おっさんが剣の鞘を払いながら、沈痛な面持ちで言った。


「かくなるうえは、暴力に飢えた軍神ウォーロを喜ばせてやるしかあるまい。此度は私も全力を尽くそう。だから君たちも、できうる限り自分の身を守ってくれたまえ!」


 言うが早いか剣を一閃させ、戦士たちに叩きつける。敵も武器を構え、盾を掲げておっさんに殺到した。もちろん、俺たちにも――。


「おっさん……ああ、くそっ!」


 戦いが始まっちまった。地上に争いを引き起こすのが何より好きな黒髭の軍神は、どうあっても俺たちを戦わせてえのか。

 だったら……やってやろうじゃねえか!

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