第3話 昔のことは、思い出したくねえんだ

 緑滴る森の中で、ただ今焚き火を囲んで食事中!

 森と言っても、そんなに暗いところじゃねえ。今みてえに、太陽神リュファトが世界を照らしてるとき――つまり昼は、木々の枝や葉の間から陽光が差し込むんで、結構明るい。

 もっとも……夜になると、話は別なんだが。


「ふー、満腹満腹!」


 ごちそうさん。サーラがつくってくれた麦粥を早々と平らげ、俺はお椀とスプーンを置いた。スプーンがお椀の底に当たって、カラリと乾いた音を立てる。

 今のところ、食べ終わったのは俺だけだ。他のお二人さんはと言えば、


「ちょっとメリック、あなた食べるの速すぎよ。もっとゆっくり味わったらどうなの?」

「サーラさん、奴にそんなことを言っても無駄です。すぐに忘れてしまうのがおちですから」


 とかなんとかおしゃべりしながら、湯気の立つ麦粥をすすり込んでる真っ最中。

 仕方ねえ。二人が食べ終わるまで、食休みでもしてよう。

 あたり一面に敷き詰められた、柔らかな腐葉土の絨毯。その上にごろりと寝転がる。木漏れ日がまぶしいんで、右手をかざして日除け代わりにした。

 ふう、この食後のまったりとした感じがたまらねえ。今日は天気もいいようだし、このまま二度寝してえ気分だぜ。

 けど、のんびりしてちゃ、無駄に時間が過ぎちまう。この森に入ってから、今日でもう三日目だ。いい加減、目当てのお宝が眠る場所――〈樹海宮〉を見つけねえとな。

 寝っ転がったまま、傍らに置いてある荷袋に手を伸ばす。安宿に二、三泊するのがやっとの路銀と、冒険に必要なもん一式が詰まった袋の中をかき回すと、古ぼけた羊皮紙が出てきた。フェルナース大陸の地図だ。

 体を起こして胡座をかき、地面に地図を広げる。黄ばんだ羊の皮に描かれてるのは、大陸の覇権をめぐって争う二つの大国――北西のフォレストラ王国と南東のサンドレオ帝国。そして、その周囲にちらばる無数の小国。たとえば、ファルコス、ウォラウテ、クランシア。レスタム、ロッフェル、アプリーズ。それに…………イグニッサ。

 左上には、神々が住むと言われる白亜の城塞都市、天空の都ソランスカイアが、地上を見下ろすように描かれてる。もちろん、神々の都なんざ、実際に見たことある奴はいねえだろうが。

 今俺たちがいるのは、北西のフォレストラ王国、その南部に広がるシルヴァルトの森。ギンギルギッザ山脈の鋸じみた峰々と、大河ハーバ・ラバーマの悠揚たる流れに挟まれた大森林だ。一度入れば簡単にゃ出られねえってんで、〈緑の迷宮ラビリンス〉なんて呼ばれることもあるんだとか。

 そんな危険な森に、どうして足を踏み入れたのかと言えば――なんでも、この森の奥深くに〈樹海宮〉と呼ばれる遺跡があって、そこにはすごいお宝が眠ってるって噂があるんだ。それが嘘か本当まことか、遺跡へ行って確かめようってわけさ。

 それからしばらく、地図とにらめっこしながらいろいろ考えてると、


「メリック」


 妖精エルフの美青年が、不意に俺の名を呼んだ。顔を上げてみりゃ、デュラムの奴、険しい顔してあたりを見回してるじゃねえか。


「なんだよ、いきなり?」

「何か来るぞ……魔物かもな」

「魔物? さっきは誰もいないって言ったじゃねえか」

「静かにしろ、今確かめる」


 デュラムの長く尖った耳が、ぴくぴく動いてる。周囲の物音を聴き取ろうとしてるようだ。なんだか兎の耳みてえだな――なんて場違いなことを考えてたら、横目でじろりとにらまれた。

 こ、怖え。本気マジで怖いぞ。

 ふざけてる場合じゃねえな、真面目にやらねえと! 「何か」の正体が魔物なら、戦わなくちゃならねえんだからさ。

 俺は、素早く腰に手を伸ばした。腰帯ベルトにつり下げた剣の柄を握ると、カチャッと小さな音がする。鞘から一気に引き抜けば、今度はシャキンと鋭い音が。

 抜き放たれた剣は木漏れ日を受け、小人ドワーフの鍛冶屋が鍛えた鋼の刃をきらめかせた。

 デュラムも、地面に突き刺してあった自分の武器を引き抜く。奴の背丈より長い槍だ。柄は丈夫な秦皮とねりこ、木の葉型の穂は魔物が嫌う白銀でできてる。

 サーラも素早く荷物を取りまとめ、得物を構えた。さっき麦粥をかき回してた、あの杖だ。

 これで三人とも、戦う準備はできた。いつでも来やがれ、魔物ども!


「……近いわ。茂みに隠れて、近づいてきてる」

「そうみてえだな」


「何か」の気配は、俺やサーラでも感じ取れるくらい近づいてる。ここまで近くなると、もう気配を感じるだけじゃねえ。「何か」が茂みの中を進む足音や、不気味なうなり声も聞こえる。十中八九、間違いねえ――魔物だ!


「正面から三匹来るぞ。右からも三匹――いや、四匹だな」


 妖精エルフの美青年が、耳をぴくぴくさせながら、周囲に視線を走らせる。


「合わせて七匹か。相変わらずいい耳してるな、お前」

「ふん……そろそろ来るぞ、油断するな」


 デュラムがそう言った、次の瞬間。正面の茂みから、左右二つの頭を持つ奇怪な犬が、猛然と飛び出してきやがった!


「上等だ! やってやろうじゃねえか!」


 俺は剣を構えて、怪物が迫ってくるのを待ち受ける。

 そこでふと――朝飯前に見てた夢のことを思い出した。


「……っ!」


 眉根を寄せて、小さく舌打ちする。頭を二、三度振って、過去の記憶を振り払った。

 親父が死んだ、あの日から三年。今の俺は、ただの冒険者だ。それ以外の何者でもねえ。

 昔のことは、思い出したくねえんだ。

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