15
俺達は黒部に連れられて、地下道を歩いていた。一体、上では何が起きているのだろう。
「此の道を真っ直ぐ行けば、街に出られる」
黒部は妙に落ち着いていた。こういう事態に慣れているのだろう。俺の隣で依り一層、不安を濃くした表情で百合が震えていた。匂いでも、どれ程の不安を抱いているのかが伝わった。
繋いだ手を強く握った。百合も力強く握り返し、意を決したのか頷く。何が在っても、彼女だけは護らなくてはならない。固めた決意を確かめる様に、俺は心の中で呟く。
「私は大丈夫だよ。心配しないで」
そう言った百合の声は少し、震えていた。
「俺が護るから、安心して。絶対、百合を護る」
「うん……。ありがとう」
ほんの少し、百合の表情が和らいで安堵する。
「自分ら、熱いのぉ」
「茶化すなよ、エコー。其れよりも、黒部。上では一体、何が起きているんだ?」
「狼(ヴォルフ)の奴等が、攻めて来ているのさ」
と言う事は、美香はこうなる事を知っていたと言う事か。
「大丈夫、貴方達には危害を加えるつもりはないわ。安心して」
考えている事が解ったのか、美香が言う。
「足音が聞こえるわ。誰かが近付いてる」
俺達には何も聞こえなかったが、百合には人並み外れた聴覚が在った。
「どうやら、逃げても無駄の様だ。何者かと遭遇する未来が見えた」
クリスが静かに言う。
「で、俺達はどうなるねん?」
エコーが問うのと、ほぼ同時に――
「動くな!! 動くと撃つぞ!!」
声がした。重火器を持った男達がいた。其の最後尾には、此の場に似つかわしくないフードを被った男が居た。
顔までは見えないが、フードの男が指揮を取っていると見て間違いないだろう。
「銃を降ろしなさい。彼等への発砲は許可しないよ!!」
美香が言った。
男達は美香の言葉に従い銃を降ろした。
フードを被った男が言う。
「香元よ、俺達と来て貰おう」
フードの男はオリジナルの黒部だった。
驚く俺に黒部が言った。
「俺もヴォルフの人間だ。詳しい話しは、歩きながらするとしよう」
黒部は男達に指示を残して、歩き出した。俺達も後に続いた。
「俺の妻が、ギャンブルで命を落とした事は前にも話したな。在の時、既に俺はヴォルフの一員だった」
黒部がヴォルフの人間だなんて、美香の時と同様、全く気付かなかった。だけど、不思議と驚きはなかった。
「俺はドルフィンのしている事を、どうしても許す事が出来なかった。だが、今の此の国の法律じゃあ、奴を裁く事は出来ない!!」
無臭だった黒部の匂いから、強い怒りの匂いが吹き出してきた。奥さんとの事が矢張り、心の何処かで引っ掛かっているのだろう。
俺だってそうだ。
百合を死なせた己への怒り。ドルフィンへの憎しみは決して、消えはしない。
「俺は潜入捜査を試みた。ドルフィンの部下になり、奴の組織の奥深くまで根付いていった。知っての通り奴は、クローン技術に手を出した。歴とした犯罪だったが、上の連中は其れでも腰を上げなかった」
「何でなんや?犯罪者を捕まえるのが、警察の仕事やろ?」
間抜けなエコー。
「クローンを作っていた事が解れば、国際問題に発展するからだろう?」
流石にクリスは聡明だ。
「そうだ。捕まえるには、別件で挙げるしかない。だが、奴は全く尻尾を出さなかった。奴が死に形式上、篠崎アゲハが実権を握る事になった」
「ちょっと、待て。どうして、其処でアゲハが出てくるんだ?」
「奴はどういう訳か、ドルフィンの財産を全て相続している。ドルフィンのしてきた事を全て引き継ぎ、多くの人間を犠牲にしているんだ」
「何だって!?」
アゲハがそんな事をしているなんて、信じられなかった。
「在の日の夜、篠崎義則と武藤和幸を入れ替えたのも篠崎アゲハの仕業だ」
「何故、アゲハがそんな事をする必要が在るんだ!? アゲハは百合の弟なんだぞ!!」
「弟だからよ。アゲハは実の姉である篠崎百合に恋愛感情を抱いていた」
「どうして姉さんに、そんな事が解るんだ?」
「解るわよ。私の能力を忘れたの? アゲハがイルカと接する時の分泌ホルモンを、私の鼻が全て感知している。間違いなく、アゲハは篠崎百合に恋をしている。狂ってしまうぐらいにね」
だとしたら、余計に解らない。どうしてアゲハは、百合の命を奪ったドルフィンの組織に属しているのか。何故、ドルフィンの財産を相続する事が出来たのか。アゲハの企みが解らなかった。
「とにかく、奴を挙げて組織を解体する口実が必要だった。今まで奴は尻尾を出さなかった。だが、お前のお陰で奴を挙げる為の証拠を掴んだ」
「其れは、どういう意味なんだ?」
全く思い当たる伏しがなかった。
「武藤和幸が先日、意識を取り戻した。奴がアゲハにジャブ漬けにされたと証言した。実際、アゲハは以前から覚醒剤の原料を仕入れていた記録は在った。だが、奴には医師免許が在る。覚醒剤の原料が、薬の原料にもなるのは知ってるか?」
初耳だった。
だが、アゲハが裏で糸を引いているのは間違いない様だ。
記憶を失っているとは言え、百合に取っては酷な話しだった。百合から悲しみの匂いが込み上げてくる。不安や恐怖の匂いも混じっている。優しく百合の肩を抱き寄せる。
「大丈夫。心配しないで。何が在っても、俺が護るから」
只、静かに首を縦に振るだけで、百合は何も言わなかった。必ず護ってみせる。
絶対に失って堪るか。
「其れで黒部、此れから俺達をどうするつもりだ?」
「俺達のボスがお前に会いたがっている。心配するな、お前の良く知る人物だ」
一体、誰の事を言ってるのか、全く見当も付かなかった。
とにかく、付いていくしかなかった。
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