在れから毎日の様に、俺達はクリスの元を訪れていた。彼がヴァイオリンを弾き、百合が歌を歌う。俺はビートボックスを刻んで、異色のトリオを奏でるのだ。


不思議と心が弾み、楽しくなる。時がゆっくりと静かに満ちて、日が落ちていく頃に、訪問者は現れた。


「エコー、いつ帰って来たんだ?」


佇むエコーの様子が、おかしかった。


「二人共、そいつから離れるんや!!」


エコーが唐突に叫んだ。


彼からは、憎しみの匂いが満ちている。息も荒れ、憎しみと怒りに顔を歪ませている。一体、エコーに何が起きたのだろう。


「どうしたんだ、エコー。一体、何が在った!?」


「香元、お前が誰と付き合おうと構わんが、そいつだけは止めといた方が良い」


「貴方は何を言ってるの? クリスは、とても良い人よ」


流石に百合も、友人を悪く言われて黙っていられなかった様だ。


「そいつはなぁ、人殺しなんや!!」


「――ッ!?」


「そんなの、嘘よ!!」


「嘘とちゃう。探したで、クリストファー・レイ。女房と娘の仇、討たさして貰う!!」


有り得ない程の殺意と共に、腰からナイフを抜き放つ。鋭利に研ぎ澄まされたナイフと憎しみを携え、エコーはゆっくりとクリスへと歩み寄る。


しかし、クリスは動かない。全く、動じていない。此の状況が当たり前で在るかの様に、悠然とした態度でエコーを見据えている。


そうしている間にも、エコーは距離を詰めている。


「止めるんだ、エコー!!」


しかし、止まらぬ。


クリスは動かぬ儘。


エコーがナイフを振り翳す。


「止めてぇ!!」


百合の悲鳴と共に一瞬、脳裏に鮮血が浮かんだ。しかし、地に伏していたのはエコーの方だった。一体、何が起こったのか解らなかった。エコーも同じなのか、驚いた様な表情をしていた。


「私と賭けをしないか?」


「賭けやと!?」


「そうだ。私が負ければ、此の命を差し出そう。但し、君が負けた時は、私の事を忘れて貰いたい」


「どう言う事や!?」


「無益な殺生は好まない」


「じゃあ、俺の嫁と娘は有益やっちゅうんか!?」


「君達には、済まないと思っている。確かに、私はドルフィンの依頼で、君の大切な人の命を奪った。だけど、殺し屋はもう、廃業したんだ。出来る事なら、平穏に暮らしたいんだ」


「ふざけるな!!」


エコーは怒りで我を忘れていた。其の気持ちも痛い程に解る。


だけど、クリスがドルフィンに雇われた殺し屋だっただなんて、信じたくなかった。百合も同じ気持ちなのか、悲しみと困惑が混ざった様な表情をしていた。


エコーは興奮する息を必死で抑えている様だった。眼を血走らせながら、クリスを睨み付けている。


「解った。其の勝負、受けたる」


静かに。しかし、匂いを荒振らせながら、エコーが答える。


クリスが殺し屋だったなんて、どうしても信じられなかった。


「聞いても良いかい、クリス?」


「あぁ、良いとも」


「どうしてアンタは、殺し屋なんかをやっていたんだ?」


何か訳が在ったとしか思えない。クリスの音楽は、とても澄んでいた。あんなに素晴らしい音楽を奏でる人間が、悪人だなんて俺にはどうしても思えない。


「金が必要だった。娘の命を救う為には、どうしても金が必要だったんだ」


クリスは表情一つ変えずに、淡々とした口調で言った。まるで、感情が込もっていない様に思えたが違った。


クリスの内側から、強い怒りの匂いがした。後悔も感じられた。悲しみも在った。


「だけど、私は彼の大切な家族の命を奪ったのだ。だから、逃げる訳にはいかない」


「当たり前や。お前は絶対に、俺が殺したるからな!!」


エコーの気持ちも痛い程に解る。俺がドルフィンを憎んでいる様に、エコーもクリスを憎んでいる。もしも、俺もエコーの様な状況に立たされたならば、恐らくエコーと同じ行動を取っていたに違いない。


だけど、俺は其れでもクリスに死んで欲しくない。クリスがいなかったら、俺は百合の心を繋ぎ止める事が出来なかっただろう。クリスの音楽が、俺達に力をくれたのだ。


そして何より、クリスは俺や百合に取って大切な友人なのだ。


「取り敢えず、場所を移そうや。此処やったら勝負にならん」


エコーの提案を皆が承諾する。俺はクリスが勝つ事を願っていた。

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