7
黒部に連れられて、古いアパートに来ていた。階段を登り、黒部は202号室で歩を止めた。
「此処に武藤が居る」
黒部がインターホンを押した。
ピンポーンと言う間の抜けた音の後、僅かに間を置いて扉が開いた。
「誰ですか?」
「武藤和幸さんですね?」
物静かな落ち着いた声音で黒部が尋ねる。怯えた表情を浮かべて、小柄な男が此方を伺う。
「三年前、貴方はドルフィンから金を借りましたよね?」
武藤は顔を更に歪ませる。
「ひぃっ……」
突如、悲鳴を上げながら武藤は逃げ出した。
「待て、ゴルァッ!!」
黒部は叫びながら、武藤を追い掛けた。
階段を降りようとして、武藤が派手にこけた。
しかし起き上がって、フラフラとよろつきながら、尚も逃げようとする。
「まだ、逃げるか!!」
何処から見ても、黒部が借金取りに見えて、思わず笑ってしまった。
「あっ、てめぇ!! 香元よ、何が可笑しいんだよ!?」
「悪い。つい……」
「全く……」
煙草に火を付けて、溜め息をつく黒部。武藤は観念したのか、座り込んでいた。
「驚かせて、済まない。俺達は、アンタに聞きたい事が有るだけだ」
「アンタら、借金取りじゃないのか?」
「あぁ。三年前、ドルフィンの元で、アンタはギャンブルをする筈だったよな?」
「あぁ、確かに俺はドルフィンに金を借りた。だけど、借金は帳消しになった筈だろッ……!?」
――借金が帳消しだと?
こいつは一体、何を言っているんだ。
「誰だ!? 誰が、そんな話を持ち掛けて来たんだ!?」
俺は問い詰めた。
「知らない。俺は何も知らないんだ!!」
怯えながら、涙を流しながら武藤は叫ぶ。
「知らない訳がないだろうが!?」
「本当に知らないんだよおッ!! 俺の記憶から、すっぽりと男の姿だけが、穴が空いた様に抜け落ちてるんだ!!」
「そんな訳が在る筈がないだろう。答えろよッ!!」
匂いで、武藤が嘘を付いていない事は理解、出来ていた。だけど、思い出して貰わなければならない。
「知らないぃ。本当に、本当に何も知らないんだぁぁぁッ!!」
「――待て、香元。何か、様子が変だ!!」
武藤が突然、白眼を剥いて震え出した。涙と鼻水と涎を垂れ流しながら、奇妙な笑い声を上げながら、武藤の震えは激しさを増す。
「大丈夫なのか。な、何と言うか……ヤバいんじゃあ、ないのか?」
黒部が心配そうにと言うべきか、焦った様子で言った。
俺も内心、武藤の此の異常過ぎる豹変に、驚きを隠せないでいた。
「ぐっ……がっ……ごっ……」
武藤は妙な声を上げて、起き上がった。
いつの間にか、震えは止まっていた。白眼を剥いていた目は閉じている。涙も鼻水も涎も垂らしていなかった。
「私に就いて、詮索するな」
武藤が先程の様子からは想像も付かない程、落ち着いた口調で言った。
「何だッ……!? こいつは一体、何を言っているんだ?」
黒部は動揺し捲っていた。
「良いか、香元よ。私の正体を詮索するな」
「――ッ!?」
武藤は俺の事を知らない筈だ。だが、武藤は確かに今、俺の名を呼んだ。此れは一体、どう言う事なんだ。
「此の男は、もう目覚める事はない。此の男からは、私の情報を引き出す事は出来ない」
そう言って、武藤は倒れた。
どうやら、気を失っている様だった。
「一体、何が起こったんだ?」
少し、落ち着きを取り戻したのか、黒部が情けない声で言った。
「解らん……」
俺の声も、かなり情けない物であった。
「取り敢えず、こいつを病院に運ぼう」
黒部が言った。
「あぁ。其の方が、良いだろうな」
先程の武藤は異常だった。此の儘、放っておいて死なれでもしたら寝覚めが悪い。
「香元よ。お前は、どうする?」
「イルカの事も在るし、今日の処は帰らせて貰う」
イルカが心配だった。もしもドルフィンの人格が目覚めたら、もしも彼女に何か有ったら、俺は一生、後悔する事になる。
「又、何か有ったら連絡する。其れから、今日の事は誰にも話すな。俺は暫く単独で行動するから、用が在る時はクローンの方に連絡してくれ」
そう言って黒部は、武藤を連れて去っていった。
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