3
「記憶が戻ったと言うのは本当か?」
夜遅くに、ようやく帰ってきたエコーに詰め寄る。
「あぁ。断片的にやけど、記憶が戻った」
珍しく神妙な表情のエコー。いつもと雰囲気が違った。
以前までの彼とは、匂いが異質な物になっている。一体、エコーの過去に何が在ったのだろう。
密度の濃い憎悪の匂いを纏っている。
「俺の家族は、ドルフィンに殺されたんや!!」
吐き捨てる様に言うと匂いの濃さが増した。
「ドルフィンの事は聞いた。確かに、奴は許されへんけど、俺が一番、許されへんのは直接、手を下したドルフィンの部下や!!」
「其れで、此れからどうするつもりなんだ?」
「大阪に行くつもりや。自分が住んどった所を、知っときたいからな。其れに、家族の墓参りもせんとアカン。まぁ、一週間ぐらいで帰ってくるつもりやから、心配いらん」
エコーの気持ちも解らない訳ではない。ドルフィンへの憎しみは今も俺の心を蝕んでいる。だが、だからこそ、エコーの事が心配だった。何処かエコーが自棄になっている様に見えたのかもしれない。
俺は立ち上がって冷蔵庫からビールを二本、取り出した。一本をエコーに渡す。俺とエコーの手元で、プシュッと言う心地良い音が生まれる。
「なぁ、もしもイルカの中のドルフィンの人格が現れたら、どうするつもりや?」
俺は何も答えられなかった。
「其の時は、お前自身の手でケジメを付けろよ」
「解ってるさ」
本当に、俺に出来るのだろうか。此の手でもう一度、百合を殺めるなんて、俺には出来やしない。だけど、誰かがやらなければ、百合の魂は永遠にドルフィンに縛られた儘だ。だけど、今の俺にはイルカを殺す覚悟なんて在りはしない。
「解ってると思うけど、イルカはお前の愛した篠崎百合とは別人や。惚れるのは勝手やけど、入れ込み過ぎたら最悪の事態に直面した時、覚悟が鈍るぞ」
解っている。俺はイルカに百合を重ねて、惚れている。だから、余計にイルカを殺すなんて事は出来ない。ドルフィンの人格を完全に消す事が最善だが、万が一にドルフィンが現れた時、俺にはどうする事も出来やしない。
「解っている。だけど、今はもう少し時間が欲しい」
「まぁ、良い。此れはお前の問題や。俺が、どうこう出来るもんとちゃう。悪かったな」
エコーは残ったビールを飲み干すと、煙草に火を付ける。ゆっくりと煙りを吐き出した。
「俺はドルフィンが憎いんや。けどな、其のドルフィンは俺の手の届かん場所におる。仇を討てるのは、お前しかおらんのや」
きっと、殺された家族を本当に愛していたんだろう。だから、ドルフィンをどうしても許す事が出来ないのだ。
俺もドルフィンが憎かった。死んでも尚、百合の肉体と心を弄ぶドルフィンが憎い。
「もしも、ドルフィンの人格が目覚めたら、俺はイルカを殺す」
そして、俺も死ぬ。
其れ以外、百合の魂を解放する術がないのなら、俺は鬼にでも何でもなってやるさ。
だけど、そうなる前に必ず、イルカの中の百合を呼び起こしてみせる。
「取り敢えず、俺はもう寝る。お前も、もう寝ろ」
そう言って、エコーはソファーに寝転がった。
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