13

彼女を連れて、百合と過ごした家に戻ってきていた。


「此処が、君の家だよ。君の名前は、イルカなんかじゃない。篠崎百合って言うんだ」


「私の事を知っているんですか?」


「良く知っているよ。何を見て笑うのかも、何を好きなのかも。君は、音楽が好きだったんだ」


そう言って、俺はピアノの前に座った。


俺は毎日、ピアノの手入れを欠かさなかった。そして、毎晩の様にピアノを弾いた。


「良く、聴いていて」


俺は『幸せの刻』を弾いた。


優しく流れる音楽。弾む曲調。此の曲に、俺は百合への想いを全て、ぶつけていく。


愛しさが満ちて、弾けていく。


イルカに百合が重なって見えて、切なさの底へと堕ちていく。百合はもう、死んだと言うのに、イルカに百合を感じていた。


愛しさが複雑に絡み合って、音楽と心が乱れていく。だけど、俺は懸命にピアノを弾いていた。イルカは黙って俺を見て、音楽を聴いていた。


次第にリズムは激しくなり、何故だか悲しみが加速していった。


イルカの目から、涙が零れていた。


だけど、其の涙が妙に温かいのだ。


俺は堪え切れなくて、泣いた。


音楽は途切れ、涙だけが止まらずに流れた。愛しさと悲しみが溢れていた。


俺達は訳も解らずに、泣き続けた。


暫くして涙が収まると、イルカが口を開いた。


「貴方と居ると、何故だか心が温かくなる。私の中の百合さんの声が、私には聞こえるんです。私は誠慈を愛している。だから、此れ以上、悲しまないで」


そう言って優しく笑う。イルカの微笑みと、初めて逢った時の百合の微笑みが重なって、気が付けば俺はイルカを抱き締めていた。


「絶対に記憶を取り戻そうな」


「うん」


イルカから、百合の匂いが溢れ出していた。懐かしい匂いだった。本当に――本当に、愛しい匂いだった。

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