10
風が錯綜している。硝煙と血の匂い。焦りと怒り。悲しみと不安。其れ等と一体になって、風が走る。
——糞。何が、どうなってる。
俺は訳が解らなくなっている。
困惑しながらも、俺に連れられて走る百合。奴等に捕まれば殺される。
——俺の所為だ。
俺の所為で、百合は命を奪われる。護ると誓ったのに、百合を追い詰めているのは紛れもなく、俺自身だ。
「此れは、どういう事なの?」
「知らなかったんだ。在の男が、百合のお父さんだなんて、知らなかったんだ。俺は……」
百合は足を止めた。
ドルフィンの部下達が、直ぐ其処まで追い付いている。
「自分を責めないで……」
優しく、悲しく。
——百合は笑った。
其の刹那、百合は撃たれた。
「誠慈……。貴方と……出逢った前の、日に……貴方は、お父さんに……お前は透明なんだって…………言われたって、言ってたわね……」
苦しそうな、けれども力強い百合の声。血が、止まらない。
「もう喋るな、百合……」
ゆっくりと、腕の中で百合の体温が奪われていくのが解る。
——駄目だ。此の儘では、百合が死んでしまう。けれど、尚も百合は言葉を続ける。
「其れ、は……きっと、貴方が……何者にも、染まる事が、ないから……」
百合の声が次第に弱々しく、薄れていく。
「私の……事、愛してる?」
今にも消えてしまいそうな、弱々しい声。頬を涙が伝っていく。
「愛しているとも。二人で一緒に音楽活動しよう。百合の為に作りたい香も在るんだ。だから……だから——」
——死なないで。
お願いだから……。
「あり……がと……う。誠……慈……。愛し……てる……よ……」
——護れなかった。
何処か遠くで、獣が鳴いていた。激しい慟哭が、絶え間なく聞こえてくる。
——護れなかった。
獣の鳴き声は、己の叫び声だと解るのに時間が掛かった。
——嗚呼、畜生。
俺の腕の中で、百合は息を引き取った。俺は百合を抱き締めていた。
何も出来ない自分を呪った。在の時、業と敗けていればと後悔した。どうして、百合の父親に会っておかなかったんだろう。そしたら、こんな事にはならなかった。けれど、もう遅い。
冷たくなった彼女を抱き締めて、俺は泣き続けた。
初めて出逢った夜の事を思い出す。とても美しい彼女の鼓動が、色鮮やかに蘇る。彼女の優しいリズムが波に重なる。ゆっくりと、ゆっくりと。彼女との思い出が蘇る。
動かなくなった彼女は、まるで眠っている様だった。とても美しく、静かに眠る彼女。深く深く、死の底で眠るのだ。永遠に目覚める事はない。思い出の中の彼女と重なって。愛しさが、悲しみが、俺を包み込んでいく。俺は静かに彼女にキスをした。
別れのキスだった。
もう少し待ってて。直ぐに俺もそっちへ行くから。けど、今は未だ行けない。
今度こそ、俺は彼女に誓いを立てた。其の日から俺は、ドルフィンを殺す為に生きる事になる。
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