人生は娯楽や

81monster

-ホームレス賭博編-

1

 ——月や。


 下弦の月や。めっちゃ、綺麗な月が出とる。夜風が心地良う体を撫でてる。今日は気分が良い。博打で負けたのも、気にならんぐらい気分が良い。


 さっき拾ったライターで、シケモクに火をつける。肺いっぱいに煙りを流し込み、ゆっくり吐き出した。


 あんまり旨くないけど、気分は良かった。俺は鼻歌を唄いながら、月を見る。公園のベンチの冷たさを感じながら、明日を夢見る。


 宿無し文無しでも命が在るなら、一発逆転を狙える。


 ——やれる。出来る。


 絶対に勝てる。


 其の為には、まずは軍資金(タネセン)を作らんとアカン。どないやって作るかは、まだ考えとらん。今日、食う金もないけど、飯は食ってける。


 今日の夕方、師匠が廃棄の弁当を分けてくれた。師匠は墓地に囲まれた場所に在る公園のホームレスの主や。俺が此処に来て日は浅いけど、面倒を見てくれてる。


 めっちゃ、良い人や。此の檀原(だんばら)公園には、師匠を含めて三人のホームレスがいてる。師匠はいつもコンビニで貰って来る大量の廃棄弁当を、他のホームレス達に分け与えてる。見返りは求めらん。


 ——皆、助け合わんとアカン。


 師匠の口癖や。


 けど大概、他のホームレス達は師匠におんぶに抱っこや。俺もそうや。まだ、何も返せとらん。


 受けた恩は絶対に返さんとアカン。


 恩も仇も倍にして返すんが俺の流儀や。だから、絶対に師匠に受けた恩は返さんとアカンねや。


「何や、兄ちゃん。まだ寝とらんのか」


 ベンチで寝返りを打った拍子に目を覚ましたのか、師匠が起き上がる。懐からシケモクを取り出して火をつける。


「しっかし、兄ちゃんも変わっとるなぁ。俺等みたいな生活せんでも、男前なんやから若い姉ちゃん垂らし込んだら良(え)ぇやないか?」


 卑しい笑みを携(たずさ)えながら小指を上げる師匠。


「アホか。そんなみっともない事、出来るかいな!」


 ヒモに成るぐらいなら、俺は賭博師(ギャンブラー)になってへん。


「俺みたいなんに世話して貰ってる方が、よっぽどみっともないやろ?」


 何が可笑しいのか知らんけど、師匠はゲラゲラ笑い出した。


「みっともなくないで。師匠には貸しを作ってるだけや。直ぐに倍にして返したるから、楽しみにしときや!」


 師匠には、ほんまに感謝しとる。師匠がおらんかったら今頃、飢えにのたうち回ってる所や。


「ほな、楽しみにしとこか。しかし、兄ちゃん。何で賭博師(ギャンブラー)になったんや?」


「俺の親父は、商売しとったんや」


「商売? 何の?」


「アパレル関係や。けど三年前、俺が高校卒業した時に自己破産したんや」


 アホな親父や。


「銀行に借りた金はチャラになったけど在のアホ、闇金にまで手ぇ出しとったんや」


 闇金にだけは、手ぇ出したらアカン。いつも、親父が言うとった言葉や。ほんまにアホや。


「ほな、自己破産しとっても関係ないやろ。幾ら借りとったんや?」


 短くなったシケモクを指で弾く師匠。


 紫煙が公園の街灯に照らされて風に流れる。


「元金は知らんけど、五百万や言うとった。ほんで闇金の追い込みに気ぃ狂うた親父は一家心中しよった」


「で。兄ちゃんは闇金の連中に、型に嵌められたんか?」


 二本目のシケモクに火をつける師匠。


 俺もシケモクに火をつけた。


「せや。半分ヤクザみたいな連中が仕切っとる蛸部屋に入れられて、アホみたいに肉体労働や。毎月、給料の殆どが持ってかれて、手元には五千円しか残らへん。其の残った金も、同じ部屋の連中に持ってかれてくねん」


「そら、酷いなぁ。良う出て来れたなぁ」


 在の時の生活は、ほんまに地獄やったわ。けど、お陰で俺の人生は娯楽に変わったんや。


 浮き沈みは在るけど、巧い事、浮き続けたら最高に楽しい人生を送れる。正に人生は娯楽や。


「必死こいて、イカサマ考えたよ。巧い事、連中を出し抜いて、巻き上げたったんや。ほんで、其の金を更に博打で増やして、自分を買い取った」


「兄ちゃん、おもろいなぁ。俺には博才ないから、無理やろな」


 師匠は子供みたいに良い顔で笑ってる。多分、師匠は今の生活でも其れなりに幸せなんやろな。


 俺は自由に成ってから、全国を旅して回って博打三昧や。最高に充実しとる。人間は自分が満足、出来る生き方せんと、幸せやないんやろうな。


 久々に大阪に帰って来て良かった。やっぱり地元は温かいな。人の温もり——人情の街。


 大阪は情に包まれとる。


 けど、情だけやない。


 でかい街程、どす黒いもんもようけ孕んどる。


 俺は此の街の賭博師(ギャンブラー)に、博打で負けて文無しになった。


 受けた仇は百万倍にして返したらんと、俺の気が済まへんねや。


 其の為には、軍資金(タネセン)がいる。


 取り敢えず、今日は寝よう。

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