祭りの後に……

@StuckT

第1話

結論から言うと、あの時俺は全てを失った。趣味もなく、部活もやっていない俺にとって、高校のクラスでの居場所が、必然的に俺の全てになる。それを失ったのだ。高校二年生の文化祭、ある出来事がその時に起こった。


俺は高校での知名度だけならそこそこに名の知れた生徒だった。高一の文化祭で、俺は一躍有名になった。クラスで舞台劇をやり、悪役だったにも関わらず、俺の演技が高校中の話題になったのだ。同級生、上級生や先生、さらには劇を見ていた保護者の人たちにまで褒められた。劇が終わると、廊下を歩くだけでそこかしろから声をかけられる。まるで芸能人のような扱いだった。しかし、問題があった。俺はあまり、高校に馴染めていなかった。俺は第一志望の高校に落ち、行きたくない高校に来ていたからだ。それに俺のクラスには厄介な生徒がいた。仮にA君としよう。自身が大切にされたいからと、他の生徒を陥れるような奴だった。要するに俺はその標的にされたのだ。A君の立ち回りはうまく、上手に俺を嵌めて陥れた。それでも俺は、ボッチになるのが嫌で、陰キャと罵られるのが嫌で、それを他人に悟られるのも嫌だった。赤の他人という仮初の『友人』を作り、乗り切っていた。だから、そんな俺に文化祭を一緒に回る友達も、ましてや彼女がいないのは当然だ。これが問題なのだ。俺は学校中に知られる人気者となったのだが、友達と呼べる人間は誰一人としていない。そんな板挟みに駆られることになる。さっきも言ったように俺は、俺が『友達のいない陰キャ』だと誰にも思われたくないのだ。その時は何とか切り抜けた。一人でいた友人(赤の他人)を見つけて、一緒に周ったからだ。

それから高二になって、去年の文化祭で活躍した俺が文化祭実行委員会に推薦されない訳がなく…先生、生徒が一丸となって俺を文化祭実行委員会に引き入れた…実行委員会の仕事は新学期が始まってすぐに行われるからだ。そうして俺は高二になって、同じ中学の奴…ここではB君としよう…その彼と同じクラスになったことで、かろうじて友達と呼べる人を作ることができた。彼は陽キャの塊のような男で誰からも好かれていたから自然と人が集まってきた。だが、それでも問題があった。去年同じクラスだった、A君がまた同じクラスになったのだ。俺は心底教師を恨んだ。だが、A君からの攻撃はなかった。俺の方がクラスに馴染むのが早かったからだ。誰からも、ボッチと、陰キャと、蔑まれることのない豊かな高校生活が始まる…と、その時の俺は確信していた。しかし、こういう時に限って上手くいかないのが俺の人生だ。A君の攻撃が始まったのだ。徐々にA君がクラスに馴染んで行き、銃口が俺に向けられていく…。最初はただ俺をいじっていただけだった。それならまだいい、相手がいじって俺もいじる。それが俺の人付き合いだからだ。小学校、中学校と昔からそうしてきた。今回もそうした…だが俺は見抜けなかった。A君はいじられる事そのものが嫌いなのだという事を。A君との関係を絶っていたことの弊害が、今ここで起こった。ここからまた、転落が始まる。いじられキャラと言えば聞こえはいいが、A君、さらには彼の口車に乗せられた生徒たちからも、容赦の無いいじり、言ってしまえばいじめのラインを責めてくるという、行き過ぎたいじりだった。だが、それでも、友達としての関係は続いていた。そんな日々が続く中で、文化祭シーズンへと雰囲気が変わっていく…。


俺の高校の文化祭の舞台劇は、選考会でプレゼンテーションを行い、その選出に受かったクラスが劇を行えるといったものだった。クラスでの案は劇となった。俺は前回の劇の活躍があるという事で、もちろんプレゼンテーションを行った。俺を含むクラスの男女四人を文化祭のクラスリーダーとし、四人で構想を練り、万全を期してプレゼンに挑んだ。だが、ここまで来ると皆さんも察しがつくだろう。俺たちのクラスは選考会に落選した。ことごとく、俺の人生はうまくいかないものだ。というわけで俺たちのクラスは教室での出し物となり、脱出系アトラクションを作ろうと言う話になった。

この高校の文化祭は二日あり、一日目は舞台劇の演目だけを行い、すべての生徒が劇を見ることができる。そのため、舞台劇の生徒は二日目のクラスの出し物を全て見てまわることが出来るのだが、二日目に出し物をする俺たちのクラスはそうは行かない。シフトを決めなければいけないのだ。だが、俺は実行委員会の会議に出ていたため、このシフト決めの時にいなかった。会議を終えて帰って来ると、シフトは既に決まっていた……それは酷いものだった。三つの班に人数が均等に振り分けられていたのだが、俺の班は全て男子で構成された、いわゆる陰キャの巣窟と言わんばかりのメンバーだった。友人曰く、俺だけあぶれてしまったらしい。言いたい事は色々とあるが、まぁ、仕方ないと思った。人数にばらつきが出るのは避けなければならない。どの道誰かが、ここにいかなければならないのだ。


それから俺は実行委員会の仕事が忙しくなり、クラスのアトラクションの制作に段々と参加できなくなっていった。それでも俺は実行委員の友達たちの心配する声を押しのけて、クラスのアトラクション全体の構想、仕掛け、さらには一番の大目玉となるトラップの製作を初期のうちから終わらせた。実行委員の友達たちの言う通り、実行委員会の仕事との掛け持ちのため忙しさで目が回りそうだったが、選考会での落選を帳消しに出来るくらいの働きをできていたと思う。そうして、実行委員会での仕事でクラスの制作にはほとんど行けなくなり、時々クラス戻ってきて、制作を手伝うといったことしか、クラスに貢献できなくなっていった。水面下で恐ろしいことが着々と進んでいる事を知らずに。


文化祭三日前…

実行委員会の仕事が早く片付き、クラスに戻って仕事をしていると、明らかに同じクラスの生徒の態度がよそよそしく冷たいものになっていることに気がついた。何かまずいことでもしたのだろうか?そんな違和感を抱えたまま、俺は帰路についた。


文化祭二日前…

実行委員の友達に『18時になったら絶対に戻るから!』と無理を言って、クラスの制作につきっきりで参加していた。全面の範囲の制作は俺の案だし、リーダーの一人として頑張らないと、そんな面持ちで二日前の追い込みにかかっていた。それでも、生徒たちの態度は変わらず、強いて言えば、昨日より少し和らいだ程度のものだった。その時、クラスのどこからかボソッと声が聞こえた…

「全然来てないのに、調子に乗ってる奴がいるよ…」

は?え…どういう事?俺の事を言ってるのか…?いや、俺はちゃんと、実行委員会があるからあまり来れないって言ったはずだ。そのはずだ…だから、誰か他にそんな奴がいるんだろう。俺はそう考え、作業に戻る前にふと、時計を見ると17時55分を示していた。俺は急いでクラスを出て、実行委員の友達の下へと向かい、その日は帰った。


文化祭一日前…

実行委員会の仕事がようやくひと段落し、クラスに戻ってくると、アトラクションは完成していた。我ながらいい案だと思ったが、みんなのおかげで、それがもっと素晴らしいアトラクションになっていた。俺が作った(もちろん一人でじゃないが)トラップは、ピンポン球を使ったゲームで、ピンポン球を壁に貼り付けたカップに投げ入れ、三分以内に投げ入れないと、怪物が描かれた大きな壁が迫って来るというトラップだった。そしてクラスがこのアトラクションの試運転をしようという話になり、最後の…俺たちが作ったトラップをプレイしていた時、ピンポン球が、俺の後頭部に速い勢いで投げつけられた。そして、その投げた本人が俺に尋ねたのだ…

「やってて楽しい?」

と。

クラスの空気が凍りついた…いや、前々から感じていた違和感が、徐々に…徐々に…大きくなっていっていた。クラスの空気は以前にも増してピリピリとした、冷たく重苦しい重圧となって俺に襲いかかって来る。その空気感の中、俺は底知れない恐怖と困惑に見舞われた。なぜ、ピンポン球を投げつけられたのかが分からない。なぜ、みんながこんな空気感を持っているのか分からない。だが、その答えはすぐに分かった。

「お前さ、今までずっとサボってて、今更リーダーヅラするって何様のつもり?」

答えを教えられてもなお、その真意は分からなかった…何を言っているのかが、全くわからない。まるで異国の言葉のように、その意味を成さない言葉だけが耳に入って来る。昨日の静かに聞こえた言葉が蘇る。いや…まさかの伝え忘れか…?俺は答えた。

「俺はサボってない!準備に来れなかったのは実行委員があったからで…痛っ…」

今度は別の奴にピンポン球を投げつけられる。

「いや、嘘つかなくていいから、そんなに、『私、忙しいです〜』感出したいの、『私、リーダーです〜』感出したいの?サボってたのに?ふざけんなよ!」

こんなよく分からない理由でキレられて許せるほど、俺は聖人じゃない。ここまで一方的にキレられて、俺も怒りが募って来る。

「だから!人の話を聞けよ!!俺は本当に…痛っ!痛い!!やめろって!!」

二人三人と増えていき、俺はピンポン球を投げつけられる。

「お前、謝る事もできないの?俺らはお前が謝って来るの待ってたのにさ、全く謝らないじゃん。幼い子供でも出来る事だよ?教わらなかった?悪い事をしたら『ごめんなさい』ってさー。」

煽るような口調でそう言われて、声が荒がっていく。

「だ!か!ら!俺は本当に実行委員会なんだって!それに、クラスの準備だってちゃんとしたじゃん!!このアトラクションの案だって、トラップだって考えたのも作ったのも俺じゃねーか!!それに実行委員が終わったら、クラスの準備だって手伝いにきただろ!?」

俺は思いの丈を話した。

「お前、何言ってんの?アトラクションの案も、このトラップ作ったのもAだろ。お前はほんのちょっとだけ手伝っただけじゃん。どーしようもないクズなのなお前。」

みんなはそう言ってA君の方を見ると、A君は泣いている演技をしていた…クラス中のみんなを欺いて。その時、俺は全てを理解した。この一連の出来事は全てA君の差し金だったのだ。その瞬間A君への殺意が芽生えた。俺は中学の部活で柔道をやっていたから、今この場でA君を殺せる自信があった。だが、次の瞬間左額に痛みが走った。また、ピンポン球を投げつけられたのだ。しかし、今回はこれだけでは済まなかった。みんながA君の仇と言わんばかりにピンポン球を投げつけ、A君へ向いていた殺意がクラスの全ての人間に向かった。とにかく誰でもいいから殺してやりたかった。だから、一番近くにいた奴の顔を蹴り付け、そのまま投げ技をした。その瞬間…バキバキ…バタン!!と大きく無慈悲な音が響き渡る。投げた先にはトラップの大きな壁があり、そのまま壊れていった。そして、投げ飛ばした先を見るそこにいたのは同じ中学のB君だった。クラス全員からの罵詈雑言…だが、何よりも堪えたのは「俺たちが作ったアトラクションを壊しやがった。」

と言った言葉だった。心の中で、お前たちだけじゃない…俺もそれを作った…俺が構成を考え、怪物の絵を描いた…と反論した。俺の声帯は何かで糊付けされたように、べったりと貼り付き、振動してくれなかった。何が詰まって声が出てこなかった。そして、反論できなかったことよりも、頑張りが評価されなかったことが堪えた。そして、投げた奴がB君だったことも、後悔した。近くに居るからという理由で一番攻撃してはいけない人物を攻撃してしまった。なぜなら、こいつは何もしていなかったからだ。ずっと様子を伺っていた、もしかすると俺を助けようとしてくれていたのかも知れない…。俺はその後クラスに戻って来た担任に怒られ、その後校長室へと連れられた。そして俺は停学処分となった……。


その後、文化祭は無事成功したそうだ。そして、このクラスの順位は、クラス、舞台劇を合わせた総合優勝、つまりは高校で一位だったそうだ…。

俺はどこで間違ったんだろうか。第一志望の高校に落ちてしまったことだろうか?

ボッチになりたくないと、陰キャになりたくないと、執拗なまでに行動したことだろうか?

我慢していれば良かったのだろうか?

文化祭実行委員会に入らなければよかったのだろうか?

一年生の文化祭であまりにも目立ち過ぎたことだろうか?

A君への対応を間違えたことだろうか?

だが、後悔しても、嘆いても、もう遅い。

全ては『後の祭り』だ。"もしも"の話を考えたところで、妄想したところで、事実も結末も、何も変わらない。

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