静かに歩けよ。
エリー.ファー
静かに歩けよ。
空が余りにも青いので不安になる。
そんな書き出しの日記を見つけた昨日の話をする。
見つけた場所は家の裏手だった。
崖になっているから気を付ける必要があるが、そこから落ちたところで大したけがをするわけでもない。親戚の子どもが昔落ちて骨折したことはあるが、それくらいの事故しか起こらない。
白と黄色の花が咲いているが、なんという名前なのかはさっぱり分からない。僕がこの家に住みだしてから見ているものの、他でも見かけるようなありふれたものだから、興味もとくにはない。
僕は日記を拾った。
ヘッドホンをしていて、外部の音は全く聞こえない状況だったことは覚えている。父や母には、それでは危険な状況、つまりは車が突っ込んできたり、殺人鬼が後ろからやってきた場合のことを指すが、危険であると注意を受けている。注意を受けたくらいでやめるわけもないのだが。
拾い上げた日記は赤く、少しだけ濡れていた。
土はついていないので、汚れてはいないが念のためはたいた。すると、そこから写真が一枚落ちた。
写真を拾い上げる。
日記が写っていた。
中の日記も赤く、そして少しばかり濡れているようだった。置かれている場所は机の上でも、本棚の中でもない。白と黄色の花に囲まれた地面の上だった。
まさにここだった。
写真の裏を見る。
何か小さく書かれていた。目をこらす。
「お前が撮った景色をなくしてはならない」
僕は日記を落とした。
写真だけが手の中に残る。
後ろを振り返る。
黒いスーツの男が立っていた。
「いかがですか」
「何がですか」
「おかえりになられますか」
「何がですか」
僕は状況を上手く飲み込むことができないまま、スーツの男から距離を取る。崖から落ちそうになって、後ろを見る。
驚くほどの高さだった。
落ちたら。
「間違いなく死ぬでしょうね」
スーツの男は笑っていた。
これは、過去回想だろう。
昨日はこんなことなどなかったのに、何故思い出すと現れて、現在進行形の状況になるのだ。
僕はどこに立っている。
「あの日記はなんですか。というか、あなたは誰ですか」
スーツの男が鼻で笑う。
「普通、私が誰であるかを先に聞きませんか。それとも、その日記に見覚えがありましたか。写真がきっかけになりましたか」
「あの、ここは、僕の家ですよね。僕の家の周りですよね」
「どう思われますか」
「僕、その。高校から帰ってきて、バームクーヘンを食べて、それで」
「カップラーメンを食べようとやかんに火をつけた」
「いやいや、電気で沸かすから」
「貴方は小さかった」
「僕は、高校生ですよ。何を言ってるんですか」
「バームクーヘンをおばあさんからもらったのはいつのことですか」
「えぇと。それは」
「おばあさんはいつ頃亡くなりましたか」
「小学校一年生の頃です」
「あなたは、いつの話をされているのですか」
僕はあたりを見回す。
濡れていた。
僕の手からあふれ出る液体で何もかもが濡れていた。
「これは、何かの治療ですか。そういうことですか」
「投薬治療では完治しませんでしたね」
「これは、なんですか。幻覚ですか、夢ですか、箱庭治療とか。そういうことですか。」
「落ち着いてください」
「なんなんだよ、お前。帰れよっ、うっぜぇなあっ。ここで暮らすんだよ、死ぬまでここで生きていくんだよ。もう、金を稼ぎ続けて、何回も何回も利益が出たとか出なかったとか、そんなことに悩んだりしてうんざりなんだよ」
「そのための、過去を振り返る治療でしょう。あなたの過去に何か問題があったからそのような発言が飛び出すわけでして」
「問題なんかねぇよ。過去に問題なんかねぇんだよっ。今の自分の問題を過去にトラウマがあったとか、それっぽいもんに押し付けてるだけだろっ、うんざりなんだよっ、なんなんだよっ。その治療で何か変わるのかよっ、言ってみろよてめぇっ」
「トレンドですよ」
「何がだよっ」
「自分を救うためのトレンドですよ。原因があって、しかもそれを過去にすれば根本的な解決ができないから酔えるでしょう」
「よ、酔えるってなんだよ」
「自分の不幸に酔えるでしょ」
もう、僕は完治してしまったのか。
静かに歩けよ。 エリー.ファー @eri-far-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます