理論上の空想

キザなRye

第1話

「私と研究、どっちが大事なの?!」



研究―それは個人の好奇心を満たすため、豊かな生活を営むために行われる。

一言で“研究”と言っても色んな種類がある。

文系的なものや理系的なもの、大学でだったり企業でだったり。

色んな種類の研究者がいるが、全員が好奇心や向上心を持って研究に取り組んでいてこの仕事を楽しいと思っている。

多分他の仕事とは違った難しさが“研究職”というものにはある。

一定のところまでは教科書があってもそのあとは自分が教科書となるのでそれなりの知識や思考力がないとやっていけないのだ。


鳥越大輝とりごえたいきは研究者の一人である。

彼は鬨俵ときわら大学で有機化学についての研究をおよそ5年やっている。

大学時代から“鳥越は将来有望だ”と言われ続けてここに至るので5年という短い期間以上の地位があった。

実際、5年というと大学院の修士課程、博士課程の期間であって職業・学生としてではなく職業・研究者としては新人でしかない。

大学院生としての成績から周りからの期待感はとてつもなく大きく、鳥越には重荷になっていた。


鳥越に対する期待の目は周りの研究者たちからだけではない。

家族や親しい友人からも大学に残って研究すると決めて報告したときから鳥越大輝は頭の良い優れた人物だという研究職への偏見による印象を付けられてしまった。

その中でも最も固定観念に影響されてしまったのは同棲している鳥越の彼女・佐々木桃子ささきももこだった。

鳥越の側にいるからこそそう思いたかったのかもしれない。


毎日気が重くなるような後処理がある実験の試行回数を増やし、データを作っている。

何度やっても理論値とは程遠い、原因は何なのか幾らやってもその正体に迫れない。

院生時代はあくまでも学生なので教授の知恵に頼るという手段もないことはなかったが、今は職業としてやっている研究なのでそう簡単に他の人の知恵に頼るなんてことはできない。

研究は“孤独との闘い”の一種にすぎない、孤独で何をやるかが大きいだけであって。


鳥越の昼休み中、グラグラと地面が揺れた。

地震だ。

揺れている時間が長かった。

一分半くらい揺れていた。

研究室の棚は固定されていて幸いなことに何一つ怪我しなかった。

同じ研究室の仲間たちもだ。


地震が落ち着いて鳥越はふと桃子は大丈夫か、と心配になって電話を掛けた。

周りも家族や友人に電話を掛けているようだ。

2コール目くらいで電話口から応答があった。

良かった、電話に出れるくらいの被害しか出てなさそうだ、そう思った。

「何、仕事中。」

電話口から聴こえる第一声がこれだ。

しかも声のトーンも何も低い。

迷惑がられているのが明白だ。

鳥越は安否確認をしたかっただけなのに。

「いや、地震があったから大丈夫かなって思っただけ。大丈夫そうで良かった。」

「そういう言い訳要らないから。それと大丈夫なわけない、切り傷多数だから。」

淡々と鳥越に言葉が渡ってくる。

言葉一つ一つにとげを付けて、だ。

元々棘が多い人ではあったが昔はもう少し柔らかかったはずだ。

「もう用はない?切るよ。」

「うん、お大事に。」

鳥越としてはこんな会話を想定していたわけではない。

ちょっとは自分に頼ってくれるだろうという気持ちで怪我してたら介抱しなくてはいけないなと考えてすらいた。

しかしそんな考えとは裏腹に強い言葉で鳥越の方が彼女の言葉で制圧されてしまった。

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