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 タッグ戦のトーナメント戦があるから良かったらで出場しないかというコトさんから三カ月ぐらいぶりに電話があり、いつものトレーニングジムで待ち合わせることにした。

 今日待ち合わせしたのは、大会に出ることが決まって久しぶりにトレーニングをしようということと、タッグを組む相手の子を連れてきてくれるということだった。

 コトさんをジムで待っている間、内心、どういう子と組むことになるのだろうと頭を巡らせていた。歳は十八歳で高校三年生。元々こういう明るくない性格のせいもあって人見知りな面がある私は、歳が離れている子と上手くやっていけるか自信がなかった。

「お、ヒカル久しぶり」

 そこへコトさんが変わらず明るいテンションで現れる。

「今回は良かった。出てくれると言ってくれて。で、さっそくだけど、この子がタッグを組む子ね」

 コトさんの後ろから現れた子は私よりも五㎝くらい背が高く、スレンダーなとにかく小顔の子だった。

「よろしくお願いします」

 黒髪で化粧も濃くない外見もそうだが、しゃべり方もゆっくりな想像していた今どきの高校生とは違い少し安心する。

「こ、こちらこそお願いします」

「年下にそんな緊張してしかも敬語って、おかしいよ」

 いつものように緊張で声が上ずった私を軽くコトさんが叩く。

「メイ。ヒカルは見ての通りの子だから、きっと気が合うよ」

 メイと呼ばれた子ははいと言って笑顔になる。そのシュークリームのようなフワッとした柔らかい笑顔にまた安心する。

「じゃあ二人そろったところで今回の大会ルールを言いますね。今回は、二人組のチームがトーナメント方式で勝ち上がっていく大会です。闘う格好はビキニ。ルールも変わらず首から上の攻撃は禁止。もし反則をしたらペナルティー。どちらかのチームの二人が失神した時点で勝敗が決まります。以上。質問は?」

 伝え終えると、メイという子が手を上げる。

「水は飲むんですか?」

「はい。開始前に全員飲んでもらいます」

「五百ですか?」

「はい」

「私、水飲むの苦手なんだよな。飲むだけで気持ち悪くなる」

 うわあ。とメイは顔をしかめた。

「あとは? ヒカル何かある?」

「優勝したらどうなるんですか?」

「たくさん優勝チームには賞金が貰えるよ」

 賞金はどうでもいい。

 優勝したらたくさんの人に賞賛を浴びることができるのだろうか。

「あとは? ない?」

 二人とも小さく頷く。

「そう。じゃあ、二人ともよろしくね。これからどうする?」

「あ、私、これから少し用事があるんで失礼します」

 てっきり、ジムに呼び出されたから相手の子も一緒にトレーニングすると思ったが、入ってきた格好からして、私とコトさんはトレーニングウエアだったのに対し、彼女はスカートを履いていて、初めからトレーニングをするつもりはなかったらしい。

「おっと、メールアドレスくらい交換すれば?」

 帰ろうとする彼女をコトさんが止める。

「そうですね。じゃあ」

 メイがスマホを取り出すと、私もポケットからスマホを取り出してアドレス交換を終えると、彼女は足早にジムを去っていった。

「悪い子じゃないから」

 しばらくして何かに気を遣ったかのようにコトさんが口を開く。

「それに、あんなふうだけど実力はそれなりにあるから」

 付け加えて話すコトさんに私がメイという子にどのような印象を持ったと思われただろうとふと考えた。私と言えば、正直安心した。お話ができそうとしか考えていなかった。

「あと、アズサの件は気にしなくていいからね」

「え?」

 わざととぼけたふりをした。

 本当は気になって仕方なかった。コトさんの教え子であるアズサに試合とは言え怪我をさせて、しかも手術までする損傷を負わせたのだ。

「確かに、手術をしたのは事実だし引退もしたけど、あの子はあの子で今、元気にしているみたいだから」

 優しい人だ。コトさんもいい気持ちはしなかっただろうが、私の性格を考えて言葉をかけてくる。逆の立場ならこんな言葉などかけられられるだろうか。

「誘うのも少しためらったんだけどさ、スポンサーがどうしてもって言ってね」

 男性の顔が思い浮かぶ。また、失禁が見たいとかオーダーが来るのだろうか。どんなことでも、私が誰かの喜びの役に立てることは自分が生きていいんだよと言われている気がした。

「辞めろとはもう言えないし、言わない。でも、無理しないで」

「はい、ありがとうございます。無理はしていません。やるって決めたし、やるには勝つんで」

「うん。わかった。さ、やろうか」

 今の職場でも気まずくなって、タイミングよく誘われてまたこのクラブの試合に出ることにしたが、正直、今の言葉をかけられるまでは迷いもあった。

 また、相手に怪我をさせてしまったらどうしよう。でも、試合には出たい。

 その葛藤が吹っ切れた気がした。

 まずはランニングマシーンで汗を流そうと言われマシーンに乗り走り始める。身体が重い。三カ月何もしてこなかったツケだ。

 ここから。またここから私の居場所を作っていこう。コトさんもいる。絶対私にはできるはずだ。

 絶対に勝ってやる。

 真っ当に働くよりも、こうして戦いの中に身を投じている自分の方が自分らしくいられる。汗を流しながら心の底で感じ取っていた。

 きっと、そんな自分を認めて褒めてくれる人もいてくれると確信できていた。

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