暗夜異聞 穏やかな日々

ピート

 

 目が覚めて目に入ってきたのは見知らぬ部屋だった。

 そもそもこんなふかふかのベッドで眠っているわけがないのだ。

 ここは一体何処なんだろう?

 天国なんだろうか?

 お祖父ちゃんは何処だろう?

 だんだんと覚醒してくると、普段は重たく感じる身体が軽いような気がする。熱もないようだ。

「・・・…誰かいませんか?」

 起き上がろうとしたけど、身体は動かない。仕方がないので、横になったまま部屋を見渡す。雑多な感じで色んな物が所狭しと置かれているが、散らかった感じではない。

 埃が積もっているような事はないし、テーブルにある水差しとグラスはとても綺麗だ。

 やっぱり死んじゃったのかな?

「目が覚めたか?」

 不意にかけられた声に驚いたけど、声のする方に目をやる。

 窓際の椅子に男の人が座っていた。

 見たことのない人だ。村にはこんな人はいない。

「あの、ここは?」

「お前の祖父、マーシュに頼まれた。お前を生かせてほしいとな」

 静かに語る声は淡々としているが、私が目が覚めた事に安堵しているようにも感じられた。

「お祖父ちゃんは?」

「村にいる。あの村にいてはお前を生かせる事は出来なかったからな」

「私の病気は治るんですか?」

 知らない人だけど、お祖父ちゃんに頼まれて私の治療をしてくれてるって事なんだよね。

「治る?」

「病気の治療をしてくれるんじゃないんですか?」

「お前を苦しませていたのは病ではない。だから治療は出来ない」

「やっぱり治らないんですか?」

 最初に倒れた時、お祖父ちゃんは街まで行ってお医者さんを連れてきてくれた。

 治療の為に薬も出してもらった、でも原因がわからないまま、私の身体はどんどん私のいう事をきかなくなっていった。

 お祖父ちゃんに負担をかけるばかりだ。

 このまま死んでしまった方が良いのかもしれない。そんな事を何度も思った。お祖父ちゃんに直接伝えた事もある。

 でも必ず治ると、良くなる方法はあるとお祖父ちゃんは譲らなかった。

「何か勘違いしてるようだが、そもそもソレは病ではない」

「熱が下がらないのも?身体が思うように動かせないのも?」

 今だってベッドで起き上がる事は出来ない。

「そうだ。病ではない。薬を飲んだところで意味はない。血が目覚めてしまったんだよ」

「血!?・・・…どういう事ですか?」

「古き血が目覚めた。その力をお前は制御出来ていない。だから身体が動かせないし、熱も下がらない。今は熱もないだろ?」

「熱っぽい感じはないです。でも身体は動かない」

「しばらく動いていなかったから、お前の体力がないだけだ」

「動けるんですか?なら、早くお祖父ちゃんにご飯を作ってあげたい」

「力を制御出来なければ無理だ」

「・・・…力ってなんですか?」

「どんな力かはわからん。だが、それを知らなければならない。まずは自分の力を知らないとな」

「古い血って?」

「かつて神や精霊と呼ばれたモノの血だ」

「?」神様?精霊?私は人じゃないの?

「人にはそういったモノの血が流れている者もいる」

「お祖父ちゃんにも?」

「さてな。親から子に受け継がれたのかもしれない。そもそも大半の者は血の力なんぞ目覚めないまま死ぬんだ」

「なんで目覚めたんですか?」

「質問ばかりだな。目覚める原因はわからん。だがお前の中の血は目覚めた」

「もう一回眠ってくれたらいいのに」

「残念だが、目覚めた血が眠った話は聞いたことがないな」

 面白い事いう奴だ。そんな目で私を見てる。なんだかバカにされた気分だ。

「感情を昂らせるな。また熱にうなされるぞ」

 水差しに手をやると、口もとに持ってきてくれた。

「お薬ですか?」

「ただの水だ。何度も言うが病ではないんだ。村に、マーシュの元に帰りたいなら、自分の力を知るんだ。そして制御しろ。ここにいる間に知識を与える。だがそれをお前自身が活かせるようにならなければ、ここで死ぬだけだ」

 与えられるまま水差しから水を飲む。美味しい、村のお水とは違う。

「私はここで何をしたらいいんですか?ここから起き上がることも出来ないのに」

「食事を用意する。まずは体力を戻すんだな」

「どうしてそこまでしてくれるんですか?お祖父ちゃんはどれだけの物を貴方に渡したのですか?」

 決して裕福な家ではない、両親が亡くなり、お祖父ちゃんと私だけの生活だ。

 ましてや私がこんな風になってからは、村のみんなに助けてもらいながらの生活だった。

「物?あぁ、そういえば報酬の話なんかはしてなかったな。金銭には困っていない。お前の症状に興味があっただけだ。どんな力を持っているのか?何故暴走した力に飲み込まれることなく生きていたのか?興味はつきない」

「そんな事言われても私にはわからないです。力の事も貴方に聞かされただけで、どんなものなのか見当もつかない」

 私はこの人に何をすればいいんだろう?

 もしこのまま元気になる事が出来たなら、どんな恩返しをしたらいいんだろう?

「何やら妙な事を考えているようだが、さっき言ったように報酬はいらないんだ。お前の力を見せろ。調べさせろ。俺は新しい知識が欲しいんだ」

 そう言って笑う。本当に楽しそうだ。私に力なんかあるんだろうか?

「力がなかったら?」

「それならそれで実に興味深い。思う存分調べさせてもらうことにしよう」

「・・・…」

「言っておくがお前のような小娘に性的な興味はまったくないからな」

 バカにするようにそう言い放つと男は部屋から出ていった。

 本当に私は元気になれるんだろうか?




 この家に来てから数日が過ぎた。

 先生は私に色々な事を話してくれる。

 わからない事は、私に理解できるように何度も説明してくれた。

 ベッドから起き上がれるようになったのは、目覚めた次の日だった。

 思ったよりも回復が早いと先生は喜んでいた。



「どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」

「言っただろ?マーシュと生かせるために預かると約束したんだ。それともルルド、お前は死にたいとでもいうのか?」

「・・・…早くお祖父ちゃんの所に帰りたいです」

「なら、しっかり食べろ。体力を戻さないと帰れない。今お前の力を抑えているのは、この建物にお前の力を抑制させる術をかけているからだ。お前が自分で制御出来なければ、ここを出た途端倒れる」

 先生は食事も用意してくれる、動けない私の為にご飯も食べさせてもくれる。

 清潔にしないとダメだと言って、身体を拭いて着替えもさせてくれる。

 目覚めてから三日後、ようやく起き上がれるようになったけど、私は何もかも見られてしまってる。

 そういった興味はないと言われたけど、私はそういうわけにはいかない。

 恥ずかしい、こんなんじゃ元気になったとしてもお嫁さんにはなれそうもない。

「どうした?顔が赤いが熱が出てるんじゃないか?」

 私のおでこに先生が額をくっつける。

 近い、こんなに近くで男の人の顔なんか見たことがない。

 それに先生はカッコイイのだ。

「子供扱いしないでください」

「なら、早く覚えろ。生きていく為の術をな」

 そう言うと先生は私の力がどいったものなのかを話してくれた。

 かつて神や精霊と呼ばれた者がいたこと、ただそれは魔力を使えた人であって、実際に神や精霊なんかではなかったこと。

 魔力を使った人たちは、その力を隠すように生きるようになっていったこと。

 強大な力を持つ故に、力を持たない物に迫害され、数を減らしていったこと。

 世界中には、まだそんな一族がいること。

 私の力はそういった一族の血が、何らかの理由で目覚めてしまったのが原因だということ。

 そして、魔力の使い方、術式、魔道具の使い方、古い文献に残る呪法、魔法、そしてそういった術が使えなくても1人でも生きていける為の日常生活に必要な知識。

 身体が動かせなくなってから、家事を覚える事も出来なかった私には、何もかもが知らない事だった。

 たくさんの事を学びながら月日はどんどん過ぎていった。



「先生」

「どうしたルルド?何かわからない事があったか?」

「私はまだ外に出る事が出来ませんか?」

「自分の身体に流れる魔力の流れは自覚できるようになったか?」

「術式で制御されてるんで、わかりにくいです。でも、ゆっくりと全身を流れているのはなんとなく」

「そうか、なら術式を少し弱めてみよう」

 そう言いながら先生は何やら作業をしている。

 !?魔力が全身を駆け抜けていくのがわかる、今にも溢れ出しそうだ。

 私の身体が動けないのは、こんな勢いで魔力が暴走してるからだ。

「どうだ?いかん、まだ早かったな」

 私の様子を見て、抑えられていないのに気付いた先生が再び術式を強化する。

「はぁはぁはぁはぁ」呼吸が乱れて声が出ない。

「その暴走を押さえないと外に出ることは無理だ。ルルド、ゆっくりと流れてる魔力を完全に抑え込める事を覚えるんだ」

「はぁはぁ・・・…はい」

「今までわかってなかった事が理解出来たか?」

「・・・…はい」そう、聞いてわかった気になっていただけだった。制御出来ると思っていた。でも、想像していた以上の勢いだった。

「ルルド、お前の力は強大だ。さっきの状態はこの部屋の制御術式を解除したわけじゃない。でも魔力を認識出来るようになったんだ、次は流れる魔力を制御すればいい。流れているものが、身体中をどんな風に流れているのか完全に認識し、流れをコントロールできるようにしろ」

「制御できますか?」

「できますか?じゃない。帰りたいのなら制御しろ」

「・・・…はい」帰りたい、お祖父ちゃんのいる家に。先生は優しい、でもいつまでも此処にいるわけにはいかない。

「あの状態で死ななかったんだ、大丈夫だ」

「え?」

「ここで過ごしたことで、制御された状態でいたことで、お前の身体が魔力に少しずつだが馴染んできてるってことだ」

「馴染んでなかったら?」

「馴染んでないような状況で術式を緩めたりはしない。多少の怪我はあったかもしれないがな」

「先生?」

「冗談だ。怪我なんかさせるものか、お前は私の大切な弟子だからな」

 穏やかな表情で先生は私を見つめる。

 優しい、いつだって先生は優しい。お祖父ちゃん以外でこんなに優しくされたことはなかった。

 両親は物心ついた頃にはいなかった。

 どんな人達だったのか、お祖父ちゃんは話してくれない。

 でも、十分すぎるくらい私を愛してくれているのはわかってる。

 いつまでもお祖父ちゃんを1人にしておくわけにはいかない。

 その時は先生は一緒に帰ってくれるんだろうか?

「ルルド、食事の準備にしよう」

「今日は何がいいですか?」外に出られない分、私は家事をするようになった。

 料理もずいぶんと上達したはずだ。

「ルルドの料理はどれも美味しいからな。何を作ってもらおうか悩ましいところだ」

「このくらいしか出来ることがありませんから」

「何を言うんだ食事は大切だ。大切な誰かと共にする食事は特にな」

「先生の教え方がよかったからです。少し待っててくださいね」

 先生は真顔でああいう事を言う。

 顔は赤くなってないかな?気付かれないように厨房に向かう。

 先生は私の気持ちに気付いているんだろうか?

 憧れ、尊敬、感謝、そして恋焦がれるこの想いに。



 月日は流れ、私は自分の魔力を制御出来るようになった。

 そして、先生に教えてもらった様々な魔術や生きていく為に必要な知識や術を一通りこなせるようになった。

「先生本当にありがとうございました」

「なに、退屈だった生活が随分と楽しいものになった。また気軽に遊びにくるといい。これはここの鍵だ」そう言うと先生は鍵をくれた。

「これは?」古い、けど見たこともないような意匠の鍵。これは銀じゃないだろうか?

「この建物の鍵だ。私もしばらくは旅に出る。すれ違いになってしまったらルルドが困るだろ?訪ねてきても好きに使えるように鍵を渡しておくよ」

「そんな大切な物を、いいんですか?」

「あぁ、ルルドは私の大切な弟子だ。それに・・・…」

「それに?」

「長い月日をここで過ごしてしまった。故郷に戻っても良い居場所があるとは限らないからな」心配そうに先生は呟く。

「お祖父ちゃんもいます。それに村のみんなは私を守ってくれてたんですよ?元気になった事を喜んでくれるはずです」お祖父ちゃんだけじゃない、村のみんなの顔が浮かぶ。

「そうだな。ルルド、マーシュに遅くなってすまないと伝えておくれ。本当は一緒に行けるといいんだが、古い友人から急ぎの要件で呼ばれてしまった」

「先生は私の出発に合わせてくれてるじゃないですか。本当にありがとうございました」先生と出会ったから、私の人生は変わったのだ。

 あのままだったらきっと長くは生きられなかったはずだ。

「転移の魔法陣で近くまでは送るが、私はこのまま友人の元に向かう。私の助けが必要な時は使い魔を飛ばすんだぞ?私の古い友人を頼ってもいい。サンジェルマンという男だ。私の使い魔を預けておくから、私と連絡が取れない場合はサンジェルマンを頼りなさい、この使い魔があいつの元へと飛んでくれる。色々と面倒な男ではあるが、助けにはなってくれるだろう」

「サンジェルマンさんですね。そんなに心配しなくても私には先生が教えてくれた色々な事がありますから大丈夫ですよ。先生こそちゃんと食事と睡眠はとってくださいね」

「あぁ、ルルド本当に気をつけるんだよ」心配で仕方ないといった感じだ。

「先生もお気をつけて」先生が描いた魔法陣の中に入る。

「それと、魔術に頼らない生活をするんだぞ」

 魔法陣が輝く。

「先生もお気をつけて」光に包まれて視界が揺らぐ。

 気付いた時には村が一望できる丘に私は立っていた。

 ようやく帰ってこれた、お祖父ちゃんは村のみんなは元気だろうか?



 私は知らなかった、先生と過ごした月日の長さを。

 村に帰れば、先生と過ごしたような穏やかな日々が、ずっと続くと信じていたのだ。

 丘からよく見ていれば異変に気付けたはずだった。

 村に近づくにつれ、何かが燃え、焦げたような臭いが漂う。

 村に帰った私が見たのは、激しく損壊した建物の数々だった。

 焼け焦げ崩れ落ちた家、叩き壊された柵。

 そこかしらに激しい破壊の爪痕が残っていた・

「・・・…一体何が起きたの?」

 誰の姿も見えない。

 皆は何処に?

 お祖父ちゃんは?

 家に向かって駆け出す。



 辿り着いた先にあったのは、焼け落ちた私の家だった。

「お祖父ちゃん!・・・…誰もいないの!?」

 返事はない、ただ家に辿り着くまでにおびただしい古い血の痕があった。

 そして住み慣れたこの家にも・・・…。

 何が起きたのかはわからない。

 ただこの村には、もう誰もいないことだけはわかった。

 村から逃げ落ちているのか、それとも皆・・・…。



 先生に連絡するべきなのか、それとも自分で出来ることをまずするべきなのか?

 ・・・・・・先生にいつまでも頼ってばかりではダメだ。

 お祖父ちゃんを探さなくては、そして村の皆も・・・…。




 ルルドが魔女と呼ばれるようになったのは、数年後のことだ。




 Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗夜異聞 穏やかな日々 ピート @peat_wizard

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説