遭遇

カフェオレ

遭遇

「君か、私の通信機に干渉して来たのは」

 スマートフォンの画面から顔を上げ私は絶句した。

 頭がデカイ、手足は細長く全身は銀色で目は真っ黒。目の前に現れたのはTHE・宇宙人。リトルグレイといったか。

「あ……ええと……」

 私は狼狽えた。宇宙人がこちらに突きつけて来た画面に映っているのは先程私が友達の吉田優子よしだゆうこに送信したメッセージだ。

『××公園前で待ってるからー、速くしろー』

「かなり馴れ馴れしい文面だ。恐らく友人に送るつもりがなぜか私の通信機に誤送信されたのだな。いや、謝る必要はない。問題なのはどうして人間のメッセージを受信したかだ」

 宇宙人は私にというよりも、自分の中で整理するように話している。

「あの〜」

 私はおずおずと口を開く。こんな状況で悲鳴を上げないのは目の前の宇宙人がえらく理屈っぽい語り口だからだ。冷静は伝播するものなのだろうか。

「何だね?」

 宇宙人は通信機から顔を上げる。

「ああ、心配するな。後でちゃんとメッセージは削除しておく」

「いや、そうじゃなくて。あなたは?」

「ああ、名乗りもせずにすまない。安心したまえ決して怪しいものではない」

 怪しいものではないと言われても、全く説得力がない。見た目は完全に宇宙人だ。これなら裸にロングコートを着たおっさんに「私は変態です」と言われた方がまだ信用出来る。

「私は君たち地球人が『宇宙人』と呼んでいるものだ。『地球外生命体』、『エイリアン』などとも呼ばれているな。呼び方はそんなところでいい」

 日本語が上手な宇宙人だ。どうやら「ワレワレハ」みたいな感じではないらしい。

「じゃああの、宇宙人さんは私のメッセージを受信して来られたんですね?」

「その通りだ。こんなことは初めてだからね」

 宇宙人は両手を肩の高さに上げ、手首を外側に曲げる欧米風のジャスチャーをする。

「誤送信なので来ていただいたのは結構なんですが、友達と待ち合わせしてるのでお引き取りいただいても……」

 宇宙人につられて丁寧な言葉遣いになる。しかし、冷静になったおかげで少々不気味さを感じる程度に麻痺した感覚は戻ってきた。

「待ちたまえ。私が君に会いに来たのには理由がある。というのも君からのメッセージを受信した後、こちらから返信を試みたのだが出来なかった。無視しようとも思ったのだが文面を見る限り緊急のようだった。誤送信を指摘しようにも伝える手段がない。じゃあ直接伝えるしか方法はないということだ。居場所の探知方法については口外してはいけないんだ、分かって欲しい」

「分かりました。……あの、お引き取り」

「まあ待て、これも何かの縁だ。少し話をしよう。私たち宇宙人は日頃から地球人を観察しているが、滅多に対話なんてしないからね。タダでとは言わない。こちらも何か有益な情報を提供しよう」

 なんだか強引な宇宙人だ。有益な情報といったところで、宇宙人からこんな話を聞いたよと言って誰が信じるのか。

「いや、結構です。ホントに帰ってもらえませんか? 人来ちゃうし」

 幸い公園にいるのは私たちだけだ。

「それについては大丈夫だ。センサーが稼働しているから分かる。

 そんなことより、自分で言うのもなんだが、宇宙人との会話なんて超貴重だぞ? いいのか? 知りたくないのか?」

「知りたくないです。てか逆に私の話に興味あるんですか?」

「大いにあるさ。いずれ君たちの文明が我々を発見するであろうことは、想像に難くない。その時に備え事前知識を蓄えておくことは重要だ。もちろん、君たち人類もだぞ」

 やや高圧的になる宇宙人。何様のつもりだと少々イライラした。

「そんなこと言っても、私は別にあなた達に有益な話なんて出来ないし、科学とか文明とかそんなの知らないし」

「じゃあ君の話をしよう」

「そんなこと話してあなたに何のメリットが……」

「知的好奇心が満たされる。十分なメリットじゃないのかい?」

 言われてみればな気もした。確かに一見どうでもいいことを知りたいということは、往々にしてある。誰とLINEしてんの? とかスマホになんか曲入れてる? とか。

「じゃあ、友達にメッセージ送り直すんで、来たら帰ってくださいね。ホントお願いですから」

「ああ、すまないね」

 立ち話もなんだし、という宇宙人の一言で私たちはベンチに座った。



「——そして、世界大戦は激化し我々は一旦引き上げるしかなかったのだよ。私はまだ生まれてなかったから直接見たわけではないが、大変恐ろしかったと聞くよ」

 私の話をしようという、自らの提案を無視して宇宙人は自分たちについて、地球観察の歴史についてなど延々と語り出した。すでに三、四時間は話している。優子からの返信はない。どうやら、来ないつもりだ。久々に会うつもりだったのに少し寂しかった。

 ところで、話によると、宇宙人の寿命は百年ほど。自分は母星の命令により日本の観察を任されていることなどが分かった。私にとっては全く有益とは思えない。

「で、あなた達は地球人を哀れに思い、この星を乗っ取りに来たんですか。こわーい」

 話を終わらせようと、棒読みで聞いてみた。

「いや、それは違うさ。君たち地球人は未知の存在を前にすると排除しようと考えるかもしれないが、そんなことは私たちも避けたいからね」

「えー、でも映画とかでエイリアンが人間を食べたり、地球を破壊したりとか見ますよ」

「何を言う!? それは君たち地球人の性格を反映した宇宙人像ではないか? いいか、私にもある程度地球人の歴史についての知識があるが、そこには必ず、争いや略奪などが存在していた! 恐ろしいじゃないか、君たち地球人は未知との遭遇を果たす度に、無知故に拒絶や排除を推し進め、黒い歴史を紡いで来た! ネイティブアメリカンやアイヌ民族、ナチのユダヤ人迫害を忘れたとは言わせんぞ!

 そしてそれが映画の中で我々宇宙人にも向けられている! いや、私たちがかつて争いを繰り返した彼らのように野蛮な種族かのように表現されてるではないか!」

 宇宙人は声を荒げる。身振り手振りで大騒ぎだ。

「さっきから地球人を貶してますけど、私たちだって過去の戦争や差別の歴史から学んで、人種問題とか国際問題に武力以外の手段で取り組んでるってテレビとかで綺麗事ぐらいは言ってますけど!」

 なぜか自分が責められているようだったので、私も声を荒げ反論する。

「まあまあ、落ち着きたまえ。確かに地球はあの当時に比べ、平和になったさ。ただ、まだ完全に争いや差別、貧困などが無くなった訳ではないだろう?」

「それは……そうですけど」

 先程の白熱した討論から一転、公園に静けさが戻る。

「実は君たちに威張れるほど、我々の星も綺麗な世界ではないんだよ」

「え?」

 宇宙人、さっきと打って変わって、ぽつりぽつりと語りだす。

「我々の星でも大きな戦争はないものの、やはり差別というか、まぁ似たようなものがあるのだ。

 例えば、君は私の話を聞いて宇宙人は言葉を話せると思っただろう。しかし、それは違うのだよ。宇宙人の中には私のように言葉を話せるものの方が少ないのだ。私のように言葉を理解し、喋ることが出来るものは、全体の三割程度だ。よく地球人が想像するであろう『ワレワレハ』のようなものは、まだいい方だ。まるで知性のないものも多いぞ。知性の有無がなぜ発生するのかは未だ分からない。

 言葉は話せないが話を理解出来るもの、言葉も話せず理解も出来ないもの、そんな彼らは虐げられ奴隷のような扱いを受けている。理不尽だと思っても声を上げられないのだ。それどころか、果たしてそんな扱いを受けていることに対して、疑問を持っているものは何割いるだろうか」

 宇宙人は膝の上で手を組み、足元に視線を落とす。

「なんか大変なんですねぇ」

 それぐらいしか相槌が打てない。なんだか妙に重苦しい雰囲気になってしまった。

「私が地球に派遣されたのは、地球人が我々を敵とみなした場合に備えてのことなのだ。しかし、私としては地球人から学びたいのだ。平等とは、幸福とは何か。我々の星では争いのない代わりに、奴隷のような働きを強いられているものたちがいる。我々の星も知らず知らず、暗黒の歴史を紡いでいるのではないかと」

 宇宙人は拳を握りしめる。

「あの〜、私バカなんでそういうことはよく分かんないんですけど、あなたが一人で背負いこむことはないと思いますよ。たぶん」

 慰めの言葉を言ってやると、宇宙人はガバッと立ち上がった。

「いえ! 私のような知性を持って生まれたものには、何か役目があるはずなのです! 声を上げられない、何が起きているのか分からない、そんな彼らを救う役目が。いや、私は決して彼らが不幸だとは決めつけてはいないのです。彼らの中にはその労働を喜びとしているものもいるかもしれません。ただ、私のように知性のある宇宙人が、彼らのことを理解しようと努めているのを見たことがない。これは問題だと思いませんか! ねぇ君?」

 宇宙人は久々にこちらに顔を向けた。まるで大衆の前でスピーチでもするかのような迫力だ。

 確かに、分からないということは、地球でも争いや略奪、差別など黒い歴史を生み出して来たと、さっき宇宙人が言ったような気がする。この宇宙人の星では、地球でかつて繰り広げられたような世界大戦のようなことはないが、果たして、彼らの現状が今後そのようなことを生み出さないという保証はあるだろうか? ないとしても、奴隷身分の宇宙人たちの声を聞かずに保ち続けている平和に意味はあるのだろうか? 柄にもなくそんなことを考えた。

「知らない」、「分からない」。これらのことが数多の悲劇を生み出して来た。そしてそれは今でも日常のそこ、ここから湧いてくるものなのかもしれない。

 しばらく考えていると私はとある考えに至った。私も知らない、分からないことはないだろうか。そうだ、あるはずだ。まさか……まさか……。

「もしかして、宇宙人さん。あなた……」

「優子さんのことかい?」

 そうだ、その通りだ。私は優子のことを思い出していた。

「あなた……もしかして優子のこと」

「あなたから誤送信されたメッセージを受信した際、先に優子さんに会いに行ったよ」

「優子は……どうして来ないの?」

 しばらく考え込んだ後、宇宙人は覚悟を決めたように切り出した。

「首を吊っていた。恐らく私が到着した時にはもう手遅れだっただろう。しかし、誰にも知らせる手段がない。下ろしてあげたかったたが、そんなことをしては事態を混乱させるだけだ。事件性が見出されてしまいかねない。あのままの彼女をご両親か発見することを思うと心が痛んださ」

「で、優子のスマホを見たのね」

 宇宙人はコクと、うなずく。

「昨夜からのあなたへのメッセージが多かったものだからね……。本当は直接話したかったのかもしれないな」

 話を聞いていると涙が溢れ始めた。私は馬鹿だ。なぜ優子の話を聞かなかったのだろう。

「私は……優子のことを知ろうとしなかった」

 そうだ。今日は優子から会いたいと連絡して来たのだ。

『会いたい』

 小学校からの幼馴染みのメッセージを今まで幾度も無視し続けて来た。

 高校に入ってから様子がおかしいとは思っていたが大した問題とは考えなかった。いや、考えようとしなかったのかもしれない。優子は今まで通りの優子だ。クラスが別になっても何も変わらない。明るく気丈で少々の陰口なんか気にしない。そんなイメージを持ち続けて来てしまった。

『今見た、また今度ね』

 部活が忙しいから、宿題やってないからと理由を見つけて彼女に寄り添うのを怠けていた。実際、どれほど私は部活に勉強に打ち込んでいたということもない。優子のことをなぜ頭の片隅に追いやったのだろう。

 優子から会おうと言ってきた時も少し面倒くさがってしまった。でも、待っているうちに楽しみな気持ちが湧いてきた。最近めっきり会う機会のなかった優子。彼女が笑顔で手を振って来るところを想像し、久々に幼馴染み二人で遊ぶのがとても楽しみになっていた。

「優子さんはスマートフォンのメモに心境を記していた。大変苦しんでいたそうだ。クラスに居場所がない、先生も話を聞いてくれない。そんなことが書かれていたよ。しかし美希みき、あなたとすれ違い、声をかける時だけが生きている心地がしたとも書いてあった」

 瞳から溢れた涙は頬を伝う。

「美希さん、自分を責めないでくれたまえよ。あなたには悪意など決してなかったのだ。たとえ優子さんからのメッセージが煩わしく感じたとしても仕方のないことだったんだよ」

 宇宙人は優しくそう言ってくれた。

 私はしゃくりあげてしまい、何も言うことが出来ない。

「私があなたに会いに来たのは、あなたが優子さんに対して無知すぎると勝手に思っていたからだ。こんな酷い地球人の顔を見てやろう、そう思っていた。しかし、あなたは知らなかっただけなのです。私もあなたを知らず、勝手に悪印象を抱いたように」

 その後、宇宙人は何も言わず、ベンチに座り続けていた。

 しばらくすると、日も暮れ始めた。私はスマホを取り出し、優子とのやり取りを見返す。

 ちゃんと読めば、分かっていたのに、回りくどいなんて思わなかったのに。

『私クラスに友達いないんだよね』

 優子がクラスに居場所がないことを私は知ることが出来なかった。

『武田さん達に嫌われちゃったかも』

 クラスメイトは優子のことを知ろうとしなかったのかもしれない、優子のとある一面だけを見て彼女を知った気になった。またはそれ以上知ろうとしなかった。それが結果的に優子を拒絶することに繋がったのかもしれない。

 しばらく泣いていると、宇宙人は再びベンチから立ち上がった。

「センサーに反応があります。誰かが来る。私は本部に報告をしなくてはいけない。……大丈夫です。今日のことは忘れます。優子さんはあなたのことを恨んだりなどはしていませんよ。あなたへの最期のメッセージが彼女の想い全てだと思います。それでは」

 ウィーンという音がしたので顔を上げたがそこには宇宙人の姿はなかった。

 私はすぐさまスマホを開いた。なんとそこには優子からの最期のメッセージが来ていた。

『急にごめんね。今までの変なメッセージは忘れていいよ。最期に美希とLINE出来て嬉しかった。ありがとう。』

 いつの間に来ていたのか、受信が遅れたらしいそのメッセージを私は何度も読み返した。

 夕陽に照らされた公園。いつの間にか買い物帰りの主婦や、小学生の群れがいたが、私は人目を気にせず泣き続けた。

 知らなかったではすまされない。ごめん優子、ごめんなさい。

 私はあなたを知ろうとしなかった。本当に本当に……。



「美希、待ってたの?! てか泣いてんじゃん! 大丈夫か?」

 聞き慣れた声。顔を上げるとなんとそこには優子がいた。

「優子! どうして? 死んだんじゃ……」

「勝手に殺すなよ! まあ死んだように眠ってはいたけど」

 どういうことだ? 確かにあの宇宙人は優子が死んでいたと言った。それにあのメッセージ!

 私はスマホを開いて確認した。それをややドン引きしながら見つめる優子。だとしたらこの優子は幽霊? 宇宙人の後に幽霊に会うなんてとんだ休日だ。

『暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。ちょっとやりすぎだと思ったが、途中から嘘でーすとも言えない雰囲気になってしまったからね。申し訳ない。でも我々の星の課題や、地球を敬い、平和を求めることに嘘偽りはないから安心してくれたまえ。それと、なぜかこちらからメッセージを送れるようになった。また会おう』

 あの宇宙人! ぶち殺す!

 好きなだけ自分の喋りたいことを喋って、迷える思春期の子供につけこみ、こんな悪戯までしやがって! なんて悪質な暇つぶしだ!

「どうした美希! 怒ってる? さっきまであんな泣いてたのに……。まぁこんだけ待たせればね」

「いや、なんでもないんだよ、大丈夫。……それより優子、ちょっと話そうよ」

 優子は伏し目がちに頷くと、ベンチに座った。

 これから優子のことを知ろう。手遅れになる前に。そう思い、必死で優子の話を聞いた。

「ありがとう、美希。私今日、あんたに会えなかったら本当に死んでたかもしれない」

 優子はやや涙目になりながらそう言った。

 話を聞いた限りでは宇宙人が見たというスマホのメモは本当らしい。プライバシーの侵害じゃないかあの宇宙人。

「うん……。なんかしんみりしちゃったね。別の話でもしようよ」

「うん。そうだね。でも何の話をしよう。最近全然、美希と話してないし」

「そうだね……あっ、そうだ! 宇宙人を殺す方法なんてどうかな? 二人で考えようよ!」

「怖いよ。なんでそんなこと考えるのよ」

 私は不敵な笑みを浮かべ、得意げに答えた。

「知的好奇心が満たされるから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遭遇 カフェオレ @cafe443

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ