第6話 「城」

 ケビンさんが来てから少し遅れて、馬車に乗った一同がやって来た。

 格好は一様に金属製の甲冑と腰に携えた剣。ケビンさんと同じような騎士の人たちなんだろう。


 それから、俺たちは全員馬車に乗せられて、揺られること三十分ほどが経過。

 浩樹君が騎士の人たちに叱られているのを、ぼんやりと聞き流す。

 外国人風の顔をした人たちが、ペラペラと日本語を話しているのは、どうにも居心地が悪かった。


 なぜ日本語が伝わっているんだ?

 先程の街では、多分通じていなかった。都合良く言語翻訳が出来るようになった、とは考えにくい。

 その証拠に、馬車からたまに見える、看板に書いてある文字は一切読めなかった。俺からすると象形文字的なものにしか見えない。


 嶋村さんは浩樹君と談笑しながらも、時折何かを考えるように外を見ていた。

 きっと俺と同じだ。この先どうなるか、そんなことに不安を感じているんだろう。


 どこに連れて行かれてるんだろうか?

 ケビンさんの話によると、『家』らしい。ただ、大勢の騎士を引き連れて向かうのを見ていると、どうにもそんな風には思えないんだが……。 


「ケビンさん、目的地にはあとどれくらいで着きますか?」


「もう少しですよ、ケンヤ様」


 ケビンさんは、サラリと百点満点の微笑みを浮かべて答えた。

 この人は一体どれほどの女性に言い寄られたんだろうか、なんて疑問が浮かんでくる。

 

 この二日間、あまりに色々なことが起こったため忘れていた。

 俺が異世界に行こうと思ったのは、俺を好いてくれる異性に出会いたかったからなんだと。

 最も、俺がこちらの世界に来て初めて知り合った女の子は、既に好きな人が居る状態だったが。


 誰だよ、異世界行けばイージーモードなんて言ったの。

 俺だよ。


 完全に舐め腐っていた。浅はかだった。

 俺はそこそこ出来る自信があったんだ。難関と言われる国立大学に現役で合格して、スポーツは全国手前まで行って、彼女こそ全く出来なかったが、ぼっちだのコミュ障だのと思ったことはなかった。

 現実でこれなら、異世界に行けばハーレムワンチャンなんて、アホな妄想をしたもんだ。今では当時の俺を殴りたい。


 ピタリと不規則な振動が止まった。

 何事かと外を見ると、ファンタジーな空間が視界に飛び込んでくる。


 城だ。

 外国なんて行ったことの無い俺からすると見慣れないモノだった。某遊園地のシンデ○ラ城か、怪しいホテルの外観で目にしたことがあるぐらい。

 美麗だとか、威厳があるだとか、そんな上っ面の感想はすぐに塗りつぶされてしまう。


「ケンヤ様? どうされました? 行きますよ」


「ああ、はい……」


 気が付くと、俺とケビンさん以外の人は皆、馬車から降りていた。

 いつの間にか開いていた口を閉じて、ケビンさんの後ろに着いていく。さぞ間抜けな顔を晒していたんだろうなと、一人恥ずかしくなる。

 

 そういえば、浩樹君が勝手に城を出るなと言われていたのを思い出した。

 俺たちにも、城だと伝えてくれれば良いものの。ケビンさんも人が悪い。







「あー、つっかれた……」


 自室のベッド……、では無く城の一室のベッドに仰向けに転がる。

 城に着いてからは既に数時間が経過して、俺の腕時計は短針が六を指していた。


「話長えんだよなぁ」


 白髭に王冠、いかにも王様といった男は俺たちに会うなり、延々と話していた。

 まず、この国について長々と説明した後、次に転移者がどうとかの話を持ち出した。それから日本食を振る舞われ、その間は日本食は素晴らしいと褒めちぎっていた。米とか味噌とかあるんすね……。

 やっと終わったと思ったら、魔術適性が~、魔法適性が~、とか言い出す始末。流石にケビンさんが止めてくれた。


 何を言っているか分からないだろう。俺も分からない。

 分かったことと言えば、俺たち以外にも日本人がいること、そして日本語と日本食などの日本文化が広がっていることだ。

 

 王様が言うには、この国――アストラル王国の転移の歴史は、百年にもさかのぼるらしい。城で見た日本人たちは、召喚されて来たんだとか。にわかには信じがたい話だが、そもそも俺たちのように自ら来た人間がいるため、信じるほか無い。


 もう一つ聞いた話、転移者は軒並み魔力マナ量が多いらしい。

 チートや俺TUEEEを望んでいる訳じゃないが、これには少し期待してしまう。明日から魔術の使い方を教えてくれるようだ。俺にも魔術が使えるのだろうか。


 また、今日訪れたあの街は、カブラド町というらしい。

 俺の感じた印象通り、スラムのような寂れた所だそうだ。

 なんでも、獣人族ビース人間族ヒュームが共生しているのは良くない事だそうで。そんな理由でアストラル王国の支援を受けられないらしい。

 これは城に仕えているメイドのリリアデラさんが、こっそりと教えてくれた。俺と同い年くらいの綺麗な女性だった。


「これからどうなるんだろう」


 一人部屋と言うには広すぎる部屋で、そう呟いた。

 音は反響すること無く、すぐに消えてしまう。なんだか落ち着かない。


 成り行きとは言え、少なからず望んできた世界。

 なのに、興奮では無く不安が頭にチラつく。昨日からの出来事がそう思わせているのだろうか。


 森は嶋村さんのお陰で脱出できたようなものだ。

 カブラド町で襲われそうになった時は、浩樹君が助けてくれなければ、どうなったのか分からない。


「俺何もしてねぇじゃん……」


 今まであまり味わったことのない無力感。大抵のことは人並み以上に出来ていたがために、その事実は重くのしかかっている。

 浩樹君は既に魔術が使える。嶋村さんは多分、何か特別な力を持っている。

 じゃあ、俺は? 俺には何が出来る?


「あーもう、考えるのはやめだ!」


 考えても解決しない問題に頭を悩ませるのは非合理的だ。

 それよか、この国の言語・文化、それと魔術について学ぶ方がよほど有意義だろう。


「書庫でも行ってみよう。自由に出入りして良いとは言われてるし」


 城の中を案内してもらったときに、気になった場所だ。

 流石に図書館ほどの規模では無かったが、本の数は十分。


 部屋のドアを開けて、長い廊下を移動する。

 俺の隣の部屋には、浩樹君の部屋。その隣には嶋村さんの部屋と続いている。城の部屋はかなり余っているらしい。


「ケンヤ様?」


 曲がり角を右に行ったところで、メイドのリリアデラさんと鉢合わせした。

 セミロングの金髪ポニーテールと碧色の瞳に目を惹かれる。

 ぱっちりとした大きい目に、ぷっくらとした柔らかそうな唇、透き通るような白磁の肌。可愛いとも綺麗とも言える素敵な女性だ。


「リリアデラさん」


「はい。名前、覚えてくださっていたんですね」


「もちろんですよ。忘れるわけが無いです」


 あなたのような美しい女性を忘れるなんて出来ません、と言おうとしたが止めた。

 そんなことをサラリと言えるほど、俺は女性経験が無い。ましてや、リリアデラさんのような高嶺の花とはほぼ無縁だ。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 リリアデラさんは、ふありと柔らかな笑みを浮かべた。

 この笑顔を見れただけで異世界に来た甲斐があった、なんてことを思うくらいだ。

 我ながら単純だなと、苦笑してしまう。


「それで、ケンヤ様はどこへ?」


「ああ、書庫へ行こうと思って」


「書庫へ?」


「ええ、何かこの世界に関する本とかありますか? 言語とか、文化とか……」


 リリアデラさんは一瞬だけ考え込むように俯くと、すぐに顔を上げた。そして、「よろしければ私がご案内しましょうか?」と提案した。

 勿論、断る道理は無いので是非とお願いした。こんな美人と一緒にいられるだけでも胸が躍る。


「リリアデラさん、わざわざありがとうございます」


「いいえ。ケンヤ様とお話したかったので、丁度良かったです」


「話……、ですか?」


「ええ。どうやってこの世界に来たのか……、とか」


 そういえば、この世界の人には誰にも話していなかったな。

 普通は真っ先に聞かれるものと思ったが、王様や騎士の人たちは一切気にしていなかった。よくあることなのだろうか?

 だからこそ、メイドという立場にあるリリアデラさんが興味を抱くのは少し引っかかる。


「いや、まあ……、気付いたら迷い込んでた、って感じですね」


「どこに迷い込んだとかは覚えていますか?」


「いや、ちょっと記憶が曖昧で」


「そうですよね……」


 やけに聞いてくるな。俺を怪しい人間だと思っているのかもしれない。

 もし正直に答えて、それが藪蛇になったらマズい。


「えっと……、もしかして俺疑われてたりとか……」


 あえて自分から切り出すことで、自分が無知であることをアピールしておく。

 疑いの眼差しを向けられるのは居心地が悪いし、せっかくの美人と一緒にいられるチャンスがふいになってしまう。


「いえいえ、ごめんなさい。ただの興味です。召喚以外で来たニホンの方は初めて見たもので」


 悪戯っぽく笑いかけてくる。特に疑っていたわけでは無いらしい。

 安心したのに加えて、可愛らしい笑顔に表情が緩んでしまった。


「そうなんですね。ところで、俺も少し気になったことがあるんですけど」


「私に答えられることなら何でも聞いてください」


「日本語はいつから話されているんですか?」


 この城に来てから、どの人も例外なく日本語を話す。言語の壁は無く便利ではあるが、同時に気持ちが悪い。

 普通、外国人が日本語を話すとカタコトになる。しかし、この城ではそれが無い。

 難しいと言われている敬語も使いこなしている人がいるぐらいだ。


「ニホン語は、転移の始まりからスタートしました」


「というと、百年前からですか?」


「正確には八十年ほど前です。私は子供の頃からニホン語とこの国の言語を習っていました」


「じゃあ、最初は大変だったんですね」


「ええ、言語のを持った転移者が現われるまで、難航したそうです」


「加護?」


「ニホンではそう言いますよね? 不思議な力のことを」


 加護ねえ……。

 転移によって力を得た人間が、まるまる一つの言語体系を作り上げてしまったらしい。


「カブラド町のような場所はニホン語は伝わって無いんですか?」


「あ、書庫に着きましたね。中に入りましょうか」


 俺の言葉が聞こえなかったのか、都合の悪いことだったのか、俺の言葉は無視された。

 おそらく後者だろう。こっそり教えてくれたぐらいだから、答えてくれると思ったが仕方無い。


 ドアは立て付けが悪く、部屋に向かって押すとギギギ、と嫌な音を立てる。

 部屋はホコリっぽく、古本屋のような独特の匂いに少し顔をしかめた。

 本は沢山あるようだが、なにしろ真っ暗で何も見えない。


「リリアデラさん、魔術で照明とかつけられます?」


「可能ですよ。でも、その前に……」


「っ――――!」


 背後からピタリと体重を預けられる。

 布越しのはずなのにやけに温かく、そして意識的に視界に入れなかった、二つの柔らかな果実が背中に当てられる。


「ここなら誰にも聞かれず話すことが出来ます」


「リリアデラ、さん……?」


「一目見たときから、胸がドキドキしていました。こんな気持ちは初めてです」


 耳をくすぐるような、吐息を伴った蠱惑的こわくてきな声と、背中に触れている未知の刺激に頭がクラクラとした。

 顔は火照り、頭は沸騰したみたいで、何も考えられない。じわりじわりと体が熱を帯びていくのが分かる。

 熱い。汗が噴き出しそうになるほど、血液が煮えたぎっている。

 

 


 だからだろうか。


 


 喉仏の近くに当てられた金属製の何かは、やけに冷たかった。

 




 






 


 



 


 

 


 


 


 

 

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インテリゴリラによる異世界転移記 村上 ユウ @kuropandaman

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