第76話 エピローグ・後
くるみちゃんが祭りの最中に一番楽しんでいたのは食べることだった。
曰く、ヴェノム化してから食欲が増したらしい。
からあげ、フライドポテト、串焼きといった屋台で売られている食べ物を片っ端から食べている。
「おいひー」
今はたこ焼きを食べながらご満悦の様子だ。
「くるみ、口の周りにソースがついてる」
瑞樹はくるみちゃんの口の周りについたソースを指で拭い、その指を舐めた。
「ふふ、美味しい」
ドームの奪還を経て、瑞樹にはある変化があった。
鼻血を出さなくなったのだ。
水中でくるみちゃんとキスをしたことや、好意があるとくるみちゃん本人の前で認めたことで、少し大人になったらしい。
「それ、すごくえっちだよ」
「そう?」
くるみちゃんの指摘にも動揺した様子を見せない。
「あわわ、どうしようウラシマさん。瑞樹ちゃんが色っぽい大人の女性になっちゃった」
「ふふん」
「ポンコツ瑞樹ちゃんじゃなくなっちゃった!」
瑞樹がずっこける。
頭をうって痛そうだ。
「ポンコツ瑞樹ちゃんだ」
「くるみ、あなたねぇ……」
「あはは、ごめんね瑞樹ちゃん」
くるみは瑞樹に近づく。
魔法がバレないように、おでこをくっつけて局部を周囲に見えないように隠しながら回復魔法をかけた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
回復し終えた後、2人は至近距離で見つめ合う。
瑞樹に耐性ができたお陰でギャグに移行しなくなり、ドキドキした感じになっている。互いに顔が真っ赤だ。
こういうのを確か……尊いと言うんだったか。
◆
夏祭りは無数の人で溢れかえっており、会場本来のキャパシティを超えている。
トイレの数も足りていない。仮設のトイレが設置されてはいるが、それでも追いついていないようだ。
女性用のトイレは特に不足しているらしく、トイレの前には行列ができている。
この有り様では、いざ催したときにトイレに行こうとしても間に合わないだろう。
だから早めにトイレに行っておこうということになった。
男性用はまだ比較的空いているから、先に終わった俺は少し離れた場所にあるベンチに座ってくるみちゃんたちを待っていた。
「ん?」
トイレが終わってこっちに来る途中で、くるみちゃんたちが4人組の若い男に絡まれている。
くるみちゃんと瑞樹。2人とも群を抜いた美少女だ。
声をかけたくなるのは仕方のないことだろう。
彼女たちのような美少女は街を歩けば男たちが寄ってくる。だからそういう輩の対処方法には慣れている。上手くあしらうことができる……はずなのだが、瑞樹はムキになって真正面から彼らを言葉で切り捨てようとしている。
「何やってんだか」
ナンパされたのなら完全に無視するか、適当にあしらうべきだ。
相手を説得しようとしても何の意味もない。不毛なだけだし、下手をすれば逆上させてしまうおそれもある。
ある意味純粋で真っすぐな彼女は、上手くあしらうというテクニックを持っていないようだ。
ナンパ男たちは祭りでテンションがあがっているのか、瑞樹にどれだけ言われてもめげる様子はない。
むしろ燃えてきたと一層積極的になっている。
好きの反対は無関心だと言われることがある。ナンパ男たちにとって、嫌悪であろうと何らかの反応があることは、むしろチャンスなのだ。
これは助けに入った方が良さそうだな。
下手をすれば暴力沙汰になりかねない。
何を言ってもヘラヘラとしているナンパ男たちに対して、瑞樹のうっ憤がどんどん溜まっている。こんな爆発しかけの状態で、もしもくるみちゃんに何かあったら――
「い、痛いッ」
ナンパ男の一人が痺れを切らし、くるみちゃんの手首を掴んで強引に連れて行こうとしている。
瑞樹の目がすわった。
これは――殺る気だ!
出会った当初の、チ〇コ斬り落としマシーンだった頃の様子にそっくりだ。
俺は慌てて仲裁に入った。
「はい、そこまで」
くるみちゃんとナンパ男の間に入って、無理やり掴んだ手を離す。
「は? 邪魔なんだけど、おっさん」
おっさんじゃなくてお兄さんだ、チクショウ。
彼らは多分二十歳前後の大学生だろう。そんな若者からすれば、俺は当然おっさんになる。
「俺の女に手を出すな! ってやつだね、ウラシマさん」
「いつ俺の女になったんだよ」
「えぇ!? あんなことやこんなことしておいて違うの?」
「私たちのことは遊びだったってこと?」
くるみちゃんも瑞樹も悪ノリしてやがる。
「はぁ」
仕方がない。
その悪ノリに付き合ってやろう。
2人の肩を抱き寄せて、
「俺の女に手を出すな」
ナンパ男たちを睨みつけた。
くぐってきた修羅場の数が違う。何度も何度も死線をくぐり抜けてきた。
軟弱な現代日本の若者に負けるはずがない。
「お、おい、なんかやべーって」
「い、行こうぜ」
「あ、あぁ、そうだな」
ナンパ男たちは慌てて逃げていった。
「今の良かった! ばっちぐーだよ!」
くるみちゃんはいつも以上に大げさな身振りでハイテンションにはしゃいでいる。
一方で瑞樹は押し黙っていた。
2人には共通していることがある。
顔がゆでだこのように真っ赤に染まっていた。
◆
河川敷に座って打ち上げ花火を見ていると、くるみちゃんが呟いた。
「来年も一緒に見られるかなぁ」
花火の光で淡く照らされた横顔は、いつもの彼女とは雰囲気がまるで違って、どこか物悲しい雰囲気があった。
くるみちゃんは記憶がなくて、よく自己のアイデンティティに悩んでいた。そんな彼女は自分の身体の半分がヴェノムでできていると知ってしまった。
きっと不安なんだと思う。
「じゃあ約束しよう。来年も3人で必ずここに来る」
ヴェノムという脅威がある。
これから先、何があるのか分からない。
来年も3人揃ってこの花火を見られるかどうか。それは絶対ではない。
「くるみ」
瑞樹がくるみちゃんをそっと抱きしめる。
彼女たちを、彼女たちの未来を守りたい。
心からそう思った。
「ウラシマさんも一緒がいい」
「……は?」
瑞樹に抱きしめられているくるみちゃんがおかしなことを言い始めた。
2人が作り出している百合百合しい空間に、俺も混ざれってか?
「ねっ! いいよね、瑞樹ちゃん」
こくりと無言で頷く。
おいおい。
お前は反対する役目だろうが。
「お願い、ウラシマさん」
くるみちゃんは縋るような、何かを求めるような目を向けながら言う。
「仕方がないな」
くるみちゃんと瑞樹に近づき、背後から2人を抱きしめた。
周りからはどんな風に見えているだろうか。
「3人一緒だね」
まぁ、くるみちゃんが喜んでいるからヨシとしよう。
「ねぇウラシマさん、ずっと一緒にいてね」
「あぁ、ずっと一緒だ」
「ほんとに?」
「本当だ」
「だったら、ずっと一緒にいてくれるって証明してほしい」
おかしなことを言う。
「証明ったって、どうすれば――」
くるみちゃんと目が合った。
そして……目を閉じる。
彼女が何を求めているかはすぐに分かった。
でもそれには応えず、彼女の頭の上にポンと手を置いた。
「むぅ~」
瑞樹とくるみちゃんが目を合わせて、互いに何かを無言で語り合っている。
この意気地なしとでも思っているのだろう。
弁論の余地はないなと苦笑するしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます