第70話 全ての元凶

 国内でも最大級の規模を誇っていたショッピングモール。

 ドームに囲われたことで、そこは無人の施設となった。

 誰もいないはずのショッピングモールのメインゲートに、一つの人影がある。


「お前が特異級ヴェノム・雪女か」

「そう呼ばれている」


 白いワンピースを着た女は無表情に頷いた。

 くるみちゃんの見た目で特徴的な部分である真っ白な髪は、目の前の女とよく似ていた。

 確かに似ている。そして――全く違う。


「お前の目的は何だ?」

「せっかちな男は嫌われる。確かこんな言葉を使っていた人間もいたな」


 今すぐに事情を説明する気はなさそうだ。

 かといって、この場で戦うつもりでもないらしい。

 相手の考えが読めない。

 雪女の顔は、仮面がはりついているみたいに表情に変化がなかった。


「まずはこの施設の中を歩こうじゃないか。確かこういうのは、ショッピングモールデートと言うのだろう?」




    ◆




 雪女と共に施設の中に入った。

 何年も廃墟になっていた場所であるにもかかわらず、驚くほどに保存状態がいい。


 雪女はショッピングモールを巡りながら、各店のレビューをしていく。

 一つ一つのお店について、ここが良い、ここは駄目だと驚くほど詳細に、しっかりと評価していた。


 彼女のレビューを聞いていてある程度の傾向が読めてきた。

 まず食には全く興味がない。そもそも生鮮食品といった腐敗するものは全て凍っていた。ただ、味という観点はともかく、見た目には興味があるようで、ケーキやパフェといった可愛らしい見た目をしたものは好きであるらしい。

 ヴェノムとはいえ女の姿をしているだけはあると思った。


 だが一方で化粧品関係には全く興味を示さなかった。


 ファッション関係は好きのようだ。店内に飾られているマネキンに色んな服を着せて楽しんでいた。

 雪女自身はあまり厚着を好まないため、彼女はいつも白いワンピース姿らしい。

 帽子はどうだと提案してみれば、どうやら気に入ったらしく、彼女はスポーツメーカーのロゴが入った黒い帽子を被るようになった。白い彼女には、黒い帽子がよく似合っていた。


「この店は我のお気に入りだ」


 彼女はボギヨーという店の前で立ち止った。

 俺が召喚される以前には聞いたことがなかった店だが、今は有名であるらしく、以前にくるみちゃんが購入するか悩んでいた。


 ビーズクッションにしてはやけにでかい、大の男でも全身を埋められそうなサイズのものに、雪女は背中から倒れ込んだ。

 ポスっという衝撃を吸収するような音がした。


「気持ちいいものだ。人間は実に素晴らしい発明をする」


 その全身をクッションに沈みこませながら言う。


「確か――人をダメにするソファだったか?」


 前にくるみちゃんがそんな風に呼ばれていると話していたな。

 欲しいけど買ってしまったら完全にダメ人間になってしまいそうで怖いから買えないらしい。ウラシマさんみたいなソファだよ、と言っていた。


「ほら、お前も体感しろ」


 雪女に促されるままに、傍にあったソファに身を沈めた。


「確かにこれはいい」

「だろう?」


 ボギヨー効果なのか、雪女の常時無表情な顔が少し綻んでいるように感じた。


「ここにあるものは全て我のものだが、お近づきのしるしに一つ贈呈しよう」


 持ち運べるサイズの小さめのビーズクッションを受けとった。

 いまいち雪女の意図が分からない。

 調子が狂う。


「さて……」


 ボギヨーのソファにごろんと身をあずけながら彼女は語る。


「共に施設内を回り、体験を共有し、プレゼントをした。十分にショッピングモールデートを行ったと言えよう」


 今までの時間は、彼女なりにショッピングモールデートをしようとしただけだったらしい。


「そろそろ本題に入るか。まずお前を呼び寄せた理由だが、お前に興味があったからだ」

「なぜだ?」

「お前は我らの祖だからな」


 なるほど。そういうことか。

 俺はボギヨーのソファに身をあずけながら目を閉じた。

 雪女は続ける。


「お前たちがドーム・ゼロと呼ぶ場所の主が言っていた」


 ドーム・ゼロとは、俺が召喚される前に住んでいた日雲市にあるドームだ。

 ドームの中に全ての起点となったゼロポイントがあることや、最初に作られたドームであることからゼロとつけられている。


「そもそも、この世界には魔法が存在しなかった。にもかかわらずお前が魔法によって異なる世界に召喚された。だからつじつまを合わせるために、この世界にも魔法が存在せねばならなくなった。魔法が存在しないのであれば、お前が召喚されるという結果は生じないからな。故に、この世界に魔法を存在させるために我らが生まれたのだ」


 この世界にヴェノムが存在している理由。

 それは俺が異世界に召喚されたからだ。


「あまり驚かないな?」

「薄々、そんな気はしていたからな」


 『魔女』の本部で、魔法少女やヴェノムの成り立ちについて調べたことがある。


「ゼロポイントについて詳しく知った時点で、ほぼ確信していたさ」


 ゼロポイント。一番最初にヴェノムが発生した、全ての起点になる場所のことをそう呼んでいる。

 それは今から17年前に起きた。魔法少女ザ・ファーストと呼ばれることになる壱牧亜里沙の目の前で、初めてヴェノムが発生したとされている。


「ヴェノムの最初の被害者は壱牧亜里沙の兄だとされていた。壱牧亜里沙は結婚して名前が変わっている。当時の苗字は来栖だ。そして来栖亜里沙の兄の名は――来栖圭吾。つまり、俺のことだ」

「実際は順番が違う」

「最初の犠牲者とされていた俺が異世界に召喚された結果、最初のヴェノムが発生した。そういうことだろう?」


 雪女が頷く。

 ヴェノムによる肯定。それはどんな権威のある学者による保証よりも確かなものだ。

 分かってはいた。そうに違いないと思ってはいたけれど、こうして確定してしまえばやはり気落ちする。


「全部、俺のせいか」


 もしも、異世界に召喚されなければ。

 そう思ったことは数えきれないが、今ほど強く思ったことはない。


「何を言っている。お前は巻き込まれただけだ。全ての元凶はお前を異なる世界に召喚した者だ」

「それは……」


 素直に頷くことはできない。

 俺を召喚したレティシアにも事情はあったのだ。

 魔王という脅威に対抗するために、異なる世界から救世主たる勇者を召喚する必要があった。

 それがたまたま俺だったせいで……。


「くそッ」


 聖女レティシアの生き様を知っている。レティシアを受け継いだ少女・古井コガレの奮闘も知ってしまった。

 彼女たちに全てを押しつけてしまえればどれだけ楽だったろう。


「……本当に、このソファーは人をダメにするな」


 全てを投げだしたい気持ちになってソファーに身を預けた。


「そうだろう、そうだろう」


 雪女は無表情であるにもかかわらず、妙に偉そうに頷く。


「お前の目的は分かった。俺の目的は……くるみちゃんを取り戻すことだ」


 最優先はそこだ。

 この世界の真相が何であれ、くるみちゃんを救うという目的は変わらない。


「だからお前を――殺す」


 くるみちゃんを操っている存在を許す訳にはいかない。


「当然そうなるだろうな」


 雪女は名残惜しそうにボギヨーのソファから立ち上がる。


「ボギヨーは我のお気に入りだ。場所を移そうか」




    ◆




 俺たちはボギヨーの店から移動した。

 彼女が選んだのはメインホールだ。

 メインホールはモールの動線となっている場所で、円形の吹き抜けとなっており1階から3階まで見渡すことができる。

 このメインホールはショッピングモールにて定期的に行われるイベントの会場としても使われており、ちょっとした舞台が組まれていた。


「我とお前がこの舞台の演者という訳だ」

「観客なしの殺し合いだがな」


 殺伐としたイベントだと苦笑する。

 戦闘の構えをとろうとした、そのとき――。

 雪女の胸のあたりから刀が飛び出てきた。


「なに……?」


 雪女の攻撃――ではない。その逆だ。

 彼女が何者かに奇襲されたようだ。


 その正体はサンダーアサシンだった。

 魔法少女にして忍者。彼女は雪女の背後に忍び込み、油断した隙をついて、その小刀で刺したのだ。

 彼女の顔は黒い布で隠れていて表情が分からない。唯一見えるのは目だ。その目には、強い憎しみが宿っていた。


「お姉ちゃんの仇でござる」

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