第35話 駅前かめ〇め波
俺たち3人は駅前の広場にいた。
俺は魔法おっさんとして、くるみちゃんたちは魔法少女として、この場に立っている。
周囲にはたくさんの野次馬がいた。
待ち合わせをする者や、駅の利用者たち、駅周辺の商業施設に出入りしていた者たちで溢れかえっている。
コスプレショーかなにかと勘違いしているのか、俺たちとヴェノムの戦闘を呑気に撮影していた。
一般人はヴェノムのことも魔法少女のことも知らない。だからこそ彼らは危機感もなく、己の命を危険に晒していた。
『魔女』はヴェノムのことを秘して、表向きは何もないことにしている。ヴェノムが、魔法が、この世界には存在しないことにしている。
個人的には気にくわない。
魔法少女たちが裏でこそこそと戦うことも、一般人たちが何も知らぬまま命の危険に晒されていることも。
もちろん、隠すことによるメリットも分からなくはないが……。
「凄い撮られてるけど大丈夫?」
「むしろそれが狙いだ」
くるみちゃんに説明する。
駅前に一体のヴェノムが出現したことを感知した俺は、くるみちゃんや瑞樹を連れて、あえて公衆の面前に姿を晒した。
「『魔女』へのアピールだよ」
「どういうこと?」
「魔法おっさんがスノーラビットやアイスソードと仲良くやっていますっていうアピールだ」
「小賢しい」
下級のヴェノムを睨んで氷剣を構えていた瑞樹が難癖をつけてくる。
何でもかんでも俺を否定しなければ気が済まないらしい。
「『魔女』に入ると決めたの?」
「あぁ」
「ほんとに!?」
くるみちゃんが無邪気にステッキを上下に振って喜びを表現している。
彼女はずっと俺が『魔女』に所属することを望んでいた。そうすれば大手を振って一緒に戦えるし、俺がヴェノムを倒しても『魔女』から功績として認めてもらえるからだ。
「魔法おっさんってのは魔法少女たちにとっては異常な存在なんだろう? 下手をすれば俺のことを敵と定める者が出てくるかもしれない。だからこそ、こうして俺が魔法少女たちに敵意がないことをアピールしているんだよ。さぁ、こっちに集まって」
ヴェノムの周りに結界を張って動きを止めながら2人を呼び寄せる。
くるみちゃんは飛び跳ねるようにして傍に近づいてきたが、瑞樹は渋々といった感じで歩いてくる。
「ほら、ピースだピース」
周りにいる一般人なカメラマンたちに向かってピースサインをする。
どうせ『魔女』による情報統制がはたらいて、魔法少女のことを知らない者に拡散はされないのだ。
好きなだけ撮りたまえよ。
「瑞樹もピースしてくれ」
「意味が分からない」
「3人で仲良くしている写真や動画を『魔女』が見れば、俺が友好的であると理解してくれるってことだ。いい作戦だと思うだろ?」
「うん、さすがウラシマさん!」
くるみちゃんと一緒になって瑞樹を促す。
瑞樹はくるみちゃんが弱点だ。彼女を使えば嫌なことであろうとも従ってくれる。分かりやすいことこの上ない。
そして狙い通り、彼女はムスッとしながらもピースした。
周りにいた野次馬たちは俺たち3人の仲睦まじい姿を見て、ますますコスプレ撮影会だという思い込みを強めているのか、みなが自重を忘れて撮影している。圧が凄い。
「逆効果だと思うけど」
「円滑に世渡りするためにはこういう事前の準備が大事なんだよ」
猪突猛進な彼女には分からないだろう。きっと瑞樹は事前の根回しは苦手なタイプだ。
瑞樹が肩をすくめてため息をつく。
「……常識人ぶっている癖に意外とバカね」
「クールビューティ気どりのポンコツ女に言われたくないな」
「少しばかり家事ができるからっていい気にならないで」
隣にいる瑞樹とにらみ合う。
周りからは俺たちの間に火花が散っているように見えるかもしれない。
「喧嘩は駄目だよ! 私からしたら2人ともカッコよくて凄いんだから!」
くるみちゃんが俺たちの間に無理矢理割り込んで、俺と瑞樹の距離を遠ざけた。
瑞樹と顔を見合わせて互いに苦笑する。
自信満々に俺たちのことを凄いと主張する姿に毒気を抜かれてしまった。
「そろそろ撮影は十分だな」
「そうね」
「じゃあさっさとヴェノムを倒しちゃおう!」
「『魔女』へのアピールだ。ここは俺に任せてくれ」
くるみちゃんたちが後ろに下がる。
前に出て、ヴェノムと対峙した。結界を解除すると恐れを知らないヴェノムが迫ってくる。
「うーむ」
相手はヴェノムの中でも弱い部類のヴェノムだ。本気を出せば一瞬で片付いてしまうが、それでは味気ない。
見る者が見れば俺の強さが伝わるとは思うが、誰にでも分かりやすい強さもアピールすべきだ。
世の中分かりやすいインパクトが大事である。
そして、どうすべきかを思案した結果、一つの案が頭に浮かんできた。善は急げと早速実行に移す。
「ハァァァッ!」
大げさに気合を入れながら右腕を空に向けて伸ばす。
魔力を使って空に雷を発生させて俺の右腕に落とした。
同時に俺の周りに砂煙を生み出し、一旦周りからは見えないようにすると、周りの人たちがざわめき始めた。
「大丈夫なのか?」
「雷落ちたよ?」
ここからが重要なところだ。俺はとある漫画をイメージし、そのキャラの真似をした。
身体の周りにギザギザした黄色いオーラを出して、青白く光る稲妻を纏う。ついでに髪の毛も魔法を使って金色に見えるようにして、髪の毛を逆立てた。
徐々に砂煙が晴れていき、俺の姿が見えるにつれて、周囲の反応が大きくなる。
「おい、あれってまさか!?」
「スーパーサ〇ヤ人2!?」
ド〇ゴンボールは17年前の時点でも昔の漫画ではあったが、同級生たちは皆その内容を知っていた。俺も所持はしていなかったが、友だちの家で全巻読み漁ったものだ。
そして、17年後の今でも十分に現役の作品であるらしい。
周囲の視線を感じながら、かの有名な必殺技、かめ〇め波のポーズを取った。
「ハァァァァァ!」
ヴェノムに両手を突き出して電撃のビームを発生させる。ビームが当たったヴェノムは消滅した。
擬似的に魔法で作り出したかめ〇め波だ。
どうせ一発で倒してしまうなら、その一発を可能な限りカッコよく見せようと考えた結果、俺の中で一番カッコいい技を真似することにしたのだ。
果たしてその効果はいかほどだろうか。
チラっと周りの様子を窺う。
辺りが静寂につつまれていた。
――もしかして、失敗だっただろうか。
そう思ったのも束の間、溢れんばかりの拍手と歓声が聞こえてくる。
17年のギャップがあろうとも、変わらないものもあるのだ。心がジーンとした。
予想以上の反応に満足しつつ、手を振って彼らにこたえながら、くるみちゃんたちの元に戻る。
「カッコよかった!」
くるみちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねて感情を表現している。
瑞樹は馬鹿みたいに口を開いて呆けていた。
「どうした?」
「……ハッ!?」
瑞樹が我に返る。
俺とくるみちゃんに注目されていることを知り、慌てるように後ずさった。
両腕をバツの形にクロスさせて首を振る。
「違うから!」
必死に「違うから」と何度も連呼している。
何が違うのか。
くるみと顔を合わせて互いに首をかしげた。
俺たちはただ彼女の様子がおかしいから心配しただけなのだが……。どうやら瑞樹は何かを否定したいようだ。
「何が違うんだ?」
「黙って」
取り付く島もないとはまさにこのことだ。
「何が違うの?」
「……」
くるみちゃんが尋ねれば、俯いたまま黙り込む。
これは――あと一押しだ。
2人で瑞樹に何度も声をかけると、顔を真っ赤にしながら俺に向かって指をさした。
「カッコいいだなんて思ってないから!」
なるほど。合点がいった。
スーパーサ〇ヤ人2の物真似は瑞樹の琴線に触れたらしい。
瑞樹の変身姿を見たときにも思ったが、男子中学生が好きそうな……要するに中二病な部分が彼女にはある。そんな瑞樹の一面に、俺のちょっとした思いつきからの行動は、ジャストヒットしたらしい。
とはいえ彼女が素直に認めるはずもなく。
分が悪いと感じたのか、魔法少女としての身体能力を駆使して跳躍し、ビルの屋上を飛び移りながら逃げ去っていく。
俺たちは慌てて瑞樹を追いかけるのだった。
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