第23話 落ち込む少女

 くるみちゃんの一番の魅力は元気なところだと思う。

 いつも家に帰ってくるとき、明るい笑顔を浮かべながら「ただいま」と言っていた。きっと今日も楽しい学校生活を送ったんだろうなと思わせてくれる。


「ただいま……」


 そんな彼女が珍しく落ち込みながら帰ってきた。

 朝出かけるときはいつも通りだった。ということは学校で何かがあったのだろうか。


 くるみちゃんは言葉少なに自室へと入った。

 部屋の扉は開けっ放しになっていて、リビングにいる俺にも中の様子が見える。自室で乱暴に荷物を放り投げ、ベッドに飛び込むようにして倒れた。


 これもまた青春か。

 おっさんの俺からすれば、学校は良いものだと思う。学生たちには、その貴重な学生生活を大事にしてほしい。

 学校は楽しいだけじゃない。友人と衝突して辛い思いをすることもあるだろう。その辛い経験も成長に繋がるはずだ。


「入るぞ」

「ウラシマさん……」


 断りを入れて部屋に入った。

 くるみちゃんは制服を整えながら身体を起こしてベッドに腰かける。

 俺は彼女の隣に並ぶようにしてベッドに座った。


「友だちに酷いこと言っちゃった」

「よく話題に出てくる瑞樹ちゃんか?」


 学校での話を聞くとき、一番話題に上がる人物が蒼城瑞樹という少女だ。親友かつ魔法少女仲間である。家族がいないくるみちゃんにとって、もしかすると最も親しい人物かもしれない。


「焼肉屋から出てくるところを瑞樹ちゃんに見られてたみたい」


 あのときか。くるみちゃんが食べ過ぎで具合を悪くして寄りかかっていた。

 傍目に見れば怪しい関係に見えたことだろう。


「ウラシマさんとの関係を聞かれて口出ししないでって怒っちゃった」

「なるほど」

「いつも人の交友関係に口出ししてきて、あの子とは距離を取ってとか言ってくるから……それが嫌だったの」


 確かにそれはイラっときてしまうだろう。

 まぁ瑞樹という友人もくるみちゃんのことが心配なのだろう。隙が多くて危なっかしい少女だ。自分が彼女を守ってあげなければ、という考えになるのも仕方がない。


「私、最低だ」


 肩を寄せてモタれかかってきた。

 全身の触覚が腕に集中したかのように、くるみちゃんの腕の柔らかい肉感を感じ取る。美しい白髪からは花のようなリンスの香りと、彼女の汗が混じった匂いがした。

 雄としての本能がくるみちゃんを抱けと喚いている。


 勘違いしてはいけない。

 ベッドの上で並んで座り、女性が肩を寄せてくる。これがもし他の女性であれば、慰めつつ肉体関係に持ち込む流れだろう。

 でもくるみちゃんは家族がいない訳アリの一人暮らしの少女だ。俺に対して父性を……あるいは母性を求めている。残念なことではあるが、性的な関係を求めてはいない。

 グッと本能を抑え込みつつ、くるみちゃんの頭を撫でた。




    ◆




 くるみちゃんの頭を撫で続けてしばらく経った。その表情もどことなく穏やかなものに変わったように思う。

 部屋にある姿見の前に立った。そこにはおっさんの姿がある。

 毎日ひげを剃っているから無精ひげはない。帰還したときはひげが生えていたから、そのときよりは幾分か若く見えるだろうが、それでも十分におっさんだった。

 異世界で17年、色んな苦労を重ねてきた。きっとその苦労が顔に刻まれている。


「おいで」


 2人で姿見の前に並んで立つ。


「他人が俺たち2人を見たとき、どういう関係に見えると思う?」

「恋人?」

「そんな訳ないだろ」

「じゃあ夫婦?」

「もっと遠い」

「そうかなぁ……?」


 俺は34歳のおっさんで、くるみちゃんは17歳の女子高生だ。

 しかもくるみちゃんは童顔で、実年齢より若く感じる人も多いだろう。

 そんな2人が親密そうに歩いていれば怪しい関係にしか見えない。


「最近はパパ活ってやつが流行ってるんだろ?」

「みたいだね」

「何も知らない人からすれば、俺たちはそういう関係に見えるんじゃないか?」

「そんなのウラシマさんに失礼だよ!」


 くるみちゃんが憤慨する。

 自分を馬鹿にされることよりも親しい人を馬鹿にされることの方が許せないタイプだ。言葉の選択をミスしたかもしれない。


「まぁ落ち着けって」

「でも!」


 妙なスイッチの入ってしまったくるみちゃんをリビングの椅子に座るように促す。

 彼女を宥めながらホットココアを作った。


「これでも飲みな」


 くるみちゃんはコーヒーを苦手としているがココアは好きなのだ。

 ちょこんと両手でカップを持って、湯気の出ているココアに息を吹きかけて冷ましている。


「美味しい」


 温かいココアを飲んで少しリラックスしたのか落ち着いた様子だ。

 ゆっくりとココアを飲む彼女に言葉をかける。


「高校生なんて、25歳ぐらいの大人であってもおっさんに見えたりするもんだ。だとすれば34歳の俺は高校生からすればとんでもないおっさんだ」


 元勇者なので身体能力はどんな若者よりも優れている。しかし、歳を重ねたことによる見た目の老化についてはどうしようもない。


「瑞樹っていう友だちはくるみちゃんのことが大好きなんだ。だから知らないおっさんと一緒に歩いている姿を見て心配になってしまうんだ」

「ウラシマさんは心配するような人じゃないもん」

「くるみちゃんにとってはそうだろう。でも友だちにとってはどうだ?」


 ただの怪しいおっさんだ。


「だって瑞樹ちゃんはウラシマさんのことを知らないから……」

「その子は俺のことを何も知らない。だから俺を悪く言った訳じゃない。単純に一般的な視点で、年の離れた男と一緒にいることを心配しただけだ」

「むぅ……」

「そろそろ俺も魔法少女との……『魔女』という組織との関わり方を決める必要がある。そうなれば俺がくるみちゃんと一緒に暮らしていることも、その友だちにバレると思う」


 話を聞く限りでは、くるみちゃんに対してかなりの過保護であるらしい。

 どれだけ厳しく当たられるかは分からないが、今の内から覚悟を決めておくべきだ。


「その友だちはくるみちゃんのことをすごく大事に思っている。くるみちゃんも友だちのことを同じくらい大事に思っている。俺のせいで2人の仲が悪くなってほしくない。だから俺もくるみちゃんの友だちに俺のことを知ってもらって、仲良くやっていきたいんだ」

「うん」

「俺と友だちの関係が拗れないかどうかはくるみちゃんにかかっている」

「私に……」

「だから俺のためにも、友だちと仲直りしてほしい」


 くるみちゃんは優しい。

 俺のためという理由を与えてやれば行動せずにはいられない。

 くるみちゃんは意気込みながら急いで家を飛び出て行った。

 きっと、友だちに会いに行くのだろう。

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