第22話 醜い独占欲

22話

醜い独占欲


 褒めたたえてくる人々から逃げて、誰もいない裏路地までやってきた。そこでようやくひと息つき、魔法少女アイスソードの姿を解除する。


「ふぅ」


 瑞樹は薄暗く狭い道を歩きながら、スマートフォンでくるみに電話をかけた。


「魔法おっさんよ」

「えっ?」

「中級ヴェノムが出現したけど、魔法おっさんが討ち取った」

「そうなんだ」

「……私は必要ないのかもしれない」


 魔法おっさんさえいれば、真帆川に住む人たちはヴェノムの脅威から守られるだろう。

 彼はまほねっと頼りの瑞樹たちとは違い、独自の、しかもかなり高性能な感知ができるらしい。


「必要だよ!」


 今日だって偶然現場に遭遇した瑞樹とほぼ同じタイミングでやってきた。


「もしかしたら、ここ最近ヴェノムが出現していないと思っていたのは勘違いで、実は魔法おっさんがまほねっとで報告されるよりも先にヴェノムを把握して倒していたのかもしれない」

「え~っと、さすがにそんなことはないんじゃないかな?」


 くよくよ考えていても仕方がない。瑞樹は自分に切り替えろと言い聞かせる。

 頭を切り替えたなら、瑞樹の思考を占めるのはくるみのことだ。


「くるみはお昼に何を食べたの?」


 あえて知っていることを尋ねた。どう答えるのか興味があったからだ。

 果たして昼食のことを話してくれるのだろうか。


「焼肉食べたよー」

「どこで?」

「えーっと……家!」

「今日はずっと家にいた?」

「うん」

「用事があったんじゃないの?」

「なんで?」

「用事があるから今日は一緒に遊べないって言ってた」

「あっ! えーっと、ちょっと家で用事があったの。ごめんね」

「どんな用事?」

「色々だよ」

「色々じゃ分からない」

「色々は色々だよ! 今日の瑞樹ちゃん変だよ。もう切るね!」


 電話が切られた。

 スマートフォンからはツーツーという音が間抜けに鳴っている。


「……あり得ない」




    ◆




 月曜日の放課後、瑞樹はくるみに『用事があるから』教室に残ってほしいとお願いしていた。

 クラスメイトたちは既に部活に行くか下校している。誰もいない教室に2人で、くるみの机を挟んで椅子に座って向かい合う。


「『用事』は何だったの?」

「えっ? 用事があるのは瑞樹ちゃんじゃないの?」

「私の用事は、昨日のくるみの『用事』が何だったのかを知ること」

「……あー、あれね? ちょっと家でやることがあっただけだよ。一緒に遊べなくてごめんね」


 そんなはずはない。

 くるみが男と焼肉屋に出入りするのをこの目で見たからだ。そして、言い逃れができない決定的な証拠もこの手にある。


「これは何?」


 スマートフォンを突きつけた。

 その画面にはくるみが男と腕を組んでいる様子がはっきりと写っている。


「これ、くるみだよね?」

「……ちょっと転んじゃって、たまたま居合わせたこの人が助けてくれたの」

「嘘ね。私はくるみがこの男と焼肉屋から出てくるのを見ていた。ただの通行人のはずない。それに、くるみはずっとこの男に乳を押し当てていた」

「ち、乳!?」


 瑞樹の視線を感じ取ったのか、くるみが腕でその大きな胸を隠す。


「あの男にはさらけ出して押しつけていたのに私には隠すの!?」

「えぇ!?」

「私にも同じことをして!」

「えぇ……」


 瑞樹は鼻息を荒くしながら立ち上がって右腕を差し出した。

 動く様子のないくるみに向かって、腕をくいっと動かして急かす。


「どうして来ないの?」

「恐いよ瑞樹ちゃん」


 くるみに近づけば、彼女は椅子を動かして距離をとった。

 下心を持った男が傍にいるような反応を見せている。


(どうして……)


 クズな男には身体を預けるくせに自分は駄目なのか。瑞樹は悲しかった。そして腹立たしかった。


「私はくるみのパートナーになりたいと思っている。背中を預け合って、共にヴェノムと戦っていきたい」

「私だってそう思ってるよ」

「じゃあどうして隠し事をするの?」


 パートナーであるならば隠し事なんて必要ないはずだ。

 嬉しいことも悲しいことも全て共有すべきだ。

 それなのに――


「どうして私の知らないところで男と乳繰り合っているの?」

「それは……」

「私はくるみのパートナーに相応しくないということ?」

「そんなことないよ!」

「そんなことある! 私は昨日、魔法おっさんの力の一端を垣間見た。私よりも遥かに優れた魔法少女だった。くるみのパートナーには魔法おっさんのような強さを持つ者こそが相応しい」


 己が未熟だと思うことは多々あった。でも魔法おっさんの強さを見せつけられたときほどに強く感じたことはない。


「それでも私をパートナーとして認めてくれるのなら、写真の男に会わせて」

「ウラシマさんと会ってどうするの?」

「私がウラシマという男を見定める。くるみに近づいても問題ないのかどうか判断する」


 悪いやつらからくるみを守るのだ。大事なくるみを傷つける輩は絶対に許さない。


「違うよ瑞樹ちゃん」


 悲し気に首を振った。


「相手のことをパートナーだと思ってないのは私じゃない。瑞樹ちゃんだよ。瑞樹ちゃんは私をパートナーだと思ってない」


 どういうことだろうか。

 瑞樹はいつだってくるみのことを大事なパートナーだと思っている。


「瑞樹ちゃんにとって私はパートナーじゃない。きっと保護対象なんだよ。だから私の交友関係に口を出そうとする」

「違う。私は――」

「違わないよ!」


 くるみが椅子から立ち上りながら怒った。


「愛梨ちゃんのときもそうだったし、ウラシマさんもそう。ウラシマさんとは瑞樹ちゃんが思っているような関係じゃないけど、いずれにせよ瑞樹ちゃんに口出しされたくない!」




    ◆




「くるみ……」


 一人取り残された教室で、くるみの椅子に座る。

 椅子にはまだ熱があった。さっきまでくるみがここに座っていた証だ。

 机の表面を撫でながら呟く。


「くるみは私のもの」


 筆箱から油性ペンを取り出し、机の物入れに手を入れる。天板の裏側にペンで蒼城瑞樹と記入した。


「ふふっ」


 クラスメイトもくるみ本人も気づかない場所に己の名前を刻み込んだ。くるみは瑞樹の名が書かれていることも知らぬまま、この机で授業を受けるのだ。

 独占欲が満たされていく。言い知れぬ快感があった。


「くるみ……」


 机を抱くようにしてうつ伏せになって目をつぶる。

 まるでくるみ本人を抱きしめているような気がした。

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