世界の中で僕は今
しお太郎
第1話
人にはそれぞれ与えられた役割がある。
生命を救う者。自己を表現する者。教え導く者。
その数は限りない。
では、僕はこの広大な世界線の中でどこに位置し、どういった役目を果たすために生まれてきたのだろう。
青田慶一。16歳。
僕は答えを探していた。
僕が居るべき場所はどこなのかを探していた。
僕は幼い頃から不器用な人間だった。何をするにも失敗ばかりで周りに迷惑をかける日々。
要領は悪く、勉強は平均点以下。
運動なんてもってのほかだ。
加えて口下手で、人と話すことなんてままならない。
自分はどうしてこの地に生まれてきたのか。
なぜ僕はここに立っているのか。
答えのない疑問を抱き、日々葛藤していた。
そんな僕の拠り所といえること。
それは絵を描くことだ。
絵は自分の思うままに自分を表現することができる、僕が僕でいられる場所だった。
とはいっても絵を描いたところで何の意味があるのか。
絵を描いたところで僕の居場所なんてどこにもないのに。
朝8時。僕の日課である花壇の水やりが始まる。
委員会で受け持った仕事がいつしか僕の習慣と化されていた。
毎日の見慣れた風景。
いつもと変わらない日常。
代わり映えしない毎日は僕の心をより一層孤独に感じさせられる。
『あの、花...。』
僕の目に一輪の花が写った。
花壇の離れに咲いている花だ。
隅の方で咲いている。
種が飛び散ってしまったのだろうか。
花壇の中に収まることのできなかった花。
僕と似ているように思えた。
何だか見過ごせない気分に駆られた僕は鞄からスケッチブックを取り出し、花を描き始めた。
一本一本の線を大切にしながら描いていく。
いつになく真剣な気持ちだった。
『よし。できた。』
絵が完成した。
僕は完成した絵を眺める。
自分自身を見ているようで何だか胸が熱くなった。
『あっ。時間。』
僕は我に返ったかのように時計に目をやる。
すると針は9時を指していた。
『うわっ。遅刻だ。』
僕は大慌てで道具を片付け始めた。
校舎の影から僕を見ている人影があることも知らずに。
『遅刻だぞー。』
急いで教室を入ると授業は一時間目の終わりを迎えていた。
無遅刻無欠席の記録が崩れてしまった。
そんなことを思いながら席に着く。
僕の席は窓際の一番後ろ。
教室の全体を見渡し、影に身を潜むことのできる僕にとっての特等席だ。
とはいえ、特等席といえど良い面ばかりではない。
後ろの席は教室内で起こる様々な光景を直視することになる。
隣同士で仲良く話す男女。
分からないところを教えあう姿。
先生にちょっかいをかけるお調子者の生徒。
それに笑うクラスの光景。
自分がより一層クラスという枠からはみだされているようで僕は胸が締め付けられるんだ。
『さようならー。』
帰りの挨拶。
今日は短縮授業で昼過ぎに授業が終わる。
しかしながら僕は委員会の仕事を片付けるため、一人教室に残っていた。
黙々と作業を続ける僕。
時刻は午後3時を回っていた。
『やっと終わった。』
席を立った。
誰もいない教室に一人佇む僕。
『早く帰ろう。』
僕は机に掛けていた鞄を持ち上げた。
すると
バサッ。
何かが落ちる音がした。
どうやら鞄の口が開いていたらしい。
『あっ。』
今朝描いていたスケッチブックが落ちていた。
僕はスケッチブックを手に取り、パラパラ
と開く。
中は僕が今まで描いた絵で埋め尽くされていた。
懐かしい。
いろんな絵を描いてきたんだなという思いに更ける。
ピタッ。
手が止まった。
今朝描いた絵だ。
『壁に貼ってみようかな。』
本の少しの出来心だった。
自分の絵が教室で飾られている姿を一目見てみたかったのだ。
チラチラ
周りに誰もいないことを確認した僕はスケッチブックから絵を切り離し、教室の壁に貼った。
自分が描いた絵が教室の壁に貼ってある。
自分の居場所がちゃんとここにあるようで何だか嬉しかった。
『ほぉ。絵が飾ってあるのう。』
後ろから声が聞こえてきた。
なんだ?
教室には誰もいないはず。
僕は後ろを振り替える。
すると見たこともないおじいさんが立っていた。
『わしにも描けるかのう。』
おじいさんが僕に向かって聞いてきた。
僕はいきなりのことに目が点になった。
青いジャンパーを着ている。
用務員のおじいさんだろうか。
おじいさんは僕の絵をジッと見つめた。
長い沈黙が流れる。
絵をはずそうにもはずせない。
おじいさんは何を考えているのだろうか。
するとようやくおじいさんは口を開いた。
『心暖まる素敵な絵じゃ。』
その言葉を聞いた瞬間、僕の視界に光が差し込んだ気がした。
僕の真っ暗な世界に光が灯されたんだ。
でも
僕は知っている。
『絵を描ける人なんてたくさんいます。』
僕はおじいさんに向かって言った。
おじいさんはきょとんした顔でこちらを見つめると、僕の肩に手を置いて言った。
『何を言っているんだ。
絵を描けるということは君の才能じゃ。』
僕は予想だにしていなかった返答に戸惑いを隠せなかった。
おじいさんは話を続ける。
『そりゃこの地球上に絵を得意とする人など何万人といる。
広大な世界だ。君もその一人に過ぎん。
でもそれって君がー
描くという才能を与えられたうちの一人という意味でもあるんだよ。』
おじいさんが僕にかける言葉は優しく、僕の心にあった闇を取り除いてくれるようなものだった。
『君のように絵を描くことが得意だという人もいれば絵を描くことが苦手だという人もいる。
絵が好きだと言う人もいれば絵が嫌いだと言う人もいる。
ー描きたくても描けない人だっている。
努力をしたからといって必ずしも上手くなれるとは限らない。
そこには生まれ持ったセンスだっている。
君にとって当たり前にできることが当たり前ではないという人もいるだよ。』
おじいさんは微笑みながら、少し悲しそうな顔で僕に言った。
僕はおじいさんに言葉を返す。
『でも僕は、勉強が苦手です。運動もできません。友達だっていない。』
おじいさんは大声で笑った。
『完璧な人間なんて誰一人いないぞ。
皆、何かしらの欠陥をもって生きているんだ。』
おじいさんは窓辺に立ち、外を眺める。
『勉強は得意だけど運動は苦手。運動は得意だけど、勉強は苦手。
あるいはー
勉強は得意だけど数学だけは苦手。
運動は苦手だけどバレーボールだけは得意という人もいるかもしれない。
得意、不得意、できる、できない。
それらの要素が様々に組み合わさって私たち一人一人の存在が形成されているんだ。
お互いがお互いを補い合い、自分が生まれながらにして与えられた役割を果たすべく生きている。
そうやってこの世界はー
バランスを保っているんだよ。』
カーテンが揺れ、窓の隙間から光が差し込んだ。
『絵だって例外ではない』
おじいさんは話をつづける。
『コメディ、恋愛もの、シリアス、同じ絵という芸術とて様々なジャンルが存在する。
描く人それぞれ得意とする絵の形がというわけだ。
だからこそどの世界を見ても同じ作品は一つとしてないし、その人にしか描けない絵がある。
その中でも君の絵はー』
おじいさんは僕の絵を見つめる。
『優しい。
君のもつ温かい心が絵の中に表れている。』
おじいさんは僕の方を振り返った。
『これこそ君の才能じゃ。
君にしか描けない絵がある。』
おじいさんは真剣な眼差しでこちらを見つめた。
『君はどうしたい。』
僕は...僕は...僕はー
『自分の絵を見てもらいたいです。
たくさんの人に見てもらいたい。
僕の絵を見て楽しいとか、悲しいとか色んな感情を抱いてほしい。
僕の描く絵が誰かの心の拠り所になってくれたら嬉しいです。』
おじいさんはニコッと微笑んだ。
『人にはそれぞれ生まれながらにして与えられた能力がある。
果たすべき役割がある。
それは挑戦してはじめて気づくものだ。
何が正解で何が間違いかなどわからない。
でもなー
君には大きな力があるということを忘れるでないぞ。』
おじいさんは優しい笑顔で僕を見つめた。
僕は
『はい!』
と返事すると深くおじきをし、その場をあとにした。
『うむ。言い笑顔じゃった。
少年が旅立つ姿は感慨深いのぉ。
わしにも自分の居場所を探すときがあったなぁ。
絵を描くことが好きだった。
でも
自分の居場所はここじゃないと気づいたんだ。』
『あぁー!!こんなところにいたんですか。校長!!』
『きょ、教頭先生!!』
『今日、会議だっていったでしょ!』
『すまんのう...。』
『で、
なんですか?その格好は。』
『えっと
用務員さんの制服を着てみたいなと...』
『ーはぁ。
毎回会議には出席しようとしない。
全校集会で生徒の前に立って挨拶すらしようとしない。
少しはこの学校の長であるという自覚をもったらどうですか!!』
『だ、だって、わし校長になりたくて先生になったわけじゃないしぃ...。
生徒の皆をただ近くで見守ってたいだけっていうかぁ。』
『...あのですねぇ...校長』
『いいんじゃよ。
闇に閉ざされた少年少女たちを光ある道へと導くことがわしの役割じゃから。』
7年後。
『青田先生ー。ここベタ塗りでいいですか?』
『はい。お願いします。』
『そういえば、先生の漫画スゴく人気みたいですよ。
読んでると笑顔になれるって。
この間テレビで特集組まれてました。』
『ははっ ありがたいです。』
『今回の作品は先生の学生時代の話が元となっているんですよね。
このおじいさんのモデルとかっていたりするんですか?』
『ーはい。
僕の居場所を見つけてくれた恩師なんです。』
僕の役割。それは絵を描くこと。
たくさんの人々の心を照らす絵を僕は描く。
世界の中で僕は今 しお太郎 @shio_cosho0926
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