神鳩夜話(しんきゅうやわ)

朝野美夜

第1話 起ノ章

 薄ら寒い曇天の下、ひとりの少女が足早に道を歩いている。

足元の歩道に散り敷いた銀杏いちょうの落ち葉は、今にも雨の降りそうな重苦しい空の下でくすんで汚れた色に見えた。

 その時、通りの向こうから、楽しげに笑いはしゃぐ声が聞こえてきた。

少女の歩みが止まり、目を上げる。通りの向こうで騒いでいる同世代の少年少女はみな、同じ制服を着ている。

 少女の浮かない表情が更に暗く曇った。胸元を片手できつく抑え、助けを求めるようにあたりを見回す。その目に、道端の古びた鳥居と苔むした参道の石畳が映った。鳥居の足元には石の柱が建てられ、風雨に削られた文字が、それでもまだ秋森神社と読み取れる。

 少女は、怯えた小動物のように身を翻し、鳥居をくぐると参道の奥へと駆け込んだ。

 参道の奥は、小さな森に囲まれた小さな神社だった。古びた社。社務所はなく、神主もいないようだ。

 表の通りから、あの子達の笑い声が聞こえてくる。

 少女は、泣きそうな顔になって、社の裏に駆け込んだ。そこで小さく身体を丸め、心の中でつぶやいた。

(お願いです、神さま、もしいるのなら、私をかくまって下さい)

 声は出せぬまま唇は震え、凍えた顔を、一筋、二筋、涙がつたった。

(このまま消えてしまいたい。いっそ神隠しにあえばいいのに…)

 今年最初の木枯らしが森を揺るがし、枯れ葉が降り注いだ。

「神さま…。神さまが本当にいるのなら、私を……にしてください」

 かすれた声で絞り出すように放った言葉は、枯れ葉を巻き上げ梢を鳴らす風にかき消されて行った。

 騒ぐ風音の中に、微かな羽音を聞いた気がした。

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