バッドエンド・ゲーマーズ

丸田信

1.果たし状

 Virtual Reality Cloud Platform――電脳空間に構築された統合ゲームサービス『リングライブ』にログインしたカッちゃんは、スタートポイントであるマイルームに狼男のアバター姿で降り立った。


 本来の自分自身とかけ離れたアバターの違和感は、数分もすれば自動調整される。これがリングライブの機能なのか、それとも人間が持つ順応能力なのか、カッちゃんはよくわかっていない。ほとんどのユーザーも、きっとわかっていないことだろう。


 とりあえずアバターがなじめば、それでいい。カッちゃんは順応調整の準備体操として、いつものようにダイアログを開いた。眼前に表示パネルが展開される。

 まず行うのは、メッセージの確認だ。届いていたメッセージは、五件。そのうち四件は販促のニュースであったが、最後の一件はフレンドから届いたものだった。


『カッちゃん、果たし状を受けたんだって!?』

 メッセージに目を通した直後、フレンドのトモPがマイルームに押し入ってきた。「カッちゃん、果たし状を受けたんだって!?」


 まったく同じことを繰り返し、重装甲の鎧騎士姿をアバターとしたトモPが、ガチャガチャと鎧が奏でる効果音を鳴らしながら迫ってくる。

 合鍵登録をした特別なフレンドは、マイルームに自由に出入りできるシステムなのだが、最低限インターホンくらいはつけるべきではないかと、カッちゃんはつねづね思っていた。


「トモP、耳が早いね」

「果たし状のニュースは、フレンドに逐一届くシステムになってるんだ。そりゃ嫌でも目に入る」

「へえ、そうだったんだ。身近に果たし状を受けたフレンドがいなかったから知らなかったよ」


 カッちゃんとトモPは、中学以来の親友だ。別高校に進学して直接会う機会は少なくなったが、リングライブでは毎日のように顔を合わせている。

 だから、つい先月変更したばかりの鎧のアバター姿もなれたものだ――が、この耳障りな効果音だけはいただけない。こっそりと効果音のボリュームをオフにした。


「いったい、何が原因で果たし状を受けることになったんだ?」

「うーん、ちょっとしたことなんだけど、偶然そういうことになっちゃって――」


 数千種類のゲームを中継するリングライブで、カッちゃんがもっとも熱中していたのは、チーム対抗で競う陣取りFPS『アラン・クランシー』だ。

 このゲームで、おもにスナイパーポジションについていたカッちゃんは、あるとき絶好調で1プレイ16キルという過去最高のスコアを叩き出した。ただキルの内訳は、10キルが同一プレイヤーから奪ったもの――狙っていたわけではないのだが、結果として復帰のたびに潰していったことになる。


 意図しない偶然なのだが、相手はそう受け取らなかった。ゲーム終了後、即座に果たし状を送ってきたのだ。言ってしまえば、ただの逆恨みだ。

 いくら苛立ったとしても、そこまで尾を引くほど怒ることなのかとカッちゃんは困惑する。


 リングライブの果たし状システムは、果たし状チケットを購入して一対一タイマン対戦を要求する仕組みになっているのだが、断ってもペナルティはないうえに、送った時点でチケットが消費されて無駄になるため使用者は極端に少ない。そんなものを使ってまで、決闘しようという気持ちがわからなかった。


「それで、果たし状を受けるのか?」

「うん、やろうと思ってる。万が一でも勝てたらポイントがもらえるらしいんだ。マイルームに置く新しいソファがほしかったから、ちょうどいいかなって」

「カッちゃんって、変なとこにこだわるよな。マイルームなんてゲーム行く前の通り道みたいなもんだろ」

「トモPはこだわらなすぎだよ。ここでまったりするのもいいもんだよ」


 ゲームのプレイ内容によって加点されるポイントは、マイルームを飾るアイテムと交換できた。果たし合いに勝利したときのポイントは1000点――通常10点単位の加点が多いことを思うと、破格の点数である。


 カッちゃんのようなマイルームのカタマイズを好むユーザーにとって、このポイントは非常に魅力的だ。敗北の際はステータスに不名誉な称号が付加されるという話だが、実績にさほど興味のないカッちゃんにとって、気後れする理由にはならなかった。


「勝負はいつなんだ? 果たし合いの見学がしたい」

「ちょうど一週間後」

「ずいぶんと先のことだな。その時期にでイベントでもやってんのか?」

「いや、そうじゃないんだ――」


 現実の自分と連動して、狼男のアバターがこめかみをかく。狼男はフサフサの獣毛で覆われているのだが、残念ながら触感だけは伝わらなかった。

 カッちゃんは表示パネルを展開して、果たし状の文面を開示する。


『カッちゃん殿、アラン・クランシーでの不本意な決着に納得がいかない。いま一度対戦を求む。

 勝負の場は、フー・ファイト。決戦日は2041年5月1日とする。

 差出人イカルガ丸。

 ※この果たし状を受ける場合は、下記の注意事項をご確認のうえ同意欄にチェックをお願いいたします』


 トモPは果たし状を読みあげて、ぐいっとカッちゃんに顔を向けた。鉄兜に隠れて目元を確認することはできないが、きっと丸くしているにちがいない。


「アラクラはチーム戦のゲームだから、タイマンできる対戦格闘の『フー・ファイト』を指定してきたんだと思う。こっちが未経験者なのはプレイ履歴を見ればわかるから、対戦日までの猶予は練習時間ってことかもしれないな」

「カッちゃん、フー・ファイトがどんなゲームか知ってるか?」

「ウワサは聞いたことがある。とんでもないクソゲーなんでしょ」


 10年以上前に実装された『フー・ファイト』は、リングライブのユーザーアバターのままで対戦できる格闘ゲームである。当時アバター使用の対戦ゲームが流行していたらしく、雨後のタケノコのように制作されたアバターゲームの一つという話だ。

 そのフー・ファイトはとにかくゲームバランスが悪く、いわゆるクソゲーと評され、悪い意味で有名な作品であった。

 ただ一部の物好きにカルト的な人気を博し、同時期実装されたゲームのほとんどが終了するなか、現在も現役でつづいている。


「むこうから指定してきたのは、よっぽど自信があるってことだろうな。勝つ算段はあるのか?」

「ないよ。今日、試しにやってみようと思ってたところで、まだ勝ち負けとか考えられる段階じゃない」

「そんなんで大丈夫かよ……」


 鎧騎士のアバターが大げさに肩をすくめてみせた。現実のトモPの姿が目に浮かぶようだ。


「まあ、やるだけやってみるよ。ダメモトなんだ、気にしたってしかたがない」


 お気楽なカッちゃんに対して、トモPはどことなく落ち着かない。立ち位置が反転してしまったような友人の態度に、狼男は首をかしげて疑念をあらわした。


「なあ、俺の知り合いにフー・ファイトの熱心なプレイヤーがいるんだ。そいつに……手伝わせようか?」

「それは助かる。ぜひ紹介してよ。攻略サイトを巡って練習するより、実際教えてもらったほうが絶対に身につく」


 トモPはゴテゴテした鉄籠手を握り込んで拳を作ると、ポンと腹部を叩いてみせた。組み重なった鎧の鉄板が、わかりやすく振動する。効果音をオフにしていなければ、きっとガチャガチャうるさかったことだろう。

 何か覚悟を決めたような妙な仕草が気になりはしたが、そこはスルーしておく。言いにくそうな雰囲気は、アバター越しでも伝わるものだ。


「わかった、話をつけてくる。ちょっと待っててくれ」


 言うが早いか、カッちゃんの目の前から鎧騎士が消えた。ピロリンと軽やかな音声が耳に届く。ログアウト時に奏でられる効果音だ。

 リングライブのフレンドなら、ゲーム内から連絡を送ることができる。一旦ログアウトしたということは、現実の知人なのだろうか。


 待つこと十分ほど――「お待たせ」と、トモPが再びマイルームに入ってきた。

「トモP、知り合いのプレイヤーって誰?」

「それは……まあ、いいじゃないか。話はつけてきた、フー・ファイトの入場口エントランスに行こう」


 トモPに急かされて、カッちゃんはマイルームを出た。

 通常リングライブが中継するゲームは、入場口エントランスと呼ばれるスタート地点で各種モードを選択してプレイすることになる。フー・ファイトもこの形式に則っており、大きな噴水が備わった公園風の入場口エントランスにまず足を踏み入れなければはじまらなかった。


 カルト的人気があるといっても、一般的には不人気に属するフー・ファイトの入場口エントランスは、やはり閑散としている。目につくアバターの数は、片手で数えられるほどしかいない。


「おっ、あれだ――」


 トモPの鎧兜が向いた先に、そのアバターはいた。

 自然と視線が引きつけられたのは、頭頂部にあるだ。雄々しくそそり立った、真っ赤なトサカに目が奪われる。


 白い羽毛をまとった体に黄色いクチバシ――そのアバターを一言であらわすなら、ニワトリ。二足歩行の腕組した雄鶏だった。

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