「ほんと、俺おかしくなったかも」


「んふふ。ふふふ。ふふふ、ふふ」


「部長気持ち悪いですよ、その笑い」


「だってさぁ…。……ねぇ?」


俺はそう言って今までわざと見ないでいた栄一くんの方をチラリ、と見る。「ふふふ」、と笑う口元をスケッチブックで隠す。


「………………まぁ、気は分かりますが…」


そう言って栄一くんは横にいる人物を見る。その表情はやや怪訝な顔をしていた。


そりゃそうだよね、知ってる。俺だって栄一くんの立場ならそんな顔をしてしまう。


そんな事を思いながら俺は顔をひょっこり出して栄一くんの隣にいる人物に声をかける。


「え〜っと…、優良ちゃん? なんでそこにいるのかな〜?」


栄一くんの隣にいる人物─優良ちゃん─はそんな俺の問いにニッコリと笑うだけで何も答えない。


あれ? 聞こえていない感じ? それともスルーされてる感じ?


すると栄一くんは少し眉をひそめて優良ちゃんに話しかけた。


「結城さん、今は自由スケッチの時間のはずですが…」


「センパイをスケッチしたくて…、ダメですか?」


「ダメではないですが、その両手には何も持っていませんよね?」


「まずはセンパイを隅から隅まで観察してからではダメですか?」


「観察は正しいですが、あなたの観察は限度を超えている気がしますね…」


「超えてませんよ! しっつれいですよ!」


「ぶっ」


明らか限度を超えているのにそれに気づいていないのか、気付かないふりをしているのか、そんな事を言う優良ちゃんのその言葉に思わず吹いてしまう。


「清水部長!」


間髪入れずに栄一くんが怒ったように俺の名前を呼ぶ。そりゃそうだよね、当人だもんね。笑われたら嫌だよね。


「あぁ、二人の会話が面白くて、つい」


本来なら「ごめんね」と言うべきなのだろうが俺の口をついてでたのはそんな言葉だった。


俺がそう言うと栄一くんは「はぁ…」とため息を吐いて優良ちゃんに席に戻るように言うが優良ちゃんはそれを許さない。


是が非でも隣にいたいようだ。


「…………………」


それを俺は何も言わずに頬杖をついて見つめる。


───あぁ、二人の会話が面白くて、つい


違う。

本当は違う。


本当は、面白いのは…、優良ちゃんだった。


言い方は悪い方かもしれないが栄一くんはどうでもよかった。でも優良ちゃんと会話をしている栄一くんが羨ましかった。


……俺も優良ちゃんと沢山話したいな


なんて思ってしまう。目を細めて二人を見る。初めてあったのは高校見学会で、だそうだ。あの日、俺はこれたま“面倒”という理由で全てを栄一くんに丸投げしてしまっていて家にいたのだ。くっそ。面倒事でもその場にいればよかった。


「……………いいな」


「……? 清水部長、何か言いましたか?」


「なぁんにも♪」


首を傾げる栄一くんに俺はいつもの笑顔でそう答える。


「…………………」


「そうですか」と言う栄一くんにバレないようにそっぽを向いて口元を抑えた。


何を、言ったんだ……。…二人に対して「いいな」、なんて。


「……………………」


なんて事を思ったのだろう、俺は。



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