「ほんと、愛着がほしいよ」
「はい、できたよ〜」
俺はそう言って出来上がった栄一くんの絵を本人に見せる。丁度読んでいた本のキリが良かったのか栄一くんは直ぐに差し出した絵を見てくれた。
「…………」
俺の絵を見た栄一くんは何も言わなかった。
ただ俺の描いた絵をまじまじと見ていた。
しかしそこまでくると何も言われないというのは少し不安が出来るわけでありまして。
「……あの、変なところあった?」
なんて俺らしくもない少し相手を伺うような声色で聞くと栄一くんは首を横に振った。
「いいえ。…素晴らしい出来だな、と思いまして」
栄一くんはそう言うと次にどこが良かっただの、ここが良かっただの、これはどうやって表したのかだのを言ってきた。それはどこかむず痒く、それでいて少しだけ…心に引っ掛かりを作った。
栄一くんの質問にある程度答えると最後に彼はこう言った。
「こんな短時間でよくここまで描けますよね」
「……そうかな?」
「そうですよ。まだ数分しか経っていないのにこの出来栄えは素晴らしいです」
「あはは! ほんと? ありがと〜。俺、ちょー嬉しい!」
できるだけ明るい声色でそう言う。
俺自身、早く描いているつもりはない。でも出来上がるとまだ10分も経っていない、なんて事はザラだ。
みんなはそれを羨ましがるけど俺は何時間もかけて描く人の方が羨ましい。
俺の絵は結局10分もあれば描けるもので、そこまで愛着もない。「捨てろ」と言われればポイッ、と捨てられるようなものばかりだ。そんな絵ばかりだ。
それに比べ、何時間もかけて描いた絵は「捨てろ」と言われても愛着が湧いてしまい、捨てられないだろう。そういう絵を俺は“自身の宝”と呼んでいる。
だから俺は自分の絵が好きにはなれない。自分の絵に愛着が持てない。コンクールになんか出せない。愛着のない絵を出して賞を持っても嬉しくもない。
この部活に入部してゆっくり描き、数日で出来た絵を一度だけ出した事がある。
受賞した。金賞だったがそれはただ虚しいだけだった。
俺の絵の価値はただが数日の価値なんだと、言われた気がした。俺の横で悔し涙を流していた銀賞の子の絵は何週間もかけて描いたそうだ。
───俺にはそっちの方が美しく見えた
「清水部長は絵が本当にお上手なのに…。どうして描かないんです?」
俺が描かない理由なんてそこら辺に落ちている石ころのようなモノだ。わざわざ口に出すまでもない。
「いや〜、面倒で」
俺はヘラッ、と笑ってそう言った。
おれは自分の絵に愛着が湧かない。それ即ち、愛せない。愛せない作品なんていらない。邪魔なだけだ。
───きっと
俺は栄一くんから受け取った自分の絵を見ながら思う。
───きっとこの絵もそのうち直ぐに忘れる
だから、と俺はスケッチブックを閉じた。
だから、絵はあまり描かないんだよ。
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