かえるの恋

あめ

雨とカエル


雨が降っている。しとしと、静かに降っている。


この灰色の空が、湿り気を帯びた空気が、僕は結構好きなんだ。


灰色の景色の中に、紫陽花の色がよく映えている。なんの気なしに、その紫陽花の花のひとつを手にとった。小さくて可愛い花。





空を見上げていた君はゆっくりビニール傘を開いて、ふぅ、とため息をついた。


少し濡れてしまったのか、まつ毛に雨粒がのっている。


鈍く光り、君の瞳を反射するその雨粒は、まるで宝石みたいだ。


「何やってるんだろうなぁ、こんな日に。」


君はぽつりと呟く。


どうしたんだい、何かあったの?



「大切な人が、いなくなってしまったの。もう2年も前の事なのだけど、ずっとずっと、忘れられないの。こんな雨の日は特にね、外になんて出たくなかったの。」



ああ、そうなのか。僕にとってはこんなにも心地いい日なのだけど、君にとっては辛いんだね。



大丈夫。今はまだ辛いだろうし、忘れるなんて出来やしないだろうけど、君の人生は今だけじゃないのだから。辛い時期が通り過ぎれば、晴れやかな日々はきっとやってくるんだ。



忘れてほしくはない。けど、僕の願いは君が笑顔でこれからを送ることなんだ。



だからこうして、君に会いに来たんだよ。



僕はそっと、紫陽花の花を彼女に差し出した。














遠くの空は明るくなっていて、雲の切れ目から細い光が降っている。


どうやら、雨はあっという間に通り過ぎていくようだ。小雨になっている。



彼の命日だった。花を供えにきていた。


急に雨が降り出して、コンビニでビニール傘を買って、彼の元まで来た。


2年前よりも少し、汚れているお墓の前でしゃがんでいたら、どこからか小さなカエルが現れたの。


表情豊かに見えるそのカエルと、ふとお話してみたくなったの。


私の言葉をじっくりと聞いてくれているようなカエルは、紫陽花の花を持っていたの。カエルって器用なのね。




『紫陽花、好きなんだ。どれだけ暑くても、どれだけ強い雨が降っても、凛と花咲かせていて、なのに小さな花が集まっているのがやけに可愛いんだ。』


彼が雨の日に、こんなような事を言っていたなぁ。もしかして、このカエルは彼の生まれ変わりなんだろうか。なんて、思ってしまう。


花をカエルから受け取り、私は笑ってみせた。



「今はまだ、すごく辛い。あなたの事が愛しくてたまらない。だけど、私、ちゃんと幸せになるから。だからもう少しだけ、あなたとの思い出に、縋らせて。」














気がつけば雨はやんでいた。


濡れている地面と、

水たまりに夕陽が反射して、眩しかった。



「さようなら、カエルさん。あなたはもう、行ってしまっていいのよ。」



大丈夫、ちゃんと私は前を向くのだから。

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かえるの恋 あめ @ame_627

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