春
渡会圭
第1話
春の日。
温かい日差しの中で、可愛い君に側に咲いてた花を渡す。俺は本当に臆病で自分を守る事ばかりを考えているちっぽけでつまらない人間だけど。
言葉にできないこの思いを花に込めて。
ブランド物でもない、店でさえ買った物じゃない。もらってもSNSで全く自慢できない。
こんな小さなプレゼント。
君が喜んでくれるなら、俺は君に思いを伝えようと思う。試すような事してゴメン。
でも、それくらい臆病な俺を君は変えてくれたんだ。アニメだとか、小説だとか。推しのキャラの女の子を好きになってたのは、憧れて好きになる分には俺は傷つかないから。俺が思う理想の女の子。
でも、それは幻想で。孤独で、誰にも迷惑をかけず、世の中にひっそりと存在してた俺。そんな俺が君と出会って、少しずつ少しずつ変わっていったんだ。本当に君は呆れるくらいお節介な人だった。
ただのクラスメイトだった君。
初めは、空気と同じ存在だった。
ただ、そこに存在するもの。
自分が生きていくのに、本当は大切なのに、俺はそれが当たり前だと思ってたから。学生生活の付随品くらいにしか思ってなかったんだ。ハンバーガーについてくるポテトと同じ位の感覚。
でも、それは俺自身も他人からそう思われてるんだろうなと思ってた。いや、むしろ付いてきても喜ばれない付随品の類いかもしれない。だから、ずっと1人だった。
でも、お節介で、クラスになじめてない俺に少しずつ声をかけてくれた君。野良猫をあやすように、初めは全く、上手い程不用意に近づかなかった。本当に必要な最低限。でもたまに天気について、気まぐれに声をかけるくらい。必要な事、そうでない事を話すようになるまでに夏になった。
そして、一年の行事の中で、俺は嫌でも君と関わるようになって。君という人を、俺の視界に、やっと入れるようになったんだ。そして、俺も君の事を観察するようになった。
眺めていた君は、思ったよりも良く泣いて笑って怒った。女の子ってこんな簡単な事で、怒って泣いて、笑うんだって初めて知った。もっと大人っぽくて、感情もない冷めた生き物なんだって思ってた。
でも、そうじゃなかった。人間なんだって、生きてるんだって思った。女子はいつも男子を見下して、利用して、自分の持ち物みたいに思ってるんだって勝手に想像してたから。でも、思ったより優しくて、厳しくて、人の事を良く見てるなって。
俺のちょっと斜めな考え方を、笑い飛ばす位、明るい君。俺は多分一から。知人じゃなくて、ただ一人の人間として……。愛とか、恋とか、自分には全く関係のないものだって、あきらめてた俺だけど。
それでも。
「ありがとう、可愛いね」
「卒業記念って事で」
「花? 卒業式無かったのに?」
「だから、今日が卒業式」
「何ソレ? アオハル気取ってるの? 似合わない。ウケるね」
たったこれだけの贈り物に。
笑顔を見せてくれる君。
でも、掌の中に大事そうに握ってくれた。
ありがとう、受け取ってくれて。
こんな穏やかで、泣きそうな事が。
この世の中にあると思ってなかった。
なんの変哲もない日々が。
いつまでも、いつまでも続くように願う。
春の自然はとても豊かで。
遅咲きの桜の花が色とりどりに咲き乱れ。
俺はその色の鮮やかさに目を奪われるんだ。
何度も。何度でも。
都会に育った俺はビルの隙間から覗く暗い空と、人工的に作りだされた緑にしか触れてこなかったから。でも、ここは違った。
「今日は暖かいよ」
まだ勇気が出ない俺は君から顔を逸らした。
好きだという気持ちと、こんな俺を変えてくれた君に。俺はどうやって気持ちを伝えたら良いだろう。このままでずっといられるなんて思ってないけど。一生懸命に生きていけば。何かが穏やかに変わっていくはずだから。
人の気持ちだとか。
好きだと思う心だとか。
俺が変わっていったように。
「もう春だもん。どうしたの? なんか変だよ?」
「変かも。だって、こんなもったいない時間過ごしたの久しぶりなんだ。何もしないでほんやり景色眺めるなんて。案外気持ち良いもんなんだと思って」
「これだからオタクは。家で本読んで、勉強してるだけが人生じゃないんだよ」
「リア充の上から目線、ムカつく」
「勉強オタクの、自分以外はゴミって思ってる人よりマシだと思う」
「それって俺の事?」
「他に誰がいるの? クラスで浮きまくってたの、少しは分かってるんでしょ?」
「……」
「ヤバイ、そこまで空気よめない人間っているんだね。めちゃくちゃウケる」
むすっとした俺の顔をみて、君が笑いだしたから。俺もしょうがないなって思って少し笑った。
俺はこんなに笑うヤツだったかな。君と過ごす時間は、穏やかに緩やかに過ぎていく。
「あー、でも少し寂しくなるね。皆と何もなくてバラバラになるの」
あぁ。俺もそう思うよ。
こんな俺でも、そういう感情があるって思った。
この世は。
美しい世界だと思う。
残酷な世界だと思う。
それでも。
でも。
俺は春になるたびに、君に花を渡した事を思い出す。きっと、春の暖かい日差しと共に。君への想いを織り込むように。
花に。
想いを乗せた事。
このひたすらに、平和な日々が。
いつまでも、いつまでも続きますように。
お互い夢や希望なんていう、綺麗なものを捨てませんように。
俺は、人の役に立とうって、頑張ってた小さな頃の夢を、君と会って、やっと思い出したよ。
春からそのために、必死に頑張ってみるよ。
時代のせいに環境のせいにしない。
そして、人の役に立つのは、強さとか知識だけじゃなくて。優しさとか、親切だとか、言葉だとか、文字とか。困ってる人に少し手を差し伸べることだとか。そんな小さなことだって、君が教えてくれたから。
英雄のように目に映る全ての人を助けられる俺じゃない。でも、今から暮らしていく中で、俺が人の役にたっていけばいいんだ。そうやって、君が俺にしてくれた事を返していけばいいんだ。
この先、生きていく中で。
今は離れ離れになっても。
連絡さえ取れるなら。いつか、君と。
特別な感情が、生まれたら良いな。
嬉しいだとか。
楽しいだとか。
愛しいだとか。
そう思って今は君との別れを。
皆との別れを、ちゃんと出来なかった事を俺は心の中に引きずったりしない。そう心に決めたんだ。
ありがとう、それだけを。
今は君へ。
花に想いを込めて。
春 渡会圭 @wataraikei
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