本当は笑えるギリシャ神話~天翔ペルセウス編~

秋月白兎

第1話 英雄誕生

 古代ギリシャの一州アルゴスという地にイーナコスという河がありました。それはこの地を治めた初期の王と同じ名前。彼は大洋神オケアノスとその妻テーテュースから生まれたとされています。


 ちょっとややこしいですが、それって要するに神様なんじゃ……? と思いきや実際に河神とされてもいるようです。そのイーナコスの娘に美少女イオがいました。


 この血統には長いバージョンもあります。簡単に(ならない気もしますが)説明しますと、イーナコスの息子にポローネウスとアイギアレウスがいました。全身に目があるというアルゴスはこのアイギアレウスの五代目の孫。アルゴスは怪力の巨人で、「全てを見通す者」という渾名を持っていました。納得ですね。


 このアルゴスの妻が河神アーソーポスの娘イスメーネー。二人の間にイーアソスが生まれ、その娘が美少女イオでした。


 長い上に覚えにくい血統ですね。私も資料を見ないと無理です。

 さて、このアルゴス地方は古来ヘラ様信仰の中心地でした。そう、あのゼウスの正妻ヘラ様です。「イリアス」の中でもヘラ様が自分の最も愛する地の一つとして挙げているくらいです。


「最も愛する地」なのに「そのうちの一つ」ですが。


 イオはこのヘラ様の神殿に仕える巫女の一人でした。そして運の悪い事にかなりの美少女だったのです。なぜ美少女である事が不運なのか? それはゼウスに目をつけられ、ヘラ様の嫉妬を買ってしまうからです。実際にイオはゼウスの目にとまり、早速「一時の恋」の犠牲になってしまいました。お約束の展開ですね。


 すかさずそれを察するヘラ様。電光石火の勢いで地上に降りてきます。ヤバいですゼウス。「ヤッバ! アイツが来てまうやんけ!」とパニくったゼウスは咄嗟にイオを純白の牝牛に変化させます。無茶ですけど凄いですね。さすがは最高神です。



「おんどりゃその女と何さらしとんじゃ! このド腐れがぁ!」


「い、いやよう見てみぃ! めっちゃ珍しいやろこの真っ白い牝牛! せやからワシは珍しいやっちゃなぁ~て……な? 分かるやろ? 女なんておらへんて!」



 こんな白々しい芝居に引っ掛かるヘラ様ではありません。が、ゼウスの性格も良く分かっています。なので別方面から攻める事にしました。



「確かに……めっちゃ綺麗やなぁこの牝牛。なんちゅうてもウチは牝牛と縁のある女神やさかいなぁ……放っておけへんわ」


「せやろ? せやからワシもこの牛を大事にせぇへんとなぁ思ぅて……」


「それはそれは有り難い事ですなぁ……ほな、この牝牛……ウチにくれへんか? ウチを象徴する聖獣も牝牛なんやし」


「へ?」



 こうしてゼウスが断りきれないように話を持って行き、牝牛を貰い受けたのです。ヘラ様がどう扱ったのかと言うと、ミュケーナイの森の奥でオリーブの木につなぎ、手下であるアルゴスに見張らせました。つまり「二度と人間には戻らせたらへんで! 一生牛の姿で生きていくがええわ!」と言うワケですね。さすがの残酷さです。


 というか、このアルゴスは牛に変えられた自分の子孫を見張っているワケですよね。これまた残酷な……。


 ゼウスもこれを放置するわけにもいかず、お使い神ヘルメスを送り助け出そうとします。が、アルゴスは百とも千ともいわれる目を順番に休ませ、常に(文字通り)目を光らせていました。これではヘルメスと言えども簡単には手を出せません。


 そこでヘルメスは「誰でも眠らせる魔法の錫杖」と得意の「笙の笛」のコンボでアルゴスの全ての目を眠らせる事に成功。彼の首を切り落とします。ああ、なんと言う事に……子孫を見張らされていただけなのに……。


 とにかく、こうして解放されたイオ。ですがそう簡単には幸せになれません。この事態を察知したヘラ様はすかさず次の手を打つのです。正面からゼウスの行動を掣肘する事は出来ない(浮気以外は)ので、凶悪な虻を送り込み、イオ(牝牛)の耳に入り込ませて絶え間なく刺し続けさせたのです。


 うう、想像するだけで痛そうです。まさに拷問ですね……。


 半狂乱になって逃げ出すイオ(牝牛)。ですが耳の中に入り込んでいるのでどうにもできません。イオ(牝牛)は憐れにもそのままの姿で諸国を彷徨い歩くのです。


 西へ進みイオニアの海岸を辿り、イリュアを過ぎハイモス山からエウロパとアジアを隔てる海峡を渡ります。この事からここはポスポロス(牝牛の渡り)海峡と呼ばれる事となりました。


 更にイオ(牝牛)の旅は続き、プロメテウスが鎖で繋がれているスキュティア山脈の下を通過します。この時プロメテウスは、同じようにゼウスのせいで苦しむイオを憐れんでその将来の苦行と救いを予言してやるのでした。どちらかと言えば虻を何とかしてやる方が喜んだ事でしょうね。しかしプロメテウスもヘラ様まで怒らせたくはなかったのでしょう。


 彼女の旅はなおも続き、遂にエジプトにまで達します。ここに至ってようやくお使い神ヘルメス再度がやって来て虻を退治。次いで彼女を人間の姿に戻してやるのです。ああ、やっと……よかったですね。


 イオは間もなくゼウスの子を産みます。その子はゼウスが触れただけで産まれたので「触れた」を意味するエパポスと呼ばれます……が、絶対に嘘ですね。あのスケベ親父が「それだけ」で済ます筈がありません。


 ナイル川のほとりで産まれたこの子をヘラ様が隠したという説もあるようです。イオは子供を探して歩き、シリアのピュプロスの王妃の許で見つけ、その後エジプトに赴きテーレゴノス王と結婚したといいます。エジプトでイシスとして信仰する神は本当はイオだとかデメテール様だとか言う説もあるそうです。


 さて、エパポスはその後エジプトのファラオとなり、娘リビュアーを儲け、リビュアーはポセイドンと契り双子を産みます。双子の男児はそれぞれフェニキアとエジプトの王となります。


 その子孫にアクリシオスというアルゴスの王様がいました。一人娘ダナエーが産まれたのはいいのですが、それっきりで他には全く産まれませんでした。このままでは世継ぎ問題が発生します。そこで神託を伺ったところ、ダナエーから息子が生まれ、自分は将来その子にSATSUGAIされる事になるだろうと言うのです。


 慌てた王は青銅の密室を地下に(或いは高い塔の中に)設け、ダナエーをその中に住まわせて何人たりとも近付く事を禁じたのです。青銅の部屋……健康被害が心配ですね。昔はそんな事を考えもしなかったのでしょうけど。


 しかしそんな事は関係ないのがゼウスです。ダナエーの美貌に気付いたゼウスは黄金の雨に姿を変えて侵入に成功。雨漏り対策はイマイチだったようですね。


 当然ながらめでたくご懐妊します。よく考えたら彼女もゼウスの子孫なんですが……関係ないんでしょうね、ゼウスには。神様ですし。


 一説にはダナエーと見張りの女が共謀してこっそりと産み、子供が三、四歳になってから遊び声でバレたともあります。


 なんにせよ驚天動地のアクリシオス王。しかし可愛い可愛い一人娘。まさかSATSUGAIする事もできません。ダナエーと産まれた男児を木の箱に封じこめ、通気口だけ開けて海へと投げ入れさせました。二人の運命を波と風に任せたのです。十分酷い仕打ちに見えますが、せめてもの情けというヤツなんでしょうか。


 アルゴスの浜辺から運ばれた木箱はやがてエーゲ海に浮かぶセーリポス島に辿り着きました。詩人シモーニデースの傑作と言われる「ダナエーの歌」はこの箱の中でダナエーが涙ながらに男児ペルセウスをあやしながら歌うという設定だそうです。


 さて、ダナエー達の木箱を拾ったのは島の王ポリュデクテースの弟ディクテュスでした。この兄弟はアクリシオス王の先祖であるダナイデスの一人アミュモネーの子孫。つまり遠縁の親戚です。しかし当事者達には分かりません。分かってもメチャクチャ遠縁なので他人同然です。


 とにかく我儘&強欲な兄王と違い、(王族なのに)海で漁をして暮らしているディクテュスは優しい親切な男でした。この人の世話になり、母子はようやく平穏な生活を送り、幼子ペルセウスは遂に成人するのでした。

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