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 その日、良祐さんはオフだった。天気が良ければオフの日は大抵彼はランニングに出る。もちろんその日も彼は、昼過ぎにランニングの格好で出かけていた。


 夕食の鯖の味噌煮を作り始めようとして、私はポカをやらかしたことに気づいた。


 ショウガが切れている……


 買っておいたと思っていたが、よく考えたら昨日の豚肉の生姜焼きに使ってしまっていた。ショウガを入れない鯖味噌は、生臭くて私はとても食べられない。


 しょうがない(ダジャレではない)。良祐さんに買ってきてもらおう。


「良祐さんに電話」


 私はスマホに向かって話しかける。呼び出し音。1回、2回、3回……


 ダメだ。10回以上鳴らしてみたけど、良祐さんは出ようとしない。


 おかしい。彼がランニングに出るときは、必ず携帯を持って行く。いつもならこういうときはすぐに出るはず。


 通話を切って、私はSMSを立ち上げる。音声入力。


「帰り際にショウガ買ってきて」


 送信。返信は来ない。だが、これで伝わっただろう。私は鯖味噌以外のおかずを先に片付けることにする。


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「ただいま。ショウガ買ってきたよ」


 そう言って良祐さんが差し出したのは、チューブのおろしショウガだった……この人にとってショウガというのは、これなんだろうか……


「……」


 私が呆れ顔になったのに気づいた彼が、訝しげに首をかしげる。


「……なんか、違った?」


「ううん。これでもいいわ。ありがと」私は笑顔を作ってみせる。


 まあ、別におろしショウガでも鯖味噌は作れるけどね……


「良かった。汗かいたから、軽くシャワー浴びてくるよ」


 そう言って良祐さんは背を向け、ダイニングを後にする。


 その時だった。


「……!」


 また、かすかに匂ったのだ。例の「エタニティ」の香りが。これで三回目。もはや偶然とは思えない。


 私の中に渦巻いている疑惑の色が、一気に濃さを増した。


 だけど。


 まだ本当に浮気、って決まったわけじゃない。何か別な理由があるのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。


 そんな風に無理矢理自分に言い聞かせる。でも……こうなってくると、やっぱり真実を確かめたい。


 良祐さんに直接聞く? だけど、それをしてしまうと、良祐さんを疑っていることが明らかになってしまう。それは彼にとっても心外だろう。


 どうしたらいいのだろうか……


 とりあえず、今は夕食の準備をしなくては。気を取り直した私は、冷蔵庫から鯖の切り身を取り出す。


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