スポはじ×ママチャリ無双・外伝 ~スタンディングスティルと長い一日~
古城ろっく@感想大感謝祭!!
第1話 スタンディングに興味があるでござるな
残暑も落ち着いてきた季節の、とある休日。普通の大学生こと不知火アキラは、自転車を漕いでいた。
ピッカピカに磨かれた、手入れの行き届いたクロスバイクだ。Bianchi
チェレステカラーと呼ばれる翡翠色の綺麗なフレーム。そして前後ディスクブレーキに、クロスバイクとしては少し珍しいshimano Tiagraの足回り。
それに乗る彼自身は、割とラフな格好だった。ジーパンにTシャツ、その上から軽くパーカーを羽織っただけの姿は、
(俺、今日はちょっとイケてるかな?)
本人にしてみれば格好つけた結果らしい。今日は彼にとって、少しだけ特別な一日だった。
(まあ、自転車を習うだけだし、デートってわけでもないけどさ)
女の子と会う予定があるのだ。
「おお、アキラ殿。約束の時間より30分も早いでござるな」
集合場所である公園に現れたのは、語尾に『ござる』とつける妙な女子。天地ユイだ。
今回の待ち合わせの女子高生である。ちなみに、武士の末裔とか現代に潜む忍者とか、そういった事情のある人ではない。本人曰く、その喋り方は『中学時代から引きずったキャラ設定』とのこと。
哀しき中二病の名残だ。
「よう、ユイ。今日はいつもと違う髪型なんだな」
「お。アキラ殿、意外とよく気付くでござるな。いや、気付くのは当然としても、積極的にそういうことを言っていくのが重要でござるよ」
「そんなもんか?」
「うむ。少なくとも友人であれば、そういうものでござる。……あまり良く思ってない相手から言われると、逆に嫌悪感があるのでござるが」
いつもなら下ろしているはずのセミロングの茶髪を、ポニーテールに変えてきていたユイ。少しだぼっとした真っ白のサマーセーターと、対照的にピタッとしたホットパンツ姿の彼女は、いつもより少しスポーティな印象である。
そんな彼女は、まだ愛車であるママチャリに跨ったままだった。
跨ったまま……どころか、両足をそれぞれペダルに乗せたままである。
「やっぱそれ、すげーよな。なんで倒れないんだ?」
アキラは感心する。ユイは地面に脚をつけないまま、自転車に乗った状態で止まっていた。
普通は、自転車で停止した場合、左右のどちらかに倒れるだろう。しかしユイの自転車は倒れないのだ。
別に車体自体に何か特殊な仕掛けがなされているわけではない。確かに足回りの部品は改造されているが、バランスを取っているのはユイ自身だ。
「ふっふっふ、凄いでござろう?」
「ああ、カッコイイよ。俺にも出来るのかな?」
「うむ。その原理やコツに関しても教えるでござるよ。今日はたっぷり練習でござるな」
ユイが言うと、アキラはわざと恭しく「よろしくお願いします」などと言って見せた。
今日の約束とは、これであった。
昨日の午後、偶然にも行きつけの自転車店でユイと会ったアキラは、思い出したように聞いたのだ。
「そういえば、ユイがやってたアレ、あの……何だっけ?足つかないで自転車を止めるやつ」
「スタンディングスティルでござるか?」
「それそれ。そのやり方、俺にも教えてくれよ」
「うむ。いいでござるよ。予定が空いてる日などあれば言ってほしいでござる」
「明日はどうだ?」
「急でござるな……まあ、日曜日じゃし、拙者も暇でござるけど」
と、まあ、
そんなちょっとした思い付きで、今日の約束を取り付けたのだった。
「さて、アキラ殿。理屈はさておき、まずは感覚から掴んでみるのでござる。ゆっくり自転車を走らせることはできるでござるかな?」
「まあ、出来るぜ。でも、理屈はさておいちゃっていいのかよ?」
てっきり自転車が倒れない原理でも教えてくれるものだと思っていたアキラは、まさか何も説明されないまま実践させられそうになるとは思ってなかった。
しかし、ユイに言わせれば、
「こういうのは、やってるうちに理屈など解らなくても出来るようになるのでござるよ。……まあ、その人のセンス次第でござるけどな。例えば、アキラ殿はなぜ自転車を漕いでいる時に転ばないか、その理屈が分かるでござるか?」
「いや、知らない」
アキラが正直に答えると、ユイは鼻を鳴らして偉そうに胸を反らした。かぎ編みのセーター越しに、ピンクのブラトップが透けて見える。ずいぶん涼しそうに見える格好だ。
「結局、物理的な法則など知らずとも、乗れる人は乗れるのでござる。ごちゃごちゃ考える方が得意なタイプもいると思うのでござるが、体で覚える方が一般的でござるからな」
「なるほど。頭より身体を使えって事だな。よし、やってみるよ」
おそらく何度もブレーキと再スタートを繰り返すと予想したアキラは、ギアをあらかじめ下げておく。
「まずは普通に走り出して、可能な限り減速するでござる。理想としては、一瞬でも完全停止できると良いでござるな」
「ビンディングシューズは?」
「使っちゃダメでござる。慣れるまでは、普通の靴で乗ることでござるな」
「分かった」
素直に、アキラが走り出す。そしてブレーキ……
「お、っとっとっと……」
これでも、アキラも随分長い距離を、このクロスバイクと共に走って来た。その車体は自分の手足のように操れると思っている。ユイに比べれば、まだまだだが。
ハンドルを左右に細かく振りながら、なんとか転ばないように姿勢を保つ。ぐりぐりと前輪を地面に押し付けるように、小刻みにハンドルを動かしながらの蛇行運転。今のアキラにとって、これが限界だった。
なので、もう少しでもブレーキをかけると……
「うわっ!?……と」
転びかけて、足をついてしまう。
「今の感じで良いでござるよ。そのまま、失速することに慣れていくのでござる」
「お、おう。分かった」
アキラは、今の感覚をだいたい感じ取っていた。今までと同じように、ハンドルをぐりぐりと回してバランスを取りながら、歩くよりも遅い速度で走らせる。
サイコンには2.5km/hと表示された。もはやそれすら、どの程度の信憑性がある表示なのか分からない。
その様子を遠巻きに見ていたユイは、にやりと笑った。
(うむ。このまま練習を続けていれば、お昼までには1秒ほどの停止は出来るようになるでござろう)
アキラのペダルは、きちんと左右の高さが均一になるように構えられている。右足を前に出して、左足を後ろへ振り切った姿勢だ。悪くない。
どちらが利き足なのかによっても変わるが、まあそれに関してはどっちが前でもいいだろう。
――この時のユイは、これで順風満帆だと思っていたのだ。
――3時間後。
「なあ、ユイ」
公園のベンチに座ったアキラは、死んだ魚のような目で天を仰いでいた。
「あのさ。俺、ちょっとは上手くなってる?」
「いや、まるで成長していないでござる」
「マジか」
「うむ。もう、何がしたいのか分からぬレベルでござるよ」
「……スタンディングスティルが、したいです」
「諦めて試合終了せぬか?」
フォームを見直し、さまざまな練習方法を探り、やれることは全てやった。前輪を壁に押し付けて練習したり、坂道になっているところを探して試してみたり、その他もろもろ……
結果として、何も変わっていない。結局アキラは、そのブレーキを完全停止に使えないままだったのだ。
「俺、もしかして才能ないのかな?」
さすがに、これほど長い時間にわたる地味な練習は、精神にも負担をかける。アキラの気持ちは折れかかっていた。
「ふむ。これは重傷でござるな」
そうつぶやいたユイは、自分のママチャリへと駆け寄る。彼女が無茶な改造を施した、ブリヂストン ビレッタ。ロードバイク用の足回りを組み込むことで、圧倒的な速度を出せるようにしたマシンだ。見た目はしっかりママチャリだが。
その後ろカゴに積んだトートバッグから、彼女は重箱を取り出す。チープなプラスチック製の2段重ねだ。
「何だ?それ」
「ふっふっふー。どうせ昼までに完全習得するのは不可能だと思っていたでござるからな。お弁当を作ってきたのでござるよ」
「え?ユイが?」
「うむ。ちょっと頑張って早起きしたでござる」
再びベンチに戻ってきたユイが、アキラと自分の座る間に風呂敷を広げる。その上に重箱を置いて、そっと開いた。
「おお……」
おかずの段には、若干いびつなハンバーグや、レタスとミニトマトのサラダ。ウズラのゆで卵をベーコンで巻いてピックで止めたり、ちくわにアスパラを挿して焼いたりと、少し凝った料理も入っている。
ご飯の段には、しらすと鮭フレークが、紅白の縞模様を斜めに描く。大きめの箱にギッシリ入っているのは、二人で適当につつく想定だからだ。
「な、なんていうか、意外な特技だな。普段からこういうの、作るの?」
「む?……いや、恥ずかしながら、ほぼ初挑戦でござる。いろいろスマホで調べて、昨日のうちに適当に買い出しして、の」
「すげーじゃん」
アキラが素直に褒めると、ユイはアキラの目を見て数回ぱちくりと瞬きした。実は褒められるとは思っていたのだが、こうして実際に言われてみると感慨深い何かが胸に来る。
「う、うむ。頑張ったでござるよ」
さっと目を反らしたユイが、小さくそう言う。最後の方は、小さすぎてアキラの耳に届かなかった。
食後――
「ユイって、そんなに小食だっけ?」
「いや、むしろ普通より食べる量は多いと思うのでござるが……今日はなんか、急にお腹がいっぱいになったような気がするでござる」
「作りすぎってわけか」
「あはは。そうでござるな。……あ、気にしなくても大丈夫でござるよ。無理して多めに食べても、午後からの練習に支障が出るでござるからな」
そう、今日は公園デートが目的ではない。アキラのスタンディング練習がメインだ。
「あ、でもゴメン。俺、すぐには動きたくないかも。ちょっと食い過ぎた」
いつもの癖と嬉しさから、やや苦しくなるほどまで食べてしまったアキラ。ちなみに味については、ユイによる『どうでござるか?』に答えるので精いっぱいだったのでよく分からない。なんと答えたかさえ、ろくに覚えていない始末だ。
「ふむ……それでは、このまま座学でも始めるでござるか」
「え?」
てっきり午後からも同じような練習が続くと思っていたアキラは、少し驚いた。
「まあ、拙者は身体で覚えるタイプでござったが、どうやらアキラ殿は違うみたいでござる。ならば、理屈から説明した方が上手く行く可能性もあるでござろう」
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