基本的人権
瑞記
第1話
大人が私たちをバカにしていることなんて、とうの昔に知っているのだ。彼らは私たちを憐れむことで相対的に自分の立場を上げている。憐憫の目を向け救済の手を差し伸べようとする裏側で、私たちのことを嘲っている。彼らに自覚がなかったとしても、それは私たちを貶める行為に他ならない。
でも、私たちはそんなこと気にしなかった。気にするだけ無駄だ。踊る阿呆は見る気にもならない。私たちには仕事がある。私たちなりの秩序と社会がある。それを乱す大人には立ち向かうべきだが、外野から騒ぎ立てるような大人は視界に入れることすら無駄だ。
勘違いしないでもらいたいのだが、私は上官や食堂のおばちゃんや事務のおじさんに対してはきちんと敬意をはらっている。彼らがいないと生きていくことすらままならない。彼らは私たちの仕事と立場を深く理解した上で対等に接してくれる。私たちは彼らを守る盾となり、彼らと共に戦い、彼らはその対価として生活の場と安寧を与えてくれる。これは憐憫などではない。対等な取引だ。そして取引相手には深い感謝と信頼、そして敬意をもって接するのが私なりの哲学。
要は、ガキだと思ってナメんなよ、エゴイストどもが。
たしかに私はまだ子供だ。だが、それでも一人の兵士だ。生活と安寧を与えてくれる軍という組織に忠誠を誓い、命をかけて組織の基盤である国を守る。勤め人と変わらぬいっぱしの人間なのである。
祖国から捨てられ祖国に刃を向けることとなった孤児ではあるが、責務を果たし自らの仕事を全うする私たちは一人前の人間なのだ。一人前の人間同士は対等であるべきだと言ったのはこの国だ。祖国の階級制度は過ちであると刷り込んだのもこの国だ。人間の間に年齢も貴賤も関係はない。人間同士である以上大人が私たち孤児兵を侮辱していいはずがない。無意識の傲慢から向けられる憐憫などたとえ悪意がなくとも侮辱に他ならない。ああ、やはり腹立たしい!
……なによりも腹立たしいのは、私自身のこの感情だ。無視すべき見当違いの大人たちを無視することができず勝手に憤りを感じてしまうこの感情こそが私の未熟さを表している。責任能力のない庇護すべき子ども、半人前の幼児らとなんら変わりのない情動面。許しがたい。
深く細いため息をついたところで輸送車が止まる。作戦任務の時間だ。上官の号令に従い立ち上がった。
「再度任務内容をさらう。本日行うものは夷狄排除任務。当区画で隣国の民が観測された。国境近くとはいえ彼らは国土を侵した犯罪者。人間ではない。これを掃討するように」
「はっ!」
荷台の戸が開く。
今日も私たちは、自らの生活と安寧、そしてそれを支えてくれる人々のために戦う。
「は〜相変わらず宿無し子たちは素直なことで」
「少尉、そのような発言が彼らの耳に入ると士気に関わります」
「おまえの目は節穴か? 編成をよく見てみろ。もうじき十五になるやつばかりだろう」
「と、申されますと」
孤児小隊の動きを見ながらその後ろで指揮官二人が立ち話をしている。伍長は背中で拳を握る立ち姿を崩さなかったが、隊員たちが振り向かないのをいいことに少尉は煙草をふかしていた。
「ああ……そういやおまえは兵卒あがりだったか。なら知らないのも無理はない。あいつらは十五になったら処分されるんだよ」
「処分、ですか」
「あいつら自身も知らんことだが人間じゃないんだからな。合法だ」
人間じゃない。その一言で合点が行った。そうか、彼らは戒法に記される人間としての条件を満たしていないヒトだったのか。そうと分かれば彼らの出自にも予想がつく。人間でないと定義されるヒトは『無法者』『外国人』『思想反逆者』がほとんどだ。
人間でないものはよろずの権利を持ち合わせない。この国の大原則だった。
「しかしながら、なぜ彼らを処分する必要があるのですか。彼らは従順です」
崩せば肉になる家畜とは違う。優秀な武器をわざわざ解体する理由が分からなかった。
「一つは危険だから。飼う時間が長ければ長いほどやつらも知恵をつける。自身が人間でないことを知れば叛逆の可能性が高まる。一つはあんまり肥え太らせても食料資源が無駄だから。一つは需要に対して供給が間に合いすぎているから。そして……」
度重なる戦争に勝利し続け肥大化を続けたこの国は、周辺諸国と比べてあまりに裕福だった。国境を一歩越えれば明日の命さえ危うい荒野だというのに都市に住む国民たちは平和ボケとも思えるほどの暢気な暮らしを謳歌し、行き過ぎた平和は人口爆発の引き金となった。
少尉は最後の理由を口にする。
「もう一つは『戦争がどういうものか忘れないため』だそうだ。無力非武装のヒトに銃を向けた時の表情なんて、おまえ、知らないだろ。俺たち士官はヒトを殺すことの残虐性を深く理解して戦争を防がにゃならんのだと。そのために処分の役割を仰せつかる」
「なるほど。当小隊の処分を担当するのは我々ですか」
「察しが良いと長生きできないぞ」
少尉は燃え尽きた煙草を足元に落として火をザリザリと踏み消した。新しい煙草をくわえる。肺の奥にまで苦い煙を吸い込めば身体のあちこちが病的に引き締まった。伍長は優秀だ。自分が数年かけて理解したこのシステムの真意を、彼は一度で見抜いてしまうのだろう。少尉の吐く煙に深いため息が混ざる。
お上は、楽しんでいる。一方的な虐殺ショーと、荒んでいく士官らの表情。
そしてなによりも、子どもたちの断末魔を。
基本的人権 瑞記 @Mzk_210
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