まりかの血統書

 俺が怪訝そうな顔を向けると、まりかは「ひっ」と声を上げ、一瞬びくっと跳ね上がる。


「……マリアさん、魅了の波動ってなに? まりかから出てるっていうの?」


「魅了の波動とか言うと、殺意の波動とかそのたぐいのものを連想しますね」


「それに目覚めるのはリュウタだけでいいわ。灼熱波動拳とか撃ちそうだからやめて。この世界が世紀末になっちゃう」


 魅了。

 確かマリアさんに聞いたけどさ、以前。


 …………


 あれ? でも魅了の魔法って、確か魔族じゃないと使えないんじゃなかったっけ?

 おまけに効力は弱いとか言ってた気がする。


「でも、彼女から感じられるのは、『微粒子レベルのざぁこ』クラスの魅了の気配ですね。魔族のそれと比べて」


 まりかが『微粒子レベルのざぁこ』呼ばわりされて泣きそう。蒼白い顔で泣くとかやめてくれよ。いじめてるように見えちゃうからさ。

 この様子だと、、まりかに詳しく尋ねてもおそらく真実を言わなさげなので、ここは魔族ハンターのどごし聖女に尋ねるのが一番スムースに進行しそうだ。

 よし、即決即断。


「ほう……ところでマリアさん、魅了は魔族にしか使えないっていうことは……ここにいるまりかは……」


 ひょっとすると魔族の転移者かなにかか、という感じで尋ねると。

 マリアさんは怪訝そうな顔をして、少し考えこむ。


「ええ、そうなんです。精神に干渉する魔法は魔族にしか使えないはずなんです。けど……彼女は、あきらかに人間ではありますね」


「魔族が人間に擬態してるとかは?」


「擬態ってけっこうな魔力を使うんですよ。魔素があふれている世界ならともかく、この世界ではそのようなことができたとしても時間が持ちませんね」


「はぁ?」


 じゃあなんで、まりかが魅了を使えるんだ?

 そんな疑問が浮かぶのは当然だろう。


 しかし、浮かぶと同時にその疑問は聖女によって解決することになる。


「ええと、まりか様……にご挨拶申し上げます。ところでまりか様、あなたはもしかするとサキュバスハーフではありませんか?」


「へっ?」

「!?」


 間抜け声をあげた俺と、まりかの顔が一層険しくなるのは同時だった。

 サキュバスハーフってことは、まりかは人間とサキュバスの間に生まれた子、ってこと?


「マリアさん、サキュバスって人間と子づくりできるの?」


「ええ、サキュバスは自分の意思で子孫を身に宿すことは可能です、それがたとえ人間相手でも。それでも、人間相手ではたいてい生まれた子は魔力を喪失するんですけどね、魔族の遺伝子は劣性遺伝……あ、今は潜性というんでしたっけ。それですから」


「ほう……」


「ですが、ごくまれに例外として、人間との間になした子でも魔族の力を一部継承する場合があるんですよ。弱い親馬からとんでもなく強い馬が生まれるサラブレッドみたいに」


「人間という種馬次第なのね……」


 ま、サキュバスはイメージ的にウマとでも交尾できそう。そうすると化け物みたいに速い馬が生まれても、血統書がないからサラブレッドとして認められんのか。


「で、まりか。今、マリ……こちらにおられる異世界から来た聖女様が言ったことは、事実なのか?」


「ひっ」


 唐突に自分に矛先を向けられ、まりかがまた小さく跳ねる。

 だが、反論などを言ってこないところを見る限り、マリアさんの推察通りなのだろう。


「……」

「……」

「……」


 俺の冷たい目と、マリアさんの何を考えているのかわからない目。

 二人から無言でとっても居心地の悪い視線を投げかけられたまりかが、結局耐えきれなくなったのか。


「……はい、その、とおりです……わたしのお母さんは、どこかの異世界からやってきた、サキュバスクイーン、でした……」


 この前みたいにカツ丼はないが、素直に白状した。予想通り。

 オーマイガッ。信じられない事実が判明して、俺はまりかに対して怒るよりも先に思わず天を仰ぐ。今まで俺が身につけた常識がことごとく覆されてるじゃねえか。


「……聖女だけじゃなく、魔族まで異世界転生して来てんの。なんでだ」


 ノムさんも納得のぼやき。これほどまでに多数が異世界転生している、なんて知らずに一生を終える人間がどれだけいるのだろう、街頭アンケートをとってみたい気分だ。


「おそらくですが……大きな無念さを抱いたものの魂を呼び寄せる何かが、この街にあるんだと思います。例えば、同じように無念さに包まれながら亡くなった人の魂が眠っているところとか……」


 しかし、俺のその疑問は、マリアさんが以前から考察していたようで。

 すぐに答えらしきものが返ってきたのにはびっくり。


 ふむ。

 その言葉を受け、少し考えてみよう。


 同じように無念さを抱えながら亡くなった人が……


 …………


 そういえばあった! あったよ! 西万葉駅前に、過去の首塚が!!


 なるほど、そこで無実の罪などで処刑された人が怨念みたいな感じになって、異世界から転移者を呼び寄せたってことか。

 おそろしいな、まともに考えれば。思考回路はショート寸前で、なにやら伝説になりそうなことでもなぜか麻痺して受け入れちゃってるのはおいといて。


 …………


 あれ? でもまりかの両親、見たことねえや。


「まりか、おまえの母親……と言っていいのかわからんが、母サキュバスはどこにいるんだ?」


 疑問に思ってそう尋ねてみると。


「もう、死んじゃったよ……性病にかかって、脳も身体もむしばまれて、気づいたときには遅かった」


「お悔やみ申し上げます」


 あうち。聞くんじゃなかった。

 魔族も性病にかかるんだ。知らなくても絶対に一生困らない、汎用性のないムダ知識をゲットしちゃったわ。

 ひょっとして、魔族って弱いんじゃね?

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