竹林のカグヤ

イヌハッカ

第1話 竹林のカグヤ

 毎朝5kmのランニングの後、家の裏にある竹林を散歩するのが祥吾の日課だ。

 竹林は同居する祖父のものでそれなりの敷地面積がある。かつては竹を資材として育てていたらしいが、今は半分放棄されている。人が少ないので昔からよく遊び場としても使っていた。

 高校に入学した今でも学校に行く前に散歩は毎日していた。


 お盆の少し前、祥吾はいつものように竹林を散歩していた。

 竹の葉を通った日の光は黄緑色に地面を照らす。朝の涼しい風と相まって、気温よりも体感温度は涼しい。

 汗ばんだ背中が涼しくなる。突然裾を引っ張られた。驚いて振り向くと、おかっぱ頭の女の子がこちらを見つめていた。目は薄緑色をしていた。


「こんにちは」

 まだ、おはようの時間だとも思いつつ、見知らぬ女の子の存在に驚く。

 祥吾の住む村は、田舎らしく地域住民のつながりが強い。少なくとも住民でない者がいたらすぐにわかる。

 そして目の前にいる女の子は明らかにここの住民ではない。おまけに来ている服も薄緑色の甚兵衛のような、時代を間違えたような恰好をしている。


「お主はだれだ」

 くりくりとした目をめいっぱい開きながら、女の子は祥吾に話し始めた。かなり変な口調だが、年齢よりしっかりとした子らしい。

「おはよう、僕は祥吾っていうんだ。君は誰だい? お母さんはどこ?」

「知らん」

 女の子は首を横に振った。


 早めの帰省に連れてこられた子供だろうか? とにかく迷子というよりは朝早くから探検をして遊んでいるようだった。

 祥吾は女の子にバイバイをして散歩ルートに戻る。柔らかい土の道を歩くと、後ろから足音が聞こえてきた。

 歩くスピードを速めると足音は軽快なものに変わった。走っているようだ。


 あきらめて振り返ると、上目遣いでこちらを見上げる少女がいる。

「一緒に遊べ」

 無邪気な眼差しが今は大変憎らしい。初めて会った人についていってはいけないと習わなかったのだろうか? 普段なら遊んであげるところだが、朝のこの時間は邪魔されたくない。祥吾は適当に理由をつけて追い払おうとする。

「今忙しくて――」

「待たれい…… わかっておる」


 祥吾の発言はなぞに自信満々な少女によって止められる。ころころと表情の変わるやつだと祥吾は思った。

「わしのことをつまらないやつと思ってるんだろう? だから遊びたくないと言う」

「そういうわけじゃ――」

「見ておれよ……」

 少女はシスターが祈るときのように両手を重ね、ぐっと力を込める。


 無視しようと思ったが、子供が意気揚々と何か見せようとするのを無下にするのも気が引ける。

 少女はゆっくりと手を開き始める。真夏なのにやけに白い手の中からは、一本のタケノコが現れた。

「どうだ、タケノコだ!」

 何故タケノコなのかはともかく、少女のコブシよりもはるかに大きなタケノコが現れたことに祥吾は驚きを隠せない。

 目を丸くしていると、満足げに少女は笑った。

「どうだ? 妾と遊ぶ気になったか?」

 すごい手品である。物理世界のルールをいくつか捻じ曲げないことには不可能な所業だ。少なくとも、見た目小学生の少女ができる技には見えない。


 人類であることを疑うほど見事な技だ。ひょっとすると本当に人類ではないのかもしれない。何か人知の及ばない妖怪のような類なのかもしれない。そんな存在の能力がタケノコとその加工品を出すだけならかなり笑えるが。

 それはそうと、祥吾は散歩に戻った。朝の時間を邪魔されて若干イライラし始めていた。そんな祥吾をまだ少女は追うのだった。


 その後も少女は祥吾の前に回り込んでは様々な手品を見せた。時にふところから、履いてる草履の裏から、あるいは口の中からタケノコを出した。たまにメンマも出した。

「うっぜぇええぇぇえ!」

「あ、キレた」

 メンマをとりあげて竹林の奥へ投げる。メンマは自然由来の食品なので環境への影響は少ないだろう。

「なんなんだてめぇ!? いきなりタケノコ出しやがって!」

「遊ぶ気になったか?」

 ケラケラと笑いながら少女は尋ねた。反応を貰うことが少女の目的ならまんまと術中にはまったことになる。


 祥吾は少女を無視して歩み始めた。かなり大人げないものの、祥吾はかなりキレていたし、何より時間を使ってしまうことを恐れていた。

 一向に自分をかまってくれない祥吾に、少女は自分の力だけでは興味は引けないことを悟った。少女は周囲を見渡し、何か興味を引ける話題を探し始めた。

「あれは何だ?」

 少女は道から外れた場所を指さした。そこは急な斜面になっていて、鋭い切り口を残し、地表から20cmほど飛び出し竹が大量に生えていた。


 祥吾は足を止めて振り返った。

「……多分、竹を伐採した跡だろ」

 斜面を一瞥すると、少女の問いにそう返す。この竹林の竹はほとんど資材として使われることはない。ただ、町内のお祭りなんかで流しそうめんをするときなんかに切られることがあった。そうめんを流すためのスライダーを作るためだ。

 少女はいたずらっ子みたいに笑うと、その斜面のほうへ歩き出した。


「おい、危ないぞ」

「危ないって? なにがー?」

「いいから戻ってこい!」

 構わず斜面へ向かう少女に声を荒げる。少女はなめ切った態度で斜面を下っていく。

 その先はまずい、と祥吾は思う。急いで少女の後を追う。

 少女は意外に大胆に斜面を下っていく。切り口の鋭い竹までたどり着くと、すだれが広げられていることに気が付いた。竹を支柱のようにして下にテントのように空間を作っている。

 少女がすだれをまくると、白い女のあしが現れた。

 祥吾はその場にあった石で少女を殴った。短いうめき声のあと、少女は動かなくなった。後頭部からは青白い液体が流れ出していた。


  ________    _________    _________

 

 祥吾がカグヤと出会ったのは、五年ほど前のこととなる。

 カグヤは黒い長髪を風になびかせる、顔立ちのはっきりした美しい女だった。時代錯誤に着物を身に着け、いつも竹林にいた。目は薄緑色をしていた。

 ただ、カグヤは人間ではなかった。現代科学では説明のつかないようなことができた。例えば、竹林の植物を意のままに成長させたり、枯らしてしまう能力を持っていた。そのほかにも様々な超能力を持ち、本人曰く千年以上も生き続けているらしい。


 カグヤは祥吾の前以外には姿を現そうとせず、竹林から出ることもなかった。

 カグヤの唯一の交友関係である祥吾は毎朝竹林を訪れ、一緒に話をするのだった。

 祥吾にとってカグヤは美しい精霊にも見え、また人知の及ばない化け物のようにも思えた。しかし、一緒にいるのが苦痛なわけでもなく、むしろ好意を抱いていた。

 ある日、カグヤと祥吾はケンカをした。

 きっかけは特に重大なことでもなかったが、口喧嘩は止まらなかった。

 ヒートアップした感情に流され、手を出したのは祥吾だった。場所はあの急斜面の上だった。

 カグヤの体は斜面を転がり、鋭い竹のある場所で止まった。首筋からは青白い液体が流れ出していて、それは彼女にとっての血なのだと祥吾は思った。


 祥吾は死体を隠すことにした。隠し場所のあてはあった。ただ、日中に死体を運ぶのは見つかるリスクが高い。

 幸運なことに、この竹林を訪れる人はほとんどいない。死体にすだれをかけておけば一日くらいは隠し通せるかもしれない、そう考えてその日の移動はやめにして明日の朝に行うことにした。

 翌日、予想外のことが起こった。早朝の竹林に女の子が現れた。しかも、その少女はカグヤと同じように不思議な能力を持っていた。


 少女は何も知らないように見えた。そして意味深に祥吾に付きまとった。祥吾にはカグヤが死んだことと少女が現れたことに、何か関係がある気がした。

 そして、少女には隠していた死体を見られた。

 祥吾の精神はもう限界に近かった。少女の正体にも不信感を感じていた。そうして、祥吾は少女を殺したのだった。


 祥吾は一度家に戻ると一輪車とシャベルを持ってきた。二人分の体を一輪車に積み、隠し場所まで運んだ。

 昨日から掘り進めている穴に死体をいれ、土をかけた。

 それから、祥吾はこれからについて考えた。

 死体はばれるだろうか? それはないだろうと思った。埋めた穴は完璧にカモフラージュした。それより問題なのは少女とカグヤの関係だ。

 

 カグヤにとって少女は何なのだろう? 二人に共通点はたくさんある。血の繋がりを感じさせるほどだ。しかし、家族ならばまだいいほうだ。

 最悪なのは少女がカグヤ自身である場合だ。化け物のカグヤに何ができるかはわからないが、転生くらい行ってもおかしくはない。


 ひょっとしたら、記憶を失うことは転生直後の症状でしばらくしたら、すべてを思い出すのかもしれない。疑心暗鬼に陥った祥吾の不安はさらに膨れ上がる。

 思い出したら自分はどうなるのだろう? 化け物の恨みを買うと何が起こるのだろう?

 もしも、あした再び少女が現れたならば、やらなければいけないことがある。祥吾は

憂鬱になりながら覚悟を決める。


 次の朝、祥吾は真っ先に竹林に向かった。

 道中はずっと冷や汗が流れ続けた。

 「遊ぼう」

 数分竹林を歩き回った後、後ろから声をかけられる。

 後ろには甚兵衛を着た少女がいた。

 祥吾は迷わず隠し持っていたトンカチを振り下ろした。


 俺はこれから毎日少女を殺すのだろう、と祥吾は思った。殺したら死体を埋める。隠しきれないほど死体が増えたら新たな隠し場所を見つけ、そこに捨てる。

 しかし、そんな事をしていればいずれ誰かにバレる。きっと、その時が自分の終わりだ。

 その日が来るまで自分は殺し続ける。そんなことを考え、祥悟は途方に暮れるのだった。

 

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