若さの泉
はんぺん
若さの泉
男は『若返りの泉』があると言われている小さな離島にやって来た。彼は長年旅を続けてしまい、年老いてしまった。これ以上は旅を続けられない。そう思った矢先に『若返りの泉』の都市伝説だった。男は最後の旅だと思い、島の地を踏んだ。
男がこの島に来て驚いたのは、集落があることだった。どれも年季の入っている家だったが、どの戸を叩いても誰も出なかった。誰も居ないのかと辺りを見渡すと、いつの間にか一人の老人が佇んでいた。男は驚き、この島唯一の住民にこの島について尋ねることとした。
老人が言うには、この島は無欲な者だけが入れる島だと言う。それにはやはりあの泉が関係しているのだった。しかし無欲やそんな事は関係なく、男はその泉の場所を知りたかった。その事を老人に伝えると、老人は多少怪訝そうな顔をしたが、男にその場所を教えた。そして最後に
「無欲であれ」
そう言った。ただならぬその言葉に、男は悪いことと再認識しながらも礼を言い、その場所に向かった。老人は彼を眺めるだけだった。
男がそこで見たものは、大きな洞穴だった。奥から風がヒュウヒュウと唸るのが聞こえた。見るものを圧倒させるような威圧さがあった。背には海が広がっており、さざ波の音が男の心を落ち着かせる。
『無欲であれ』
その言葉を男は反芻させ洞穴に入った。洞穴はよく見ると坂道になっており、男にはかなり辛いものだった。しばらく歩くと木の看板がささっていた。
「この先聖域也」
せいぜい読み取れたのはそこまでで、その先は文字がかすれ読めなかった。男は聖域だと認識してもなお、歩みを止めることはなかった。なんとしてでも、一目見たかったのだ。
男はかなり洞穴の奥に進んでいた。潮の匂いもしなくなった。ただ足音が反響して、不思議な空間を生み出すのだった。そして男が懐中電灯で照らされた先を見ていると、何やらキラキラと光る物が見えた。それはまさしく水のそれであった。男は喜び、走ろうとした。しかし男は思い止まった。ゆっくり辺りを照らすと、もう目の前には溢れんばかりの泉が広がっていた。あと男が一歩でも進めば、男は泉に落ちていた。男は腰をおろし、安堵のため息をついた。
若返りの泉、その効果を確かめるため男は腕捲りをし、泉に入れた。冷たい水の感触が男の肌に触れると、男はたまらず引き上げてしまった。タオルで拭き、懐中電灯で腕を見る。そこには明らかに若返った男の腕があった。男は驚き、何度も確認した。両腕で確認すると、差は歴然だった。男は持ってきたビンに泉の水を入れ、そのビンをバックに入れた。充分な量取ったと思い、帰ろうとした矢先、バックが泉の方に転げ落ちた。重さで沈んでいくバックを追うように、男は懐中電灯を持って泉の中に入った。バックはすぐに回収出来たが、男は泉のそこに広がる光景を見てしまった。
辺りに広がる子供たちの死骸。それも全てが溺死体だった。男は全てを理解し、早く上がろうと努力した。しかし陸は離れていく一方で、さらにだぼだぼな服が邪魔をし、男の体力を削っていった。とうとう男は力尽き、息絶えた。浮かぶはずの死体も、バックの重みで沈んでいく。懐中電灯の電池も切れ、そこは真っ暗となった。また誰も居ない、静かな空間へと戻った。
真っ暗なその場所に、急に一筋の光が差し込んだ。それは懐中電灯を持ったあの老人だった。老人はしばし泉を眺めていたが、ふと足元を見る。泉の水が溢れだし、長い坂道を下っていた。老人は首を横に振り、寂しそうに帰っていくのだった。
若さの泉 はんぺん @nerimono_2
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