第14話:特効薬は希望という名の勇者

【魔王六十日目】


「魔王様……二本目の…………《復活の根》が……切り倒されました……」


 シュラウちゃんからの突然の報告のせいで、口に含んでいた果物を吹き出してしまった。

 おかしい、人間側はまだ戦力を整えているはずで、侵攻してくる余裕はなかったはずだ。


「その……勇者達が……少数精鋭で《黒煙の森》乗り込み、《復活の根》を破壊したとの報告が」


 マジか、ゲームでやってる主人公ムーブを本気でやったのか。

 いや、確かに合理的かもしれないよ?

 だって勇者に敵うやつなんていないんだもの。

 アレを突っ走らせておけばルンバみたいに邪魔者を掃除していくだろうさ。


 だけど……本当にやるか?

「もしも」「たまたま」「偶然」の事故か何かで勇者を失う可能性があるというのに、勇者が暴走する可能性もあるのに。


 というか、一番の問題は《復活の根》の破壊を妨害できなかったことだ。

 妨害がないということは、邪魔する者が出てきていないということであり、こちらがもう虫の息であるということがバレているかもしれない。

 そうでなくとも、これに味を占めて人間側が僕のいるところまで一直線に来たら大変よろしくない。


「ドッペルゲンガーからの報告によると、勇者は首都に戻り演説を行っているとか」


 演説? これから毎日、闇の種族の領地を焼こうとかそういう感じのもの?


「いえ……闇の種族に対する脅威に立ち向かうためにお互いに手を取り合おう、安易に薬に逃げるのはやめようというものでした」


 なるほど、つまり勇者を英雄に仕立て上げるためにあんな無茶をしたってことか。


 各村で闇の種族による嫌がらせが発生して流民が街に入り込み、治安が悪化。

 それを取り締まろうにも、人間側は戦力を補充するために治安維持の兵士を引き抜いているため、取り締まりやパトロールのキャパシティがオーバーしている。


 治安維持の人員と兵士としての人員を同じ数としてカウントしている異世界らしい設定だが、そのツケがこういう所で回ってきている。


 まぁ戦争が無ければ兵士は無用の長物なのだから、人員の無駄を省くためにこういう仕組みにしているのだろう。

 だが、一度人員が不足してしまえばこういった状況に陥るものだ。

 そうならないために人類は慎重に戦ってきたのだろうが、不測の事態に備えることはできなかったようだ。


 そして、その特効薬として用意されたのが勇者だ。

 不足している戦力の穴埋め、民衆の求心力、暗い未来を払拭する功績、たった一人の存在で色々な方面をカバーできるのだから、ほんと勇者って卑怯。


 これからも人々は不満を吐き出すだろうが、勇者を突っ込ませて《復活の根》を潰せばそれを覆せるのだから人間というのは度し難い。

 根本的な事態の解決にはなってないのに、そういう派手なニュースに飛びつくのは人間のサガか。


 しかし、これで民衆は勇者にすがりつくことになるだろう。

 勇者の清水くん、大丈夫?

 皆が亡者みたいに救いを求めて手を伸ばしてくるけど、それちゃんと蹴り飛ばせる? 

 全部の手をどうにかしようしたら狂うこと間違いなしなんだけど、ちゃんと妥協できる?


 あぁ、でも神官の女の子が側についてたし、救いを求める人達をいなす方法はあっちでなんとかしてくれるか。

 ……なんかあっちはヒロインがいるのに、こっちには居ない事実にムカっとしてきた。


「魔王様?」


 あ、シュラウちゃんは可愛いよ。僕が保証する。


「私の顔が見えないのにそう言われても、嬉しくないのですが……」


 いや、顔だけじゃなくて……こう、雰囲気とかそういうところがね?

 それにしても、勇者を英雄にしてしてきたか……。


「やはり、我々は勝てない運命なのでしょうか……」


 そうだね、アレはもう勝負しちゃいけない分類だからね、挑もうとする方が悪い。

 ただ……確かに現状をどうにかする方法としては完璧な対策かもしれない。

 けれど、完璧だからこそ失策でもある。


「完璧であるのに、失策なのですか?」


 完璧であることと、正しいことは同じじゃないからね。


「はぁ……そういうものなのですか?」


 そういうものなのです。

 それに……不完全な人間が、完璧であるものに適合できるかも問題さ。

 なにせ、この世で一番理不尽な生き物が人間だって言っても過言じゃないんだからさ。

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