第13話:勇者の日々

 この世界に召喚されてどれほどの月日が経っただろうか。


 確かに俺は非日常的なものに憧れていた。

 学校は退屈で、部活もずっと練習しているだけ……同じことの繰り返しで嫌になっていた。


 だけどこの世界には魔王がいて、倒すべき敵がいた。

 テンプレート通りではあるが、俺にとってはこの世界で体験すること全てが新鮮で楽しかった。


 勇者になったといっても、頼りになる大人の人達が難しいことを全部決めてくれていた。

 信頼できる仲間もいたし、首都で出会った人達も良い人ばかりだった。


 俺は求められるままに勇者として戦って、その役をこなし続けてきた。

 たまに凄く強くて怖い奴と戦ったりはしたけども、それでも勇者の力で勝ち続けてきた。


 だというのに、最近は何かがおかしい。

 《魔の草原》での戦いに人間は勝利したはずだ。

 闇の生き物が守っている《空を蝕む根》も俺の力で切り倒して、皆が喜んでくれた。

 魔王軍を倒したけど、色々な村に被害が出ているから色々な場所で戦った。

 今は苦しい状況だけど、それでもいつかは皆が幸せに暮らせるようになると信じていた。


 だというのに、この街の惨状は何なんだ?

 虚ろな目をしながら俺を見ている人達がいる。

 元気が無いとか苦しんでいるわけではない、逆に幸せそうなのだ。


「彼らは村を失くした者達でして……」


 街の兵士の人達から話を聞いてさらに困惑した。

 彼らの顔に苦痛はなく、ただ幸せを享受しているだけだというのに、あまりにもその境遇と顔が隔絶しているがために、言い表せない悪寒を感じた。


「勇者様、とにかく今は休みましょう」


 仲間のメイアに言われて、宿の一室を借りてそこで休む。

 神官でありながらも、常に前線で立ち続ける自分の側で支え続けてくれる彼女にはいつも感謝している。


 彼女には本当に苦労を掛け通しだ。

 今回も、色々な村で大変なことになっているという報せを聞き、俺がワガママをいって助けに向かいたいと言うと、首都にいる偉い人達を説得してこの旅の許可をもらってきてくれたのだ。


 それに報いるためにもなんとか活躍しようと思っていたのだが、その戦果は芳しくない。

 村にいたゾンビやゴーストの駆除はできたものの、その原因だと思われるスケイブの駆除が出来ていないからだ。


 俺の《打開》があればなんとかなると思っていたのだが、森に入ってもスケイブを見つけることができなかったのだ。


 敵が見つからないなら、《打開》の力で見つかるようになると思っていた。

 これまでどんな強敵が出てきても、それを倒すための力が手に入ったというのに、何故こうなってしまったのか?


 恐らくだが、敵として俺の前に出てこなければ効果が発動しないのだろう。

 あくまで眼前に立ちふさがる脅威を打開するための力であって、見えないところにある脅威にまで反応しないのだろうという予想している。


「勇者様、どうやらこの街には《渇いた薔薇》という薬が流通しており、その薬で痛みや苦しみを誤魔化している者が多くいるようです」


「なんだよそれ、まるで麻薬じゃないか!」


「麻薬……ですか?」


 俺はメイアにも伝わりやすいように、自分の世界にあった麻薬というものを説明した。

 このまま依存症が悪化していけばその薬無しでは生きていけなくなり、最後は体がボロボロになって廃人となることを力説する。


「それは確かに恐ろしいですが……魔法で治療できるのではないでしょうか?」


「そりゃあ、この世界なら魔法で治療できるかもしれないけど……そんな簡単にできるものなのか?」


「確かに気軽に行えるものではございません。ですが、だからといってあの薬を取り上げてしまえば、彼らはどうするのでしょうか? 私は、彼らが苦しみを跳ね除けて再び立ち上がれるとは思えません……」


「だからといって、そのままにするわけにはいかないだろう?」


「はい。ですので、首都にいる皆様に知らせて判断を仰ぎましょう。きっとなにか対策を立ててくださいますし、その時にまた我々にできることがあれば手伝いましょう」


 結局のところ、黙ってみていることしかできないということか。

 自分の不甲斐無さが本当に嫌になってくる。


「勇者様は本当に活躍されております、今日もいくつもの村を浄化できたではありませんか」


 それは分かっている。

 だけど……それでも、まだ何とかならなかったのかと思ってしまうんだ。

 だって、あっちの世界には無かった力が俺にはあるんだから。


 数日後、首都に戻ってきた俺達は作戦会議に参加することになった。

 ただし、具体的な作戦を決めるものではなく、状況整理や方向性の打ち合わせのようなものであった。


「多くの兵が犠牲になったせいで、色々なところに支障が出ている」


「各街から治安維持の兵を一部捻出してもらっているが、それでも戦力の再編には時間がかかる」


「魔王軍にも大きな痛手を与えたはずだ。しばらくは国力の回復に努めるべきではないのか?」


「ならば、むしろ今こそあの厄介な《空を蝕む根》を破壊すべく派兵すべきだろう」


 ここにいる大人達は頼りになる人達だということは分かっているのだが、誰もあの薬について何も言わないことに苛立ちを覚えて発言してしまった。


「あの! 麻薬のような薬が蔓延していることへの対策はどうなってますか?」


「それについては緊急性が低いため、まだ様子見といったところだ」


 様子見?

 放っておけばドンドンと廃人になる人が増えるというのに、まだ動かないということか?


「そんなことをして、街中が廃人だらけになったらどうするんですか!」


 つい声を荒げてしまい、自分に視線が集中してしまう。

 それでも俺は負けじと自分の意見を主張する。


「緊急性が低いからこそ、今の内に対処しなきゃいけないんです! 手遅れになってしまえば、どれだけ会議をしても解決できなくなるんです」


「そうは言うがな……」


 自分の意見が間違っているのだろうか、周囲の人達は気まずそうな顔をしてこちらを見ている。


「別世界の勇者様は、あまり世情に詳しくないようだな」


 ふと、沈黙を打ち破るように誰かが発言した。

 薄い赤色のロングの髪で、ローブを着ていながらも妖艶な佇まいをしている彼女は、こちらを小馬鹿にしているようであった。


「初めまして、勇者様。あたしはブッカー……まぁ少し前まで本の虫だったんだけど、その知識が必要ってことでこういう場所にお呼ばれされるようになったのさ」


 ブッカーさんは足を組みなおしてこちらに向き直ると、神妙な顔をしてこちらに語りかけてきた。


「正確には、あれの対処法がほとんど無いのだよ」


「対処法がない? どういうことですか?」


「先ず、あの薬そのものは簡単に作れてしまう。それこそ、一般人でも手に入る素材を使ってな。流通を担う商人達に薬の販売を禁止したところで、自分達で作って使うだろうよ」


「なら、薬の危険性を広めれば!」


「なるほど。その薬を使うことで廃人になる……かもしれない、ということを広めるわけか。それに説得力を持たせなければ、信じない者も出る。では、どうやって説得力を持たせるかといえば……実際にそうなった者がいなければならんな。勇者様は、誰かを廃人にする勇気はあるかな?」


「そ……そこまでやっていいとは思わないけど……けど!」


「仮にそこまでやって……仮に薬を排除できたとしよう。その後はどうする? 痛みや苦しみから逃れるために皆が薬を飲んでいたというのに、それを取り上げられた者達はどうすると思う?」


「それは……」


 何も言えなかった。

 多くの人が死に、そして苦しんだ人達がいた。

 その人達に対して、薬に頼ることそのものが間違いであったと言えるほど、自分は傲慢になれなかった。


「そういうことさ。下手にやれば反発どころか大規模な反乱を招く可能性もある。少なくとも、薬の代わりになるものでもあれば……」


 そこまで言って、ブッカーさんの言葉が止まる。


「もしかして、薬の代わりになるものがあるんですか!」


 しばらくの沈黙のあと、ブッカーさんは重く首を縦に振った。

 つまり、なんとかできる手段があるということだ。


「教えてください! 俺の力があれば、どんなものでも手に入れてみせます!」


 だが、彼女は俯いたまま何も喋らない。

 口にするのも難しいほど大変なものなのだろうか?

 いや、それでも俺ならなんとかできるはずだ。

 そんな自分の決意を試すかのように、ブッカーさんの視線が突き刺さる。


「あんたが進むその道に、救いはないよ。それでもやるのかい?」


「やります。俺が救える人がいるなら、救うのが俺の役割ですから」


 何故なら俺は勇者であり、それに相応しい力を持っているんだから。



 それからしばらくして、自分達は魔王の勢力化である《黒煙の森》を進んでいる。

 目的は二本目の《空を蝕む根》である。


「ブッカー様、本当に大丈夫なのでしょうか?」


 メイアが不安そうにしながらブッカーさんに尋ねる。

 ここはまだ人の手が入っておらず、どこから敵が現れてもおかしくない場所だ。


「不安なら勇者の後ろにでも隠れておけ。少なくとも、どんな敵がきてもそいつなら倒せるのだろう?」


「それはそうですが……」


「それとも、お嬢ちゃんは勇者の力ってやつを信じてないのかい?」


 その言葉に怒ったのか、メイアは顔を真っ赤にして反論した。


「そんなことありません! 勇者様ならば、どんな敵がきても打ち倒してみせます!」


 メイアとはこの世界に来てからの知り合いではあるのだが、ここまで信頼してもらえるというのは素直に嬉しい。


「だろうね。なのに、こんな強い駒をいざという時しか使おうとしないだなんてどうかしてるよ」


「勇者様だけに負担を押し付けては、いつか潰れてしまいます!」


 ブッカーさんが吐き捨てるように言うと、メイアがそれに反論する。

 もしかして、意外と相性がよかったりするのだろうか。


「……これからのことを考えたら、そっちのほうがいいかもしれないけどね」


 ボソリと、ブッカーさんは不穏な言葉を呟いた。

 彼女は俺に何をさせようというのだろうか?


「見つけました、こちらです」


 森を先導してくれる猟兵さんについていくと、そこは魔王の勢力化である《黒煙の森》の中心部、空を多い尽くすかのように根を広げている《空を蝕む根》があった。

 以前も《魔の平原》を突っ切ってこれと同じものを切り倒したのだが、改めて見てもやはり大きい。


「一説によれば、この忌まわしき根のせいで人々が苦しんでいるとも……」


 猟兵の人が教えてくれた内容は、街には色々な噂が流れており、そのうちの一つにこの《空を蝕む根》のことがあるらしい。

 曰く、この根こそが魔王が召喚される原因である。

 曰く、これのせいで悪い心が大きくなり、犯罪をおかしてしまう。


「どの噂も半信半疑ですが、どれも本当のように思えます」


 まぁ、あの根っこについては何も分かっていないので、もしかしたら噂話のどれかに本当のことが混じってるかもしれない。


「それで、ブッカーさん。これからどうするんですか?」


「……取りあえず、何も分からないということは分かった」


 どういう意味だろうか、何を言いたいのかがよく分からない。


「つまり、国で一番の知識を持つブッカー様であっても、この根については何も分からないようなものであるということでしょうか?」


 そんな僕の考えを補足してくれるかのように、メイアが言ってくれる。


「そうだな。もしかしたら、魔王の能力によって作られたものかもしれん」


「それなら早くこれを切り倒してしましょう!」


 この巨大な根を破壊する力を解放するために、俺は剣を抜いて構えを取る。


「そうだな、それじゃあ破壊してくれ」


 周囲の人を遠ざかったのを確認してから、渾身の一振りを《空を蝕む根》に繰り出す。

 派手な音はしないものの、徐々にその根は傾いていき、そのまま崩れ落ちて消えていった。


「これで……終わったのですか?」


「多分……」


 自分とメイアは不安そうに辺りを見渡すが、特におかしな変化などはなかった。


「流石です、勇者!」

「これまでの勇者は勝利に貢献したことはあっても、ここまでの偉業を成し遂げた方はいませんでした。あなたは歴史的な快挙を成し遂げましたぞ!」


 猟兵の人が嬉しそうな顔で自分に話しかけてくれるのを見て、自分も同じように嬉しくなった。

 だが、ブッカーさんだけは一人で浮かない顔をしている。


「どうしました? 何か気になることでも?」


「……ここまで、妨害らしい妨害は何も無かった。どういうことだ?」


「確かに……小型の闇の生き物が襲ってきたことはありましたが、それも数えられるくらいでしたね」


 メイアもおかしいと感じたのか、頭を悩ませ始めていた。


「もしや、何の価値もないものなのでは?」


「それなら魔王軍が《魔の草原》にあれだけの戦力を用意したことが説明できない。少なくとも、これを守るために仲間ごと火を放ったのだぞ?」


 あれには本当に驚いた。

 彼らはとても残虐な生き物だと聞いていたが、それは人間に対してだけだと思っていた。

 まさか、一緒に戦っている同胞をも殺す策を使うとは予想できなかった。

 あるいは、そこまでして勝たなければならない理由があったのだろうか?


「もしかして、前の戦いでもう戦えるやつが残っていないんじゃ?」


「その可能性も考えたが……それなら腑に落ちないことがある。魔王はどうした?」


 確かにその通りだ。

 乾坤一擲ともなる戦いに備えて、全ての魔王軍の兵士をあそこに結集させたのであればあの場に魔王がいないのがおかしい。

 文字通り最後の戦いになるというのに、戦わないでどうするのだ。


「もしかしたら、勇者を釣るための罠かもしれん。早急にここから脱出するとしよう」


 ブッカーさんの意見に賛成して、自分達は急いで森から脱出することにした。だが、帰り道でも何も起きなかった。

 自分やメイアはほっとしていたのだが、ブッカーさんだけは苦々しい顔をしていた。



 その翌日、俺は急遽作られた豪華な衣装を纏いながら城の一室にいた。


「なぁ、メイア。やっぱり似合ってないんじゃ……」


「そんなことございません。とてもお似合いですよ!」


 鏡を見ても服に着られているようにしか見えないのだが、そう感じるのは自分だけだろうか。


「おう、服の威厳だけはマシマシだな」


「なんてこというんですか、ブッカー様!」


 小さなノック共にブッカーさんが部屋に入ってきた。

 俺がどうしてこんな服を着ることになったかというと、ブッカーさんの作戦だ。


「まぁしばらくは我慢してもらおうか、英雄様。あんたが手柄を立てれば立てるほど、誰かを救えば救うほど、あんたへの求心力は高まる。そうすれば、皆があんたの言葉を聞くようになる」


 つまりは、俺が皆の希望になれば、皆が俺の言う事に耳を傾けてくれるのだ。

 なら、いつもとやることは変わらない。

 俺はただ、いつものように戦っていればいいんだから。


「これから先、誰も彼もがあんたに救いを求めて手をさし伸ばしてくる。あんたは、その全てを救わなくちゃならない。その意味が分かってるのかねぇ」


「私は今でも反対です。なんだか、勇者様の優しさを悪用しているようで……」


 不安がっているメイアの頭を軽く撫でて笑顔を向ける。


「俺なら大丈夫だよ。それに、少しでも皆の苦しみを軽くしてあげたいんだ」


 そして俺は部屋を出て、演説台へと立つ。

 これが勇者としての役目ならば、その任を全うしてみせよう。

 世界と、そして人々を救うために。

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