第17話 犯罪事故防止と家族が減った食卓


 男の名は、鈴木茂すずきしげる


 悠斗はるとの高校時代からの同級生だ。


 ある日の夕方、彼の様子が変だった。


 いや、こいつはいつも変だな。


 時刻は午後六時過ぎ。


 閑静な住宅街にある、一般的な普通の一軒家。


 その二階の一室だけは、特異な雰囲気に包まれていた。


 壁には、アニメキャラの露わな姿のポスターが張られ、端に置かれた飾り棚には、どこかで見たような魔法少女のフィギュアが並ぶ。


 その棚が正面に見える位置に大きな机があり、その上には大型のPCモニターが四つ並ぶ。


 その前にスクエア型の眼鏡をかけた男が座っている。


 その男こそ鈴木茂だ。



「どうも納得がいかない」



 鈴木は背もたれに寄り掛かると腕組みをする。



「どうして霧島あいつの周りには、良い女があんなに居るんだ?」



 そして深くため息をつく。



「まあ、妹はいいとして、悠菜さんだよ!」



 そう言いながら、前のめりになりマウスを動かす。


 PC画面にアップされた悠菜の画像が、流れる様にいくつも出て来る。


 どれも横顔であることから、隠し撮りで撮られた物であると見当がつく。



「しかし、あの悠菜さんがこんなにも綺麗になるとはなぁ。正に花開いたようだ! これが女の子の神秘なのか!」



 一枚の画像をアップにした。


 それは、悠菜が高校生時代。


 黒髪に黒い瞳。


 地味な髪形で黒ぶち眼鏡。


 その画像の前で、鈴木が食い入る様に見ている。


 そして、マウスを操作して拡大していく。



「うーん、分からん。こう変化していくとはなぁ。これがメイクマジックか?」



 そう言いながら、更に顔をアップにしていく。


 拡大をしていく度に画像が粗くなっていくが、それをコンピューター処理により鮮明にさせる。



「特に、この真っ黒な瞳は綺麗ではあるな」



 そう言ってマウスを操作し、片目を更にアップにしていくと、次第に画面いっぱいに瞳がアップになっている。



「待てよ? 大学初日に撮った奴がこの辺に……あった、これだ!」



 そして手際よく粗い画像を処理していく。



「これは?」



 鈴木が大きなモニターに顔を近づけ独り言を言う。


 そして、瞳の一か所をジーっと見つめる。



「これは、間違いない! コンタクトだ!」



 鈴木が叫ぶ。



「悠菜さん、コンタクトしてたのか! 目が悪かったんだな」



 自分と共通点を見つけたとでも思ったのか、独りニヤニヤしだした。



「と、言う事は、今の悠菜さんはカラコンにしているって事だな! 髪の毛も銀色に染めた訳だし、高度なコーディネートだ。大学に入ってお洒落に目覚めた訳か」



 そう言って画面を今の悠菜に変えると、腕組みをしながら頷いている。



「しかし、幼馴染とは言え、悠菜さん少し変わってないか?」



 鈴木が深く考え始めた。

 

 以下、鈴木の回想。


 霧島の行く所には必ず一緒に居たよな。


 高校の頃に霧島と会ったんだよな?


 今思うと、いっつも傍にいたなぁ。


 だけど、彼女って感じじゃないよな。 


 最初は、絶対に付き合ってると思ったけどなぁ。


 いくら家が真裏同士とは言え、あんなに一緒に居るか?


 絶対に怪しい!


 月曜に大学行ったら、まずは確かめてやる!


 もしかしたら、霧島に弱みを握られてるとか⁉


 家が真裏……待てよ⁉


 ……もしや⁉


 霧島が悠菜さんの着替えを盗撮して、それをネタに彼女を脅してるんだ!



 以上、回想終る。


 つーか、途中、回想から空想になったぞ?


 

 以下、更に妄想。


 悠菜さんの件は、月曜にするとして……だ。


 あの沙織さおりさんはどうだよ!


 あの容姿で悠菜さんのお母さんだと⁉


 悠菜さんが十九歳だとして、仮に沙織さんが十八歳で産んだとしたら。


 今は三十七歳?


 うーん。


 もっと若く見える。


 どう見ても二十半ばだな。


 子供って幾つで産めるっけ?


 妄想の途中で、鈴木はマウスを動かす。



「マジか! ギネス記録だと五歳で妊娠だと⁉」



 そう言って、驚愕の表情でモニター画面を見た。



「仮に五歳で出産したとしたら計算は合うな。そうすると、沙織さんは二十四歳か」



 一瞬納得しかけたが、直ぐに間違いに気づく。



「いやいや、そんな事はこの時代、直ぐに大ニュースだ。瞬く間にネットで拡散される筈だ。あり得ないな」



(まあ、滅茶苦茶若く見えるんだろうな。三十七歳辺りって事だろう)


 一旦落ち着くと、マウスから手を放した。



「沙織さんも、霧島に特別親しくしてるよな」



 そして、また腕組みをして考える。


(やっぱり、どうも腑に落ちない)



「さては! 許嫁いいなづけとか⁉」



 突然、鈴木が前のめりになり叫ぶ。


 沙織さんが、霧島と悠菜さんを結婚させようとしてるのか?


 と、言うより、そういうしきたりとか?


 そして、それは秘密にしているんだろう。


 そう考えると、つじつまが合う。


 ……かな?


 そこまで考えて、鈴木は椅子に深く座りなおした。



「さっぱりわからん」



 そう言うと、マウスを動かした。


 すると、モニター画面にはアニメキャラが現れる。


 うんうんと頷きながらクリックする。


 そしてヘッドセットを装着し動画サイトに入る。


 こうして夜は更けていった。


 

  ♢  



 悠菜と沙織さんが異世界へ帰った次の日の昼休み。


 俺はフードコートで独りボーっとしていた。


 今までここへ独りで来た事は無かった。


 いや、それどころか、今朝起きてからは誰とも会っていない。


 誰の姿も見てないから、勿論誰とも話しても居ない。


 今は愛美と蜜柑、そして道で拾ったイーリスと一緒に暮らしてる。


 そして朝起きた時には、家にその気配はしなかった。


 脳内レーダーで愛美と蜜柑を確認したが、既に学校へ行ったようだった。


 イーリスの場合、居ればそれなりに大騒ぎしていそうなものだが、寝ていれば当然静かなものだろう。


 俺が出かけるまで、愛美の部屋で寝ていたのかも知れない。



 それにしても……。


 これまで、悠菜と居ても特に会話など無かったが、傍に誰かがいつも居る事の安心感を、居なくなって初めて思い始めていた。


 独りってこんなに不安なのか……。


 周りを見まわすと、独りで食事をしている人も多い。


 あの人も、あの人だって……きっと寂しいんだろうな。


 そう思うと俺は、その人たちの寂しさを少し共感できた気がしていた。



「霧島ー! おい、どうして悠菜さん居ないんだ?」



 鈴木がそう言いながら俺の前に座る。


 忘れてた。


 万年孤独の鈴木がいた。



「ああ、鈴木か。悠菜と沙織さんは引っ越したよ」



 そう言うと、みるみるうちに鈴木の表情が変わる。



「なななななんだとーっ⁉ お前がここに居るのに、どうして悠菜さんが引っ越しちゃうんだ⁉」



 何だそりゃ。



「どうせならお前が引っ越して、悠菜さんが残る方がベストじゃないのか⁉」


「そんな事言ってもなあ……」



 今までならこいつの言う事にも力強く突っ込んで来られたが、今の俺にはそんな気力が無い。


 俺は無気力のまま鈴木の顔を眺めた。


 ああ、こいつもずっと独りで寂しかったんだな。


 そう思うと鈴木の普段の孤独な気持ちを、その時初めて少し分かった気がした。



「鈴木……」


「何故、お前がここに居て、悠菜さんが……俺の悠菜さんがっ!」



 現実を受けいれられずに、鈴木は頭を抱えた。


 誰がお前のだって?


 だが、こうやって独りになると、鈴木の気持ちも分からなくもない。



「なあ、鈴木。お前もずっと寂しかったんだよな……今まで辛かったな」



 少し憐れむような、同情するような気持で見てしまっていた。



「な、何だよ急に。霧島、お前まさかフラれたのか?」


「まあ、そんなところだろうな」



 急に鈴木は、にま~っと笑ったかと思うと、小さくガッツポーズをした。


 そしてガッツポーズをしたその腕を、俺の後ろ首にガシッと回した。  

  


「そーか、そーか、フラれたのか~ で、悠菜さんは今どちらへ?」



 俺の後ろ首に腕を絡みつけたまま、にやにやとしながら耳元で聞いてくる。



「とっても遠い所」


「な、なんだと⁉ お前、この期に及んで隠すのか⁉」



 絡みつけていた鈴木の腕が、急にヘッドロックに変わると、その俺の首を絞める力が強くなる。



「いや、本当に遠い所だってば。俺だってよく分かんない所だ」



 その言葉にフッと鈴木の腕の力が弱まった隙に、俺はその腕を振り解く。


 すると、鈴木は呆気にとられた表情で訊いてきた。



「え? もう大学へ来ないのか⁉」


「ああ、来ない」


「な、何故だよ……」



 愕然としながら、鈴木はその場で肩を落とした。



「まあ、仕方ないだろ」



 暫く下を向いていたが、急に顔を上げて俺を見る。


 こいつ、涙目だし……。



「そうか。霧島も辛かったな、よし、今日は思い切り泣いて良いぞ!」



 そう言って鈴木が俺に涙目で言うが、素直にそれを受け入れられる筈もない。


 高校からの付き合いで、お前の妬みは痛い程感じていたからな。



「あ、鈴木。そう言うのいいから、ホントに」



 だが急に鈴木は神妙な表情で考え始めた。



「待てよ? なあ、霧島」


「あん?」


「てことは、だな。未来さんと友香さんとダブルデートも実現可能ではないか?」



 こいつ、自分が何を言っているのか分かってるのか?


 俺は時々、こいつの神経の図太さに圧巻される。 



「あのなあ、鈴木。それは向こうの意志を無視してるよな?」



 ダブルデートって中学生とかの発想じゃないのか?


 俺達大学生だけど、ダブルデートしてもいいですか?



「ばっかだな~霧島は。行動しなけりゃ始まらないぜ? 夏はすぐそこに来ている!」



 夏か……水着かぁ~。


 昨日の露天風呂での水着姿を思い出して、思わずにんまりしてしまう。


 水着姿だけじゃない。


 未来と愛美と蜜柑のすっぽんぽんが、この脳裏に焼き付いている。


 勿論、永久保存版だ。


 あ、イーリスのは即座に消去しました。



 しかも、俺は沙織さんとファーストキスしたんだぞ!


 誰かに自慢したいが、誰にも言えない歯がゆさに全身が振るえる。


 そして、悠菜やセレスともキスしちゃったんだが、あれは奪われたに近い。


 が、した事は間違いない。


 思わずにんまりと表情が緩んでしまうが、慌ててハッと我に返る。



 ヤバい!


 こいつにバレたら――っ!


 慌てて鈴木を見たが、焦点の定まらない目で遠くを見ている。


 そしてその表情は、見るに忍びない程だらしなくなっていた。


 何だよ、こいつ妄想中かよっ!



 だが俺も、夏というキーワードを連想して思い出した。


 ……そうだった。


 西園寺さんのプライベートビーチへ誘われていたのだ。


 仕方ない、二人に鈴木を誘って良いかの確認しないとな。


 その時、俺の頭の中にサッと過った。


 しまったぁーっ!


 異星人襲来があった!


 それを何とかしなくては……。


 お楽しみはその後って事か⁉


 不二子ちゃんを目の前にした、仕事前のルパン三世の様な気分だな。



 何としても西園寺さん達と、プライベートビーチへ行きたいぞ。


 そして、例え真似事であっても、セレブの夏を満喫してみたい。


 想像してもいなかった、夢のプライベートビーチへ俺は絶対に行きたい!


 そこにはスタイルの良い未来と、グラマラスな友香さんが待ってるんだ!



  ♢



 大学から家に帰る途中も、俺は悠菜の居ない不安感と違和感を感じていた。


 本当にこんな感じで、その先ずっと過ごすのかと思うと、無性に淋しくなっていた。


 その時だった。


 ふと脳内レーダーに知っている人間の情報が入って来た。



 あ、こいつは……会いたくない。


 名前はアンノウンではあるが、前に沙織さんにちょっかいを出した奴だ。


 しかも、そいつの他に二人の存在も確認出来た。


 前に見た三人か。


 その移動速度から、彼らが車に乗っている事が想定出来る。


 ふん……お車で登下校ですか。


 いいご身分で。


 だが、そのステータス情報を見て違和感を感じた。



 何だこいつら……精神異常?


 そして身体にも異常が確認出来た。


 まさかだとは思うが……薬物って奴?


 そんな精神異常で車を運転していい訳無いよね?


 すぐさま俺はそいつらを追っていた。


 その場から全速力で向かうと、すぐに幹線道路に奴らの車を捕捉できた。


 だが、視力では無い。


 脳内の別の器官がそれを捕捉したのだ。



 ここからジャンプしたら、奴らの車を肉眼で見られるかも?


 そう思って思い切りジャンプした。


 恐らく誰かがその瞬間の俺を見ていたとしたら、突然そこから消えた様に錯覚しただろう。


 その位の速さで上空へ飛び上がったのだ。


 だが、上がり過ぎても見つけ難い。


 上空千メートル程を目安に跳んだつもりだ。


 すぐに目的の高さへ到達すると、脳内では重力に対しての対処が幾つか候補として上がる。


 頭で思い描く今の最適な対処は、やはり反重力。


 全身からエネルギーを感じると共に、俺の身体は上空で停止した。


 あそこか……。


 下に見える道路上に奴らの乗った車が見える。


 しかも、かなりな速度だ。


 いい車乗ってるし!


 他の車を縫う様に追い抜いて走っている。


 ありゃ放っておいたら被害者出るよね?


 そう思うと、俺はその車へ向かって降下し始めた。


 だが、空を自由に跳べる訳じゃない。


 頭の重さを利用して前方へ移動しながら降下する。


 上空千メートルからの落下は股間がモゾ痒くなるが、人の命には代えられない。



 次第に道路がすぐそこまで迫った時には、奴らの車はかなり向こうまで走ってしまっていた。


 ありゃー目測誤ったか?


 俺は着地と共に道路を蹴って走った。


 見ている人が居ない事を願う。


 そして、奴らの車の真後ろに来た所で考える。


 あーどうしよ?


 ついて来たは良いけどこの後……。


 この車のバンパーを掴んだら外れちゃわない?


 走りながら考える。


 あ、前に回り込んで車ごと跳んじゃう?


 でも、車ごと跳ぶなんて出来ると思う?


 こいつらがどうなろうと知ったこっちゃないけど、他の人に被害が出ない様にしないとね。


 やるだけやってみる?



 俺は奴らの乗る車に並行して走ると、中を確認した。


 あちゃーもう一人初見の男が居るけど?


 こいつも同類で良いですか?


 そいつのステータスを見るが、やはり他の男達と同じ様だ。


 中の一人がこっちに気付いて口をあんぐりと開いている。


 思考回路がおかしいのか、ただ口を開けてみているだけだ。


 大騒ぎを始めないのはこちらとしては都合が良い。


 だが、こいつらはラリっている。



 急にむかむかとして来た。


 全く!


 悠菜が帰った途端にこれかよっ!


 俺は車の前まで回り込むと、その車をガツンと前から受け止めた。


 即座に車の前方へ走っていた運動エネルギーを、そのまま上空へ跳ね上げた。


 そして後続車の邪魔にならない様に道路脇へ避けて上を見た。


 だが、二トン近い重量ではあれだけでは足りない様だ。


 俺の頭の十数メートル程上がった所で止まりそうだ。


 このままでは直ぐに落下をし始めるだろう。


 追い打ちをかけて、更にもっと上へ上げなければいけない。


 俺は車に向かってジャンプする。


 あの車の重さはさっき分かった。


 凡そ二トンの車を上空まで運ぶ為の反重力を、何とかこの車にも作用させないと!


 通常は自分の身体に作用させる反重力を、俺は瞬時に車にも作用させていた。


 勿論意識してやった事では無い。


 自然と脳が思考を理解し、その最善な方法を導いたのだろう。


 俺は体中から光を発しながら、車と共に既に上空五千メートル程に上がっている。


 ここまで上がれば目撃者もかなり少ない筈だ。


 中の四人がようやく状況を理解した頃、俺は下の地形を確認していた。


 直線距離で一キロほど向うに海岸線が見えた。


 砂浜にこいつらを下ろせば他に被害は出ないだろう。


 そう考えて車をそのまま押し始める。



「何処だここっ!」


「な、なななんだこりゃー!」


「お、おい! あれ! あいつじゃねーか⁉」


「どーなってんだっ! 下が見えねぇ!」



 四人が窓にへばり付いて思い思いに騒ぎ出した。


 別にあんたらに会いたかった訳じゃない。



「こいつ、あの時のあいつか⁉」


「ああ! おいってば、おいっ!」


「おい! こら、てめぇ!」


「う、うわーっ! うぎゃあああーっ!」



 このまま海に投げ落としても良いですか?


 嘘です。


 しませんよ、そんな事は。


 でも少しだけ意地悪しても良いよね?


 俺はその車を海岸線へ向かって放り投げた。


 俺の手から離れたその途端、奴らの車の反重力は消え失せ、そのまま自由落下を始めた。


 二トン程の車が、凡そ五千メートルからの自由落下。


 奴らの車は三十五秒程で海岸へ落ちるだろう。


 その落下速度は時速八百六十キロ、一秒間に二百三十九メートル落下する事になる。


 瞬時に俺の脳が計算を弾き出し、それに合わせて俺も移動する。


 無意識に上空を蹴る様な感じで、一気に奴らの車に追いついた。


 そして、車の中を覗き込んで奴らの様子を見てみた。



「だぎゃあああーっ!」


「うぎゃあああーっ!」



 二人は叫んでいるが他の二人は声も出す事も出来ない様だ。


 しかし、どいつかが嘔吐したのだろう。


 窓の内側が胃の内容物で汚れていた。


 かなり匂いそうだ。


 車の窓が開いて無くて良かった。


 次第に地表と言うか波打ち際が見えて来ると、声を出していた二人も気を失った様だ。


 全く声がしなくなった。


 地表一メートルに迫った瞬間、瞬時に反重力を発動させた。


 なるべく急激な減速Gを与えない様に配慮はしたけどね?



 それでも車の中では奴らがゴロゴロと転がったのが、俺が触れている手に振動で伝わって来る。


 そして、波打ち際より少し離れた海へ車を置いた。


 想定した通り、車が半分浸かる位だった。


 いくら何でも奴らを溺死させる気は無いからね?

 

 辺りを見廻すと数人の人が見ている。


 やっぱり見てる人居るかー。


 やはり携帯をこちらへ向けている人も何人かいた。


 面倒な世の中ですね。


 以前と同様、電磁波を飛ばせないかな?


 そう考えた瞬間、バチッと辺りに静電気の様な音が響いた。


 おっ! 出来たじゃん!


 どうか壊れてしまった携帯は保険で直して欲しい。


 そして、また一気にジャンプした。


 見ていた人には、俺の身体が海岸の砂を捲き上げて、遥か上空へ消えたと感じた筈だ。


 そんな事をする人間が目の前にいる訳無いと、時間が経てば冷静になれば思えるでしょ?


 そして、離れた場所に降り立った俺は警察へ連絡した。


 勿論、薬物接種の恐れがある事も伝えてね。


 これで間違いなく奴らの身柄は拘束されただろう。


 今後、こんな状態で車の運転する事は出来無い筈だ。




 奴らの事故を未然防止した後。


 家の前まで来ると更に寂しさが増す。


 玄関を開けると、いつも沙織さんが出迎えてくれたっけ。


 だが、もう二度と会えないのか……。



 代わりにはならないが、今日はイーリスが居る筈だった。


 あいつ起きたか?


 それに独りで大人しくしてるのか?


 愛美と蜜柑はまだ学校かな?


 そんなことを思って愛美と蜜柑の位置を調べると、やはり近くには居ない様だ。


 イーリスが居ると思うと少しは気が紛れた俺は、寂しさを感じながらも大きな玄関を開ける。



「ただいまー! イーリスー! いるかー?」



 耳を澄ますが声は聞こえない。


 返事が無いと少し不安になる。


 何だよ……どこ行ったんだよ。


 ダイニングまで来てリビングを覗くが気配は無い。 


 まさか、居なくなった訳じゃないだろうか。


 二人が異世界へ帰った後のその喪失感は、俺にとって計り知れないものなのだ。

 

 脳内レーダーにイーリスの位置情報を表示させるが、はやりこの近くには居ない様だ。


 嫌な感じがしつつ、携帯を見るが愛美からは何もない。


 愛美にも言わないでイーリスが居なくなる筈無いよな。


 それだけは考えられなかった。


 あのイーリスは俺が召喚したとはいえ、愛美には特別に懐いている。


 どうしてあそこまで懐いているのかは不明だが。


 もしかしたら、イーリスは時空の歪に入り込んでる可能性無い?


 あいつ、自由に出入りしてる様だし?


 部屋を探し回る内に、壁の装飾タイルに目がとまった。


 あ、これで!


 俺は風呂場で見ていた、色の違うタイルを使ったのを思い出した。


 この家には、あちこちにインターフォン的な装置がある。


 各部屋の壁やテーブル、廊下や階段など、それはあちこちにあり、それで各所の家族と会話できるのだ。



「おーい! イーリスー! 聞こえたら、リビング来てくれー!」



 ニヤニヤしながら俺はそう言うと、ダイニングへ向かう。


 よし、これでいいな。


 これであいつはブツブツ言いながらもここへ来る筈だ。


 まあ、歪に居たとしたら聞こえないかもだけどさ。


 万が一にも聞こえたらだけどね。


 俺はダイニングテーブルに飲み物を置くと、椅子に腰かけてそれを手にして飲み始めた。


 あいつ、妹に妬まれたりして、姿消したって言ってたよね?


 にしても、俺の妹とは仲が良い。


 まあ、愛美も蜜柑も優しいし、あいつを虐めたりは絶対しないしな。


 もしかしたら、その事が関係しているのかも?


 自分の妹と愛美とをダブらせているとか?



 兄の俺が言うのもどうかと思うが、愛美は本当に良い妹だと自負している。


 こんな頼りない俺でも信頼してくれている。


 だから尚更それに応えたく思うし、実はそれ以上に何かしてあげたいとも思っている。


 まあ、愛美みたいな奴が彼女だったら、そりゃ申し分ないだろうけどさ……。


 ついそんな事を考えてしまったが、まだイーリスが来ない事に焦りを感じて来た。


 あいつ、ホントにどこ行ったんだ?


 イーリスが独りで出掛けるのは考えにくい。


 てか、考えたくも無い。


 あいつが一人で出掛けた場合、それはそれで大問題となりそうだ。


 そうだ、愛美に連絡しておくか!


 俺は愛美へメッセージを送ろうと携帯を見ると、既に愛美からのメッセージが来ていた。


【寝坊してイーリスに学校まで連れて来て貰った! めっちゃ便利!】


 は?


 何が便利だ?


 確かに今朝、俺が大学へ行く時には愛美の姿は見えなかったが、もうとっくに出て行ったのだろうと思っていたのだ。


 昨日までなら悠菜か沙織さんが間違いなく起こしてくれて、いつも悠菜と一緒に家を出ていた訳だが、今朝の俺は少し寝坊気味で、慌てて独り家を飛び出したのだった。


 その時の俺は、悠菜が居ればこんな事にはならない筈だと思っていたが、愛美をイーリスが送ったとはどういう事だろう。


 時間を止める事は知っているが、瞬間移動とか無理だろ?


 前に俺の部屋で時間を止めた事があった。


 厳密に言えば、恐らく時空の狭間を創ったのだろう。


 だが、瞬間移動が出来るとは聞いてない。


 何かしらイーリスの力で愛美を学校まで連れて行った、という事なんだろうか?


 しかし、愛美のメッセージだけでは、イーリスのそれからの所在がわからない。


 悠菜が居ないとやっぱりこうなるのか……。


 あ、やばい!


 プランターの水やり!


 突然思い出した。


 悠菜が母さんに頼まれていた水やりを、今日からは俺がやらなきゃいけなかった。


 俺は慌ててリビングから出ると、そのままガーデンテラスのサンダルを履き、庭を突っ切る。


 そして、生垣へ向かってその変化に気付いた。


 あれはシャッター⁉


 悠菜が付けてくれたのか!


 いつの間に⁉


 あの時から更に何本かの生垣が消え、そこにシャッターが付いていた。


 その横には普通に扉もあるじゃないか!


 いつの間に……。


 シャッターがある所は車庫の様にも見なくもないが、俺の実家の庭へは車など入れるスペースは無い。


 ゆっくりと扉を開けて実家側へ入ると、プランターの横に何やら金属の機械が置いてある。


 何だあれ?


 その機械には家のホースが繋がっていた。


 あ、これって自動で水やるとか?


 プランターの土を見てそれは確信できた。


 湿っていたのだ。


 悠菜が置いて行ってくれたに違いない。


 あいつ……。


 俺は改めて悠菜の責任感の強さを感じた。


 しかし便利なものだな。


 こんなの買ったら高いんじゃないか?


 この機械があるなら毎日ここへ来て水やりをしなくてもいいと思うと、ただそれだけで肩の荷がスッと下りた気がした。


 そして、改めて悠菜に感謝をしていた。



   ♢



 実家から戻りリビングへ入ると、いよいよイーリスの事が心配となって来る。


 本当にあいつ、どこ行ったんだ?


 携帯から愛美に電話してみると、呼び出しの音楽はワンフレーズだけ聞こえ、意外にもすぐに愛美の声が聞こえた。



『あ、お兄ちゃん? もうすぐ帰るけど、どーしたのー?』



  いつもの様子だ。



「あ、愛美? イーリス何処行ったか分かる? 家にいねーんだけど」


『え? イーリスなら一緒に居るけど? 電話代わる?』



 当然の様な口調でそう答えて来るが、俺はそれが意外な返答で混乱した。



「なっ! お前っ⁉ 学校へ連れて行ったのか⁉」


『んーそうなるのかな?』



 愛美の平然そうな表情が目に浮かぶが、俺はもちろん理解など出来なかった。



「マジかよ! あいつ居たら大変な事になったろ⁉」



 チョコレートすら初めて口にしたイーリスだ。


 学校何て連れて行ったらどうなるやら。



『この子ね、一緒に来たんだけどさ。先生が苦手だから隠れて待ってるって言ってね、他の人に姿は見えなかったの! 不思議じゃない?』


「は? 見えなかった?」


『そーなの! あたしとみかんにしか見えない感じ?』


「え……」



 その答えに俺はイーリスの能力を考えていた。


 次元を移動出来るんだよな?


 そう言えば、イーリスを拾った時……。


 コンビニからの帰り道だったが、周りの目を気にしていたが、あの時は人には会わなかった。


 あいつをおんぶして帰って来た訳だが、その途中、見事に誰とも会わなかった。


 いくら何でもコンビニから家までの道中、誰ともすれ違わない訳は無い。


 更に、車も走って居なかった!


 あいつには何か、そう言う能力があるんでは無いだろうか。



『てかさ、もう帰るけど、お兄ちゃん家に居るの?』


「ああ、家に居るよ」


『分かった~じゃあ急いで帰るね!』



 そう言って電話は切れた。


 一体どうやって愛美と移動したのか等、俺に分かる筈もない。


 イーリスが帰って来たら聞いてみるしかないだろう。 


 その時不意に俺の第六感的な何かが、あ、脳内センサーとか呼んでるんだけど、それが文字通り何かを察知した。 


≪時空歪確認……≫


 あ、これは……⁉



「ただいまーっ!」


「ただいまですー!」



 早っ⁉


 違和感を感じてからすぐじゃん⁉


 こんなんで俺は危機回避出来るのか?


 間違い無く聞こえたのは愛美の声だった。


 たった今、電話で今から帰ると言っていたが、こんなに早いとは……。


 俺はビックリしながらも声の方へ向かうと、愛美と蜜柑が玄関ホールでイーリスと話している。



「なっ⁉ これもイーリスの能力か⁉」


「あ、お兄ちゃん。ただいま! 早かったでしょ?」


「お兄ちゃん、ただいまー」



 笑顔でそう言う愛美の横に、ピンク髪のイーリスが立っている。



「お、ハルト! お前帰って来てたのか~」


「イーリス、お前消えてたって、あの時空歪に居たとか⁉」


「そーだけど? 愛美にチョコ買って貰ったからな~」


「そ、そうなんだ?」



 こいつ買収されたのかよ。


 やはり、あの音もしない世界にいたのだろうか。


 あの夜にイーリスと話した空間は音もしなかったが、同時に噴水の水も止まっていた。


 という事は、時間も静止していたのだろうか。


 だとすれば、時間を止めて学校へ行ったと考えられる。


 だが、電話を切ってすぐに家に帰って来たという事は、それだけでは無さそうだった。


 ふと見るとイーリスは既にリビングのソファーでまったりしていた。



「なあ、イーリス。どうやって帰って来た?」


「ん? それはだな、知りたいか⁉ そこまで言うなら仕方ないな!」



 目を輝かせながらソファーから身を乗り出した。


 見るからに俺に教えるのが嬉しそうだ。


 だけど、聞いた所で到底理解は出来そうもないかもな……。



「あ、いや、わかりやすく簡潔にお願いします」


「何だよ! 聞きたくないのかよ!」



 教える気満々ではあったが、出鼻を挫かれた様だ。


 身を乗り出して来たが、そのままの勢いでソファーから転げ落ちる。


 イーリスには悪いが、やはり俺に理解できる自信は無い。



「多分、理解出来ないと思うから、簡単でいいよ……」


「なっ⁉ せっかく教えてやろうと思ったんだけどなっ! もう、教えてやんないぞ⁉」



 イーリスは立ち上がって膨れっ面で俺を指差すが、そこまで教えたかったのかと思うと、それは少し可哀そうな気持ちにもなった。



「まあ、俺に理解出来ない程、イーリスは凄いからな」


「なっ⁉ お、おだてても教えてやんないんだからな! 馬鹿ハルト!」



 意外にもこんな言葉で表情が変わる。


 だが、これは本音だ。


 別におだてた訳じゃ無い。


 しかし、何だよこいつ、やっぱ素直じゃねーか?


 照れながら動揺してるようだ。  


 愛美が居なくても、案外俺がコントロール出来たりして?


 まあ、それでもイーリスの能力は、俺の理解を遥かに超えたものに違いない。



「しかし、この家広いからな。この後の管理とか大変そうだ」



 独り言を言いながら、俺は辺りを見回す。



「お兄ちゃん、分担して掃除しようよ。あたしも流石にこの広さは無理だぁ~」



 ダイニングから出て来た愛美が、そう言いながらリビングのソファーへ座った。



「私もそう思う……」



 蜜柑もそう言ってソファーへその身を投げた。


 確かに愛美と蜜柑だけでは一日仕事になるだろう。


 俺の部屋でさえ掃除するのは大変な広さだ。



「そうだなぁ~仕方ないか。沙織さん達、この広さの管理ってどうやったんだろうな」



 ふとそう言ってしまったが、すぐにそれが愚問だと気づくと苦笑いとなった。



「まあ、あの人達の特殊な力だろうな」


「あ、そっかぁ~いいな~お姉ちゃん達……」



 愛美もそこに気付くと、羨ましそうな表情で部屋を見回した。 


 すると、俺のポケットに入っていた携帯がブルブルと振動した。

 

 お?


 メッセージじゃなくて、電話か?


 見ると、携帯画面の着信番号通知は≪西園寺友香≫と表示されている。


 俺は心ときめき、慌てて画面をタップした。



「はい、友香さん?」


『あ、霧島君ですか?』


「はい! そうです! どうしたんです⁉」


『昨日は色々ご馳走になりまして、どうもありがとうございました』


「ああ、いえいえ! こちらこそ西園寺さんに来て貰えて、嬉しかったです!」



 素敵な水着姿も見せて頂きました!


 たゆんたゆんも!


 わざわざお礼の電話なんて、やっぱり丁寧な方だと感じた。


 滅茶苦茶金持ちのご令嬢なんだろうな。


 今度はヘリで来れるとか言いだした時は、流石にびっくりしたわ。



『それでね? 早速ですが、また温泉に入れて頂きたいのですけど……』


「あーはい、いつでも来てくださいよ」



 友香さんて案外……てか、結構図太いの?


 昨日あれだけ入って、早速そんな事言う?


 いや、天然なんだ……きっと。


 だが、友香さんの水着姿は嬉しい訳よ!


 あんな清楚で、巨……いや爆乳? 


 しかもあんな綺麗な人だよ?


 グラビアアイドルでも中々見かけない、そのギャップが激しいキャラだぞ?


 そんな人がうちの風呂に入りに来るってんだぞ?


 断る奴居るか?


 唐突で意外な話ではあったが、当然俺の心は激しく躍ったのだった。



『良いんですか⁉』


「も、勿論構いませんよ! 是非また、いつでも来てください!」


『それで、そちらへ伺いたいのですが、お時間もどうかと思いまして~』


「あーその時はヘリはご遠慮して頂きたい!」


『ヘリ?』


「ええ! ヘリコプターはNGでして! ほら、音が凄そうだし?」


『そうですよね! ご近所へ失礼にもなりますので、車で伺いますね~』


「そうして頂けると助かります……」



 え、お時間?


 車?


 友香さん、何言ってるんだろ。



『では、暫くしたら伺います~それでは~』


「はいはーい! それで……は?」



 って、え?


 暫くしたらって、今から?


 電話を切ってから、ふと視線に気づいてそちらを見ると、やはり愛美が聞き耳を立てていた。



「友香さん?」


「うん、友香さん……」


「何だって?」


「お時間がどうのだから、車で来るって……」


「車で? え?」


「温泉入りに来るって……」


「えっ? 今から⁉」


「うん……多分」


「てか、お兄ちゃん、凄くだらしない顔してた!」


「私もそう思ってた!」


「でしょでしょー?」



 思いもよらず蜜柑が愛美を肯定した。



「な、何で⁉ そんな事無いでしょ?」


「してたよね、まなみー」


「うん、してたよ! でもさ、友香さんホントに温泉好きなんだね~」


「う、うん。まさか昨日の今日とは……」



 また来るとは言ってたけど、まさか今日だとは……。



「まあ、広いお風呂だからいいけどさ~」


「今から来るって事は、夕飯はどうしようか?」


「んー、一応用意しとく?」


「それがいいかも?」


「じゃ、みかん、急いで夕飯の支度しよー!」 


「らじゃ!」



 そう言って愛美と蜜柑はキッチンへ向かう。


 この二人だけに、ここの家事全てををやらせる訳にも行かないと思っていた。


 愛美も蜜柑も大学受験とか色々あるしさ。



「なあ、俺も手伝うよ?」


「あ、珍しい! でも、今夜は大丈夫~簡単だから。ありがと」



 振り返って笑顔でそう言うと、そのままキッチンへ消えた。



「そっか? 言ってくれたら何でも手伝うからな?」



 まあ、俺が出来る事なんて然程無いけどね。


 俺はソファーに座りなおして、ふと視線を感じてそちらを見ると、イーリスがじっと見ている。



「な、何だよ」


「別に~ハルトの馬鹿面みてただけ~」



 そう言うとイーリスは、愛美達の居るキッチンへトコトコと歩いて行った。



「こ、このやろ、なんだそりゃ」



 だが、ふとイーリスの妹の話を思い出した。


 そう言えば、あいつにも妹がいるんだよな。

 

 イーリスの事を妬んでいる妹の話。


 それでイーリスが姿を消しているという。


 見た目こそ十歳前後だが、明らかに俺達よりも歳は上だろう。


 いや、行動もかなり子供だけど。


 それでも俺と愛美の兄妹な姿に、何か感じるものがあるのだろうか。


 イーリスはあの時、会えないから寂しいんじゃないと言っていた。


 切ないじゃんね……。 


 無意識とは言え俺が召喚した以上、あいつを悲しませたくないと思った。


 そしてむしろ、この世界に来て良かったと思わせたいとも考えていた。



 しかし西園寺さん……。


 昨日、あれだけ温泉に入って、今夜また入りたいとはな……。


 正直俺は驚いていた。


 俺だったら来れないよな~。


 まあ、そこまで温泉好きでもないけどね。



 昨日家へ来た時には手土産を持参して来たし、その後も結構礼儀正しい人だとは思う。


 だが、セレブという人種はそんなものなのだろうか。


 お金が有り余るほどある人ってのは、俺達と価値観や概念すら違うのかも知れない。



「お兄ちゃん、ご飯出来たけど食べるー?」


「うん、食べるよ。友香さんもいつになるか分からないしな~」


「それじゃ、四人で食べよ~」



 俺はダイニングへ行くと、躊躇いもなくイーリスの横へ座った。



「何だよ、ハルト。これだけ席があるんだから、隣じゃなくてもいいだろー?」


「そんな事言うなよ~こんなでかいテーブルに、四人が離れて座ったら寂しいじゃんか」



 ダイニングのテーブルは縦に七人、横にも三人は十分座れる程の広さだ。



「そうだよ、イーリス。あたしもここ座るし~」


「私もここー」



 愛美もイーリスを挟む様にその横へ座ると、その横に蜜柑が座った。


 だだっ広いテーブルに俺達は並んで座ってる。


 今誰かにこの状況を見られたら、少し恥ずかしさもある。



「お前ら、ホントに変わってるよな~」


「ま、まあな。でも、いいんだこれで」


「ふーん。ま、いいけどさ」



 イーリスにズバリと指摘されてバツが悪かったが、何と無く彼女の表情は嬉しそうだった。


 こいつは今までずっと独りで飯食ってたんだな……。


 そう思うと胸がギュッと締め付けられる。


 俺は今まで独りで飯を食った事など無かった。


 両親が居た頃は勿論、例えその両親が不在であっても、沙織さんと悠菜が片時も離れず俺の傍に居てくれた。


 それが、今日の昼飯に初めて独りになって、改めて孤独さや不安感……それらを痛感したのだ。


 むしろ、この歳になるまで独りになる事の不安感を感じれなかったのが問題でもあるが。


 だけど、こいつ今まで何喰ってたんだ?


 パスタもお好み焼きも初めて食べた感じだった。


 ポテチやチョコでさえもあんなに喜んで食べてたし……。



「さ、これ食べて見てイーリス! 冷凍だけど焼売って言うの、セレスが好きだって言ってくれたんだよ」


「ふーん、しゅうまい? お? これ美味しいぞ、マナミ!」



 そう言えば、セレスと初めてご飯食べた時も焼売だった。


 あの時は愛美が食べたいと言って、大学の帰りにデパ地下で買って来たやつだ。


 あれはそう、フードコートで沙織さんから、異星人が攻めて来る話を聞いた日だ。


 これまで異世界の人達に囲まれて、俺達は凄く幸せな生活をしていたんだな。


 思えば、あれから一気に色々あったよな……。


 そんな事を考えながら焼売を口に入れた。

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