禁じ手
腸漁
イースター到来
『教会に現れ、奇跡をおこす男性。実は…』
『イエス・キリストが復活!?一体何が』
『いまのトレンド:#復活、#21世紀イースター…』
前に座っている友人が、面倒くさそうにスマホから目を離す。
置かれたコップを手に取り、甘々なミルクティーを飲む。私なら気持ち悪くなってしまうだろう、あんなに甘いものよく飲めるなぁ。私はぬるい水に口をつける。
友人が再びスマホを見ようとしたが、一瞬私を見、それを伏せた。
「どしたの、スマホいじんないで?もしかして、やっと私に構ってくれる気になった?」
「いや、そういうことじゃないんだけどね。」
「あ、ふーん、違うんだ。へー、貴重な連休に、私がわざわざ時間を割いて君に付き合ってやってるっていうのに、君は何さ、ずっとスマホをいじってるんだよ、まじありえん。」
…いけない、思わず、きつい言葉になってしまっていた。少し前に、私がゲームをやりすぎたせいで、親にスマホを没収されて以来、ちょっとしたことでイライラしてしまうようになった。原因は私にあるのにね。友人は、私がきつい言葉になったことに気付いたらしく、慌てて訂正し始めた。
「いや、違う。いや違わない、違わないんだけどね?…はぁ、ごめんて。お話しよ?ね?あー、あの、ほら、21世紀イースター。21世紀イースターって分かる?」
私はもちろん、と強く頷いて肯定した。
「うん、そりゃ、誰だって、私でも知ってるよ。」
”21世紀イースター”
それは急に訪れた。そう、21世紀に、イエス・キリストが復活したのだ。
そもそもイエス・キリストとは何か、皆さんご存知だろうか。簡単に言ってしまえば、”人間でもあり神でもある神の子”。その”神の子”の生まれた意味が、”罪人である全ての人間を救うため”(その罪の内容はというと、全ての人類の祖であるアダムとイブが、神様との約束を破っちゃったために、子孫である私達にも罪がきせられている…というもの)。
あはは、生まれたときからチートしちゃってるね。
で、人間のマリアっていう処女から生まれた子で、30歳になったときに、宣教&”良いニュース(自分の罪を悔い改めて、神とイエス・キリストを信じるのあればどんな人でも天国にいけるよ)”ということをみんなに教える為に旅にでて、奇跡を沢山おこしてたりいろいろ頑張ってたら、弟子に裏切られ、33歳で死んだ…と思ったら3日後にまさかの復活!!(ちゃんと死亡確認は行われたよ)そして、40日後、また天国に戻る。
イエス・キリストの生涯は、ざっとこんな感じだよ。
…もうゴッチャゴチャで訳ワカメだよね。神の子ともなってくると、やっぱりスケールが違うんだね。
で、そんな凄い人がまた復活したわけだよ?イエス・キリストがいつまた天国に帰るか分からないから、みんなこぞって会いに行こうとする。
あくびを交えながら、私達は会話を続ける。
「そういえばそうだったね。だからか。いつもより人通りが少ないわけだ。」
「そうそう、会社とかでは、今までやったことなんてなかったイースター休暇なんてのをやっているし。私達の学校は公立だけど、”キリスト教について考える良い機会ですね”なんて言って、1週間くらい休校にしちゃうくらいだし。」
「無神論者は未だにいるけど、キリスト教を信じる人が凄い増えたんだってね。」
「やっぱり、ほとんどの人間の意思ってのは弱いね。」
「その発言、ほとんどの人間に喧嘩売っちゃってるけど大丈夫?」
一呼吸置き、あ、ほんとじゃーんと言い、ゲラゲラ笑う友人。そのようすを見ていると、私にも笑いが移ってしまったらしい。笑いが収まるまで馬鹿みたいに笑い合った後、友人は目頭の涙を拭きながらこっちを向き、そういえば、と私に話しかけてくる。
「いいの?貴重な連休に、私とこんなくだらない話をしていても。親御さんは、行ったんでしょ?行かないの?」
「私はいいよ、別に。」
前を向けば拍子抜けした顔が目に映る。どうして、と聞きたそうにしてじっと見てくる。目を背け、話しを続ける。
「今、楽しければそれでいいかなって。そう、思ったの。今は、自分が好きなように生きたいな。キリスト教は、生きていることには必ず意味がある、と考えているの。それを知って、救われる人もいると思う、だけど、だけどね…意味もなくこの世で生きている方が、私は楽だな、って。そう思えるよ。」
自分の気持ちを述べた後、はっ、と思い友人の方を見ると、呆気にとられている。やっぱりこの考えは言わない方が良かったか、適当なことを勝手に言っておけば良かったかもしれない。なんてねー、と、笑って誤魔化していると、友人は突然に言った。
「いや、良いと思う。その考え。私は好きだよ。そうだよ、無理に周りに合わせなくていいんだよ。時間は有限だしさ、ね、自分の好きなことに時間を割かないと、老いぼれになってから後悔する。それに、」
友人は一通り言い終わった後に深呼吸し、ゆっくり私を見るなり、へにゃりと笑ってこう言った。
「その時間を、私と一緒にいることに使っていてくれることが、一番嬉しい。」
「…な、何言って、」
「あー、ミルクティー飲み終わっちゃった。ほらほら、早くお店出よ。」
「え、ちょっと待って今の話って」
どうやら私達には、救いなんていらないようだった。
禁じ手 腸漁 @nausea0122
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