第8話 乱入者
夕闇の森の中、薄く輝く魔導石の中から声が伝わってくる。
ここ数年目にしてきた理不尽を数え上げれば切りが無い。
しかしそれでも、こんな小さな石一つとあの人の『叡智』が遠距離間での会話を可能にするというのは、ミアにとっては今も慣れない非常識であった。
「――――あとは
『そ。死体はまるごと必要だからね。
「……お腹に穴開けてしまいました」
『それくらいなら大丈夫。場所にも変更は無し。朝までに届けてくれればそれでいいよ。じゃあ』
向こうのヴェートがそう言うと、魔導石の光は収まっていった。
ミアは魔導石を懐に戻すと、地面に落ちている
コトノという少年の死体。
血の海に溺れたような死体である。
これを指定された箇所まで運べば、自分の仕事は終了だ。
この少年も不憫なものである。
異世界から召喚されたのに『叡智』が無い。これだけでもう異常なのに、ブーストがかからないはずの
ラヴェルさんが見た魔石の光質から換算したとして、大体私の900倍だそうだ。
『叡智』が無くとも簡易的な魔法で城が一つ消し飛ぶ。人間が持っていいものでは無い。
そして、そうした『転用』しやすい才能を持っていたがために、『殺して死体を利用する』方が効率よくなってしまったというのだから、彼は本当についていない。
「――――はぁ」
ミアは一つ、胸の内からこみ上げる億劫さを誤魔化すように、ため息をついた。
――――でも、仕方ないですよね。
自分には自分の目的があり、その為には
それだけのことだ。
それだけのことなのだ。
さっさと
「あ、ミアさん!!捜しましたよもう!!」
五月蠅いのが来た。
――――気を抜くのが少し先になりそうですね……
声のした方に視線を向けると、そこにいたのは馬鹿みたいな格好をした少女。
「あー、えっと、ボクの名前分かりますか?最近気づいたんですけどボクって影が薄いみたいで、ちょっと不安なんですよ……」
ミアがコトノに話しかけた時、彼と一緒にいた少女だ。
あの時は静かなものだったが、こうして再開した今は噂に違わぬ騒がしさである。
「ニーナさん、でしたっけ」
「うわぁ……!!覚えてて貰えて光栄です!そうです!!2番目にカッコかわいいニーナちゃんです!!ぶい!!」
ニーナはミアに姿を見せつけるように大きくポーズをとり、満面に笑みを浮かべた。
――――死体には……気づいていないみたいですね。
彼女の位置からはコトノの死体は丁度樹木の影になっている。
もう一つ要因を言うなら夕闇と木々が作り出しているこの暗さだろうか。
運がいい。
すぐそこに死体が転がっているなんて素知らぬ顔で、ミアは口を開く。
「それで、私を捜していたっていうのは……」
「あぁいえ、ボクが捜してたのはミアさんと一緒にいるはずだった奴で」
ニーナは手を振って否定する。
「コトノはどこに行ったんですか?帰りが遅いんで待ちきれなかったんですけど……」
「…………………………」
ここを見つけるのが少しでも早ければ、殺す現場を見られていた。
そうなれば自分はニーナを殺していただろう。
「…………王城の方に戻りました。きっと道中ですれ違いになってしまったんだと思います。もう、こんなに暗いんですから」
「なるほど!じゃあ追いかけます!!」
それでいい。
遠ざかっていくニーナの姿を安穏なまでの気持ちで見送り、そして、
「ありがとうござ」
ニーナの幸運はそこで尽きた。
振り返った。
ちょうど地面に落ちている死体が視界に映る場所で。
偶々沈みゆく斜陽が木々の影から飛び出し、死体をライトアップするタイミングで。
少女の体が硬直する。
「………なんですか、それ。コト、ノ…………?」
目を見開いたニーナの体が、今度は小刻みに震え始める。
「………………はぁ」
ミアはため息をつく。
駄目だった。最後の最後で気づかれた。
必要とあらばいくらでも殺すと決めているが、基本的に殺人は避けるべきものと考える位の良識は残っているというのに。
「なんで倒れて………………それにその血…………なん、なんで……」
まあ、バレてしまったものは仕方ない。
『処分』だ。
「…………コトノ………………コ、ッ……ッああああああああああ!!!」
きっと衝動的にだろう。
絶叫したニーナは少年の死体に向かって駆けだしていた。
その途中にミアとすれ違うにもかかわらず、脇目も振らずに真っ直ぐに走る。
そいつを殺害した当人の方に向かって、間抜けにも無防備に近づいて来たのだ。
――――隙だらけだ。
ミアは尻尾に力を込め、同時に『叡智』を行使。
超速で伸縮するしなやかな矛が、真っ直ぐにニーナの心臓に向かって突き進む――――!!
「ああああああ!!!ああああ゛あッと隙ありぃ!!」
トス、と音がした。
己の体の内側からだ。
「……………………え?」
ミアが目線を下げると、そこにはナイフが刺さっていた。
三つ。
傷口からじわじわと血が染み出し、服を赤く染め上げていく。
――――熱い。
「駄目ですよ~ミアさん。五月蠅い五月蠅いボクの接近に気づかなかったんですよ?そのおっきい耳が飾りじゃないなら、『こいつは何故かこっそり近づいてたんだなー』位は気づかなきゃ」
両手に薄いナイフを握ったニーナは、直前まで恐怖に震えていたのを忘れさせる程、朗らかに笑う。
何が起こったのかは、一応は見えていた。
ミアの『叡智』による攻撃は軽く躱され、その時既にニーナの手にはナイフが握られていて、すれ違いざまにそれを投げただけだ。
自分の目が信じられない。
――――痛い。
「ま、ボクもコトノがぶっ殺されてるのにはびっくりしたんですけどね」
痛い。
もうずっと離れていた『痛み』というノイズが頭の中を荒らし回っている。
痛い、痛い痛い。
駄目だ、何が起こっているのかは分からないが、
――――痛いっ、、痛、痛いぃ!!
tOにかく『叡智』を使って身を守、らなけれ
「…………………………なんかムカついてきたな。
刺さった
絶叫する。
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